第4話 お酒が飲みたいんだってば!!
ガウェインに連れられて食堂を出た私。
コツ、コツ、と石畳に靴音が響く。
その横で、もうひとつ、少し重めの足音。
間隔きっちり、姿勢ピシッ。横を歩くガウェインは、教科書に載せたくなるレベルで“騎士団長です”って顔をしていた。
……そして、やっぱり無言なんだよね、この人。
さっきオーウェンさんに背中を押されて、「城内案内よろしく」って感じで引き渡されたわけだけど、
一礼してからここまで、一言も発してない。
私、沈黙、そんなに得意じゃないんだよ。
どうしようかな。話しかけてみようかな。
でもなんか、ずっと眉間にシワが寄っている気がする。
背が高すぎて、真正面からはよく見えないんだけど、横顔の雰囲気だけで分かる。眉間の皺って、気配があるんだよ。
んー……。
私が歩きながらじーっと観察していると、
急にガウェインがぴたっと立ち止まった。
「えっ?」
急ブレーキ。
どうしたん? 何かあった?
「……私の顔に、何か付いているんですか?」
あっっっっっ。
ごめん、見すぎた。
そりゃあもうジロジロと。
横顔のラインから首筋の筋肉まで、無意識で鑑賞してしまっていた。
最高すぎて見とれてたなんて言えない。
「ごっ、ごめんなさい……! その……顔を……覚えようと……でも、あんまり見えなくて……つい」
出たーーーー。
苦し紛れの言い訳おつ。
これぞ社会人の嗜み、“とりあえず無難な理由っぽいものを口に出す”スキル。
いやまあ、嘘じゃないよ?
覚えようとしたのも事実。見えなかったのも事実。
ついガン見したのも事実。
「あなたが小さいんですよ」
ボソッとだけ言って、ガウェインはまた歩き始める。
ちっさ……小さいのは認めるけども。
言い方ァ!
って――もしかして。
昨日のアレ、根に持ってます?
さりげなく「でかっ」って口に出てたっぽいんだよね、私。
あの時のガウェイン、若干ピクッってなってたし。
うわぁ……もしかして、傷付いたのかな。
見た目は“鋼のメンタルです”って顔してるけど、心はガラスだったりするのかもしれない。
私のおバカ! デリカシーのない口!
もしガウェインさんが、夜中にこっそり枕を濡らしてたらどうすんの。
「俺の身長は……そんなに……」って泣いてたらどうするの。
それを想像したら、ちょっと可愛く思えてきた。
勇気を出せ、私。謝るチャンスは今しかない。
「あの! ごめんなさい!」
ビクッと、ガウェインの肩がほんの少しだけ揺れた。
びっくりさせたっぽい。ごめん、でも続ける。
「……背が高いのは、素敵です!」
言った。
なんかよく分からないけど、勢いで押し通した。
フォローになってるのか!?
なってると言ってくれ!?
結構、勇気出したんだぞこれでも!
悪いことをしたら謝らなきゃって教わったもん!
ママンからそう習ったもん! 学校でも言われたもん!
「……」
ガウェインは、少しだけ足を止めたものの、何も言わずに再び歩き出した。
え、無視?
そんなに怒ってらっしゃる?
ど、ど、どうしよう。
もしかして、背が高いの、ガチのコンプレックスだったのかな。
私、地雷原でタップダンスしてない?
「あなたは……アレクシス様の婚約者になるんじゃないんですか?」
不意に、ガウェインが口を開いた。
低くて落ち着いた声。
だけど、その中に少しだけ棘がある。
「誰彼構わず、誘惑するのはやめてください」
――はい?
「ちがっ! は? 違います!」
思わず大声が出た。
足も止まる。
ガウェインも振り返る。
廊下の端で、私たちだけが向かい合う形になった。
「ガウェインさんが、でかいって言われて傷付いたのかと! 私が言っちゃったんですけどね!? フォローしなきゃって思って!
誘惑? あの、チャラ王子様と一緒にするのはやめてください! 心外です! しかも婚約なんてしてません!!!!」
一気に言い切った。
ゼーハーしてる。息が上がってる。
一文一文に感情込めすぎた。
廊下に、しばし沈黙が降りた。
ガウェインがゆっくりと目を細める。
さっきまでの怒りとか警戒とか、そういう色が、少しずつ薄れていく。
「……それは。すまない」
うおおおおおおおおおお。
眉間のシワが、一瞬なくなった!?
