第5話 淑女とは、程遠いんだってば!!
あのあと。
ガウェインに部屋まで送ってもらって、扉が閉まった瞬間。
「お疲れ様です、聖女様」
ニコッと笑うセシルさんが、いつもの落ち着いた声音で出迎えてくれた。
その一言と、その笑顔で、私の体から一気に力が抜ける。
「ああぁぁぁぁぁぁぁ……帰ってきたぁ……」
思わず、そのままセシルさんに抱きついた。
自分でも驚くくらい、勢いよく。
胸に飛び込むみたいな感じで。
セシルさんは、ちょっと驚いた顔をしたけど、すぐに私の背中をぽんぽんと叩いてくれた。
「大変でしたね」
たった一言。それだけなのに、なんかもう涙出そう。
ガウェインと歩き回って、緊張と酒の約束(重要)とで頭がいっぱいだった私は、安心感と達成感で、完全に電池切れ状態だった。
◇
部屋には、すでに昼食が用意されていた。
テーブルの上に、きれいに並んだ料理たち。
スープに、パンに、サラダに、薄く切られたお肉のプレート。
彩りもきれいで、見てるだけでお腹が鳴りそうになる。
「わぁ……」
思わず声が漏れる。
朝はあんまり食べた気がしなかった。
そもそも緊張で、飲み込んでいる物がパンなのか心臓なのか、分からないレベルだった。
だから、今ここで落ち着いて食べられるのは、本当に嬉しい。
「……あれ?」
でも、テーブルをよく見ると、食器がひとり分しかない。
私の席だけ。
椅子も、私の分だけがテーブルに寄せられている。
「えっと……一緒に食べられないんですか?」
思わず聞いてみた。
だって、せっかく三人ともそばにいるのに、私だけもぐもぐしてるのって、なんか申し訳ない。
セシルさんが、いつもの丁寧な口調で答える。
「聖女様がお食事を終えられましたら、順番に食堂の方でいただきます」
そういえば、朝もそうだった。
王子様とご飯を食べている時、オーウェンは後ろに立ったままだった。
“仕事中だから”っていうのは分かる。
でも、なんか……それ、寂しくない?
「……一緒に食べられたら、楽しいのに」
ぼそっと、つい本音が漏れた。
その瞬間、カミーユが「やれやれ」といった顔で肩をすくめる。
「一緒に食事は出来ませんが、座るだけなら、いいですよ」
そう言いながら、私の向かいの椅子を引いて、スッと腰を下ろしてくれた。
優しい!!!
それを見て、リリちゃんも、きゅっとスカートをつまんでから、恐る恐る隣の椅子に座る。
「わ、わたしも……ご一緒します……」
可愛い。
可愛いは正義。
可愛いは正義だから、もう座って座って。むしろソファにぎゅうぎゅうに並んで座ろう?
セシルさんは、相変わらず私の斜め後ろに控えたままだったけど、表情は柔らかい。
「では、おそばで見守らせていただきます」
なんかもう、暖かい。
この空間だけは間違いなく自分の味方なんだって、信じる事が出来る。
そんな感じで、昼食を終え(めちゃくちゃ美味しかった。なんなら食べすぎた)四人で恋バナをする流れになった。
好きなタイプとか、推しとか。
この世界の恋愛事情、興味しかない。
「リリは、騎士団に婚約者がいるんです」
「えええええ!?婚約者…?私の可愛いリリちゃんが??」
私の反応にリリちゃんは、顔を真っ赤にして、両手で頬を押さえる。
「ま、まだ正式じゃないです……! でも、その……小さいころから一緒にいて……」
軽く膝から崩れ落ちそうになった。
こっちは彼氏いない歴=年齢だっていうのに。
「いいなぁ……」
素直にそう思った。
カミーユは、肘をテーブルに乗せて、頬杖をつきながら笑う。
「私は、年上が好みですね。」
「へー!どんな?」
「王様付きの偉い役職のおじ様がいましてね。すごく仕事ができて、優しくて……奥様は病気で亡くなられてしまったんですが」
おじ様!!