さっきまで、ずっとそこにいたはずのシワが、スッと消えた。
そしてまた復活。
「しかし、紛らわしい発言をしたのは変わりない。注意するように」
「あ、はいっ!」
反射的に背筋が伸びる。
なんだろう。怒られてるのに、ちょっと安心してる自分がいる。
それに――
(あれ……?)
眉間のシワがない状態のガウェイン、普通に……いや、だいぶ……かっこ良かった。
いや、知ってたよ? 見た目がいいのは最初から分かってたよ?
でも今まで“怖い”の成分が強すぎて、ちゃんと顔を認識できてなかったというか。
シワがないだけで、年相応……いや、ちょっと若く見える。
目つきも、鋭いけどそこまで刺々しくない。
あれ? この人、“割とイケメン枠”どころか、“かなり上位のイケメン枠”では?
危ない、危ない。
変なこと考え始めたら負けだ。
また、怒られそうで怖い。
いや、むしろ怒られたい自分が頭の隅の方に生まれてしまった。
恐ろしい…。
「ここは訓練場だ」
ガウェインが歩き出し、私も慌ててついていく。
さっきまでのピリピリが少しだけ柔らいだ気がする。
“殺気”から“緊張”くらいにはレベルダウンした感じ。
石造りの大きな扉を抜けると、広い広い空間が広がっていた。
砂が敷き詰められた地面に、木製の人形、丸太、的。
端には武器置き場らしきラックが並んでいる。
「ここの隣で、聖女様も訓練を行う」
「……訓練、するんですね、やっぱり」
「最低限の護身と、魔力の扱いくらいはできた方がいい。何も知らないまま外に出すわけにはいかないからな」
まっとうな意見すぎて、何も言い返せない。
そうだよね。
瘴気とか魔物とか、そういうのがうろうろしてる世界で、“庶民の運動不足OL”のまま旅に出るとか、自殺行為だ。
「そして、あちらが魔術塔。魔術の訓練は、塔の中で行う」
ガウェインが顎で示した先には、空に向かって伸びる塔があった。
石造りの壁に、窓がいくつも並んでいて、上の方には何やら怪しげな紋章も見える。
「おお……ファンタジー……」
思わず呟く。
ゲームで見たよ、こういう塔。
絶対にユリウスさんがいるやつだ。
塔の最上階で、魔導書とお茶を手に研究してるタイプだ。
「オーウェンの執務室は向こうだ」
廊下に戻りながら、ガウェインは淡々と案内を続ける。
書類の匂いがしそうなエリア。
きっと、オーウェンさんが一人で“アレクシス様関連の面倒事”を処理しているに違いない。
なるほどね。
私が今後お世話になる場所を、ざっくり教えてくれてるのか。
……と、そこで私は思い出した。
そうだ。
私には、今日どうしても達成したいミッションがあった。
酒だ。
私は昨日、こっちに飛ばされる前、完全にビールの喉になっていた。
でも、ビールそのものはないかもしれない。炭酸だしね。
でも、酒はあるはず。
葡萄酒とか、蜂蜜酒とか、なんかすごい名前の蒸留酒とか。
この世界に来てから、まだ一滴も飲んでない。
昨日は光とイケメンと情報量でそれどころじゃなかった。
でも今日は、まだ午前中。
夜までに作戦を練る時間もある。
今だ。
ここで、一歩踏み出す。
「あの、厨房はどこにありますか?」
ガウェインがぴたりと足を止めた。
鋭い視線が、ゆっくりこちらに向く。
「見てみたいなぁ。朝食がとても美味しくて」
できるだけ自然なテンションで言ってみる。
“食いしん坊聖女”ムーブ。
決して“飲んだくれ聖女”ではない。
イメージは大事。
なんか、めっちゃ見られてる。
心まで覗かれている気がする。
私の顔よ。
今は耐えておくれ。
今、頑張らないでいつ頑張るんだい?
「お腹がすいたんですか?」
「ちがーーーーーう!!」
心の中で絶叫している。
もしかしたら少し声に出てたかもしれない。ギリギリ耐えたつもり。
お酒が飲みたいの!!
朝食が美味しかったのは本当だけど、今欲しいのは固形物じゃない。液体。アルコール。
炭酸でも、ワインでも、とりあえず何か。
でも、「お酒浴びるほど飲みたいですーぅ」なんて言って、
「はいOK」ってなる世界じゃないことくらい知ってる。
そりゃ、言ったら少しくらいは用意してくれるかもしれない。
でも、少しね!?