なんか突然、濃厚な話が飛んできた。
さすが同い年、趣味が渋い。
「セシルさんは?」
気になって聞いてみると、セシルさんは少しだけ目を細めて、すぐに首を振った。
「私は、結婚する気はありません」
「えぇ!? 絶対モテるでしょうに!」
あの落ち着き、美貌、スタイル、気遣い。
モテない要素どこにも見当たらないんだけど。
「このお仕事を、やめたくないんです。……恋人は、一応、いますけれど」
「いるんかい!!」
思わずテーブルばんっ、って叩きそうになった。
寸前で止めた。偉い。
今度詳しく聞きたい。めちゃくちゃ聞きたい。
セシルさんの恋人ってだけで、どんな人なのか気になる。
そんなこんなで、笑ったり驚いたりしながらあっという間に時間が過ぎていった。
かなり打ち解けられたと思う。
◇
そして現在。
――次の日の午後。
私は今、セシルさんに“女性の仕草”的なものを叩き込まれている真っ最中だ。
「聖女様、背筋。もう一度、まっすぐに」
「はいぃぃ……」
背中に棒でも入ってるのかってくらい、ピンとさせられている。
肩の力は抜いて、でも猫背はダメで、首の角度はこれくらいで――って、指示が細かい。
「私が恥ずかしい思いをしないように、って言ってくれてるのは分かるんですけど……!」
心の中で涙を流しながらも、足は動かされ続ける。
お茶の飲み方。
カップの持ち方、置き方。
歩き方。
お辞儀の仕方。角度。タイミング。
人前で座るときの姿勢。
話すときの目線の配り方。
そして何より――表情。
「笑いすぎです、聖女様。少しだけ、控えめに」
「はいぃぃ……」
「……今度は真顔が怖いです。もう少し柔らかく」
「むずかしい!!」
もう疲れた。
上から下まで、使ったことのない筋肉が総動員されている感じがする。
この国の人たち、聖女に夢見すぎだって。
希望の存在で、祈りの象徴で、しかも見た目が美しい――(まぁそれは、私が生まれ持った美貌のせい)って設定、ハードル高すぎでしょ。
私なんて完全に清楚とは、かけ離れた女だよ?
でも、まだお披露目前とはいえ、私の存在を知っている人たちはいるらしい。
口外は禁止されてるらしいけど、城内では噂もきっと広まってるだろう。
だからこそ、セシルさんは本気だ。
「聖女様、また色々とだらしなくなっております」
「うぅ……少し休憩したいです! もう、上から下まで使ったことのない筋肉が!!」
情けない声で訴えてみる。
「ずっと年下の少女でさえ、もう少し出来ますよ。ほら、頑張ってください」
ぐうの音も出ない正論。
リリちゃんを横目で見ると、確かに姿勢が綺麗だ。
小さいのに、背筋ピンとしてる。えらい。
「……あの」
私は、ふと思い立って、手を挙げた。
「それと……ひとつお願いがあるんですけど」
セシルさんが、軽く首を傾げる。
「えっと…、聖女様じゃなくて、名前で呼んでくれませんか?」
その瞬間、空気がピタッと止まった。
皆が固まってる。
セシルさんも、カミーユも、リリちゃんも。
私には、ちゃんと名前があるんだ。
“橘 美鈴”。
聖女様なんて柄じゃないし、距離を感じる。
ここにいる三人は、私の生活を支えてくれていて、もう半分家族みたいな存在だ。
せめて部屋の中だけは、もう少しだけ距離を縮めたい。
「美鈴って、呼んでほしい、です」
なんか、言ってから恥ずかしくなってきた。
顔が熱い。
絶対、赤くなってる。
カミーユが、ふっと笑って、
「聖女様……そのお顔。男性の前ではなさらないで下さい」
え。
また変な顔になってた!?