それじゃ足りない。
足りないのだよ!!
「働いているところを、見てみたいんです。ダメですか?」
なるべく真剣そうな顔で、健気風に言ってみる。
厨房で働く人たちを見て、「すごいですね!」って言えば、多分印象も良い。
そこからさりげなく酒の存在を探る。完璧な作戦。たぶん。
「ダメです」
即答。
「っ……」
くっそおおおおおおおおお!
一体どうしたら!!
門前払いにもほどがある。
私の作戦会議、三秒で終了。
「嘘だって、顔に出てますよ」
ガウェインが小さくため息をつきながら言う。
「何が欲しいんですか。甘味ですか?」
私の顔おおお!
耐えろって言ったじゃん!
約束が違うよ、顔面パーツ!
よりによって、“嘘ついてます顔”を全開にしてしまったらしい。
自分の表情筋を訴えたい。
「はぁ。素直に言ってみたらどうです?」
ガウェインが少し身を屈める。
か、顔が近い!?
そんなに近づけるな!?
自分がイケメンって、ご存じですか?
その距離で真顔で見られたら、だいたいの人は動揺するんですよ!
「ほら。何が欲しいんだ?」
逃げ場を塞ぐように、低い声。
追い詰められた。
心の壁を、ぐいぐい押されてる感じ。
卑怯だぞ!
そんな声と顔されたって絶対に言うもんか!!
「ぉ……さけ」
自分でもびっくりするくらい、か細い声が出た。
「はい?」
ガウェインの眉がぴくりと動く。
聞き取れなかったらしい。
今ならまだ、言い直せる。
“さけ”を“さかな”とかに誤魔化せる。
魚も見たいんです〜とか言えば、ワンチャン――
「お酒が飲みまくりたいの!!」
……口が、裏切りやがった。
仲間だと思ってたのに!
私の口、完全に敵陣営だった。
全力で正直に言い切りやがった。
“飲みたい”じゃなくて“飲みまくりたい”って余計な一言まで添えて。
廊下に、また沈黙が落ちる。
ガウェインが、微妙な顔で固まっている。
こんな顔もできるんだね、この人。
「予想外すぎて処理が追いついてない」って顔。
そうだよね。
だって仮に私はこの国の聖女なんだもん。
聖女が開口一番「酒飲みまくりたい」とか言ったら、普通は引くよね。
完全にやらかした。
終わった。
聖女としての威厳、地面を這ってる。
「……」
長い、長い数秒の後。
「……あっはっはっはっ!」
っへ?
ガウェインが、突然、腹の底から笑い出した。
え、ちょっと待って。
なにこの笑い方。
さっきまで“鋼鉄の騎士団長”って顔してた人が、急に少年みたいに笑ってるんですけど。
目尻が下がって、眉も柔らかくなって、口元もぐっと緩んで。
やば。
何この笑顔。不意打ちなんですけど。
ずるくない? いきなりその顔はずるくない?
「良いだろう」
笑い終えたガウェインが、少し肩を揺らしながら言う。
「俺がこっそり持って行ってやる。だから、それまで大人しくしているんだな」
「……え」
耳を疑う。
今、なんて言った?
こっそり。
持って行ってやる。
お酒を。
ガウェインが。
騎士団長が。
「案内はこれで終わりだ。部屋まで送る」
ガウェインは、何事もなかったかのように踵を返した。
さっきまでの笑顔は、一瞬で消えて、また“仕事モード”の顔に戻っている。
「……」
私は黙って、その背中を追いかけることにした。
胸の中で、さっきの言葉を何度も何度も反芻しながら。
「俺がこっそり持って行ってやる」
約束だよね?
騎士団長が嘘つくわけないよね?
“こっそり”ってことは、バレたら怒られるやつだよね?
それを承知で言ってくれたんだよね?
……やばい。
ガウェインさん、ちょっと好きかもしれない。
いや、恋とかじゃないよ? 推しとして。
“酒を運んでくれる騎士団長”として。
そんなことをぐるぐる考えながら、私はガウェインの後ろ姿を追って歩き続けた。
私はやり遂げたんだ。
無理に思えたミッションを遂行出来た。
胸の中で、誰にも聞こえないように、小さくガッツポーズをした。