嘘!?
「そうですね。女性の私達でさえ、見惚れてしまいました」
リリちゃんまで、ぽわっと頬を赤くしてそんなことを言う。
その逆だったーーー!!!
変な顔じゃなくて、“ときめき誘発顔”だったの!?
私こんな顔も出来るんだね。初めて知りました。
オネダリ顔? お願い顔?
でも再現は出来ません。意識した瞬間に崩壊する自信がある。
セシルさんは、少しだけ目を伏せてから、静かに頷いた。
「では、お部屋の中だけですよ……美鈴様」
「っ……」
優しい!!!
大好きなんです! セシルさん!!
名前で呼ばれた瞬間、なんか胸の奥がじんわり温かくなった。
ここが私の居場所なんだって、改めて思う。
「ははっ! もう少し表情の練習が必要ですね」
カミーユが嬉しそうに笑う。
「何を考えているのか丸わかりでっ、あははっ!」
うるさい。
でも、笑ってくれる事で仲良くなった感じがして何も言えない。
セシルさんは、少しだけ厳しい目に戻って、私をまっすぐ見た。
「美鈴様は裏表がなく、まだ数日ですが、私達のことも信頼し、心から慕ってくださっていると感じます」
「そ、それは……はい。好きです、皆」
素直に答えると、セシルさんは一瞬だけ目を見開いて、すぐに柔らかく笑った。
「ですが、それは命取りです。余計なトラブルになりかねません」
それはそうです。
ごもっともです。
この城の中には、たぶん色んな思惑を持った人がいる。
聖女としての私、
異世界人としての私、
その全てに、何らかの価値を見出す人がいても、おかしくない。
「……頑張ります……」
しゅんと肩を落としつつも、ちゃんと返事をする。
その時。
コンコン、と扉がノックされた。
ついに!?
酒か!?
心の中で歓声を上げる。
来た!? 約束のやつ来た!?
「はい、どうぞ」
セシルさんが声をかけると、扉が開いて、そこから顔を出したのは――
「聖女様に、明日の訓練のことで確認が必要なことがあり、お呼びだそうです」
ダンテだった。
「…………」
一瞬で、私のテンションが床まで落ちる。
セシルさんも、すごい微妙な顔をした。
口には出さないけど、絶対に同じこと思ってる。
“ああ、またどうせ王子様なんでしょ?”って。
「夕食もこちらで食べる、ってさ」
ダンテが、がははっと笑いながら付け加える。
やっぱりかーーー!!!
お酒じゃなかったーーー!!!
「……何も聞いていないですが」
セシルさんの声が、ほんの少しだけ低くなる。
仕事上の確認モードだ。
「そりゃあ急だったから、そちらにはまだ来てないだろう」
ダンテは悪びれもせず、頭をかく。
「帰りもしっかり送り届けるからさ。大丈夫だ」
絶対、“大丈夫”の基準が違う気がする。
王子様といる時の“大丈夫”って、だいたいこっちの精神力が削られる方向に傾いてるんだよね。
「……あまり遅くなりすぎないように言っておいてくださいませんか?」
セシルさんが、しっかりと釘を刺す。
「おう、分かってるって」
ダンテは、にかっと笑って親指を立てた。
その笑顔は嫌いじゃない。
嫌いじゃないけど、今は違う。今欲しいのはアルコールだ。
「じゃ、行くか、聖女様!」
元気いっぱいに手を差し出してくるダンテ。
私はその手を見て、深くため息をつきたくなるのをなんとか堪えた。
「行ってきます……セシルさん、カミーユ、リリちゃん」
「行ってらっしゃいませ、聖女様」
三人の声に見送られながら、私はダンテと並んで歩き始めた。
……頼むから、今度こそ心臓じゃなくて、ちゃんとご飯の味がする夕食でありますように。
そんなことを心の中で祈りながら――
私は、また新たな“聖女業務(?)”に向かっていった。




