第15話 もうトラブルは、ごめんだってば!!
舞踏会がおわりかけ。
音楽もさっきより少しだけ落ち着いた調子になっていて、グラス片手に談笑している人が多くなってきた。
アレクシスが、隣でぐいっと伸びをする。
「ふぅ。そろそろお開きかな」
「……やっと終わる」
思わず本音が漏れた。今日一日で、どっと寿命が縮んだ気がする。
「私は、もう少しここにいるから」
アレクが椅子から立ち上がりながら言う。
「オーウェンに先に送ってって貰ってね。
皆の帰宅と被るとごちゃごちゃして危ないから」
「かしこまりました」
オーウェンが、いつもの丁寧な一礼をする。
「では聖女様、参りましょう」
「はい。お疲れ様でした、陛下、王妃様」
王様と王妃様に挨拶をしてから、私はオーウェンと共に、会場を後にした。
◆
人の気配が少ない廊下は、さっきまでのざわめきが嘘みたいに静かだった。
ヒールのコツコツという音と、オーウェンの足音だけが響く。
(はぁ~~~疲れたぁ~~~~)
心の中で全力のため息をつきながら歩いていると――
ふわり、と。
どこからか、甘い香りがした。
「……ん?」
思わず足を止める。
花とも違う、香水とも違う、ねっとり甘い匂い。
なんだろうこれ。お菓子のシロップを煮詰めたみたいな。
「聖女様?」
オーウェンも、少し眉をひそめる。
「今の、匂い、分かりました?」
「ええ。……この辺りに、香りの元があるようですね」
彼は視線を巡らせ、ある扉の前で立ち止まった。
「……ここから、ですね」
扉の隙間から、甘い香りがさらに濃く漂ってきている。
「聖女様はここにいて下さい」
オーウェンが、真剣な表情で私の方を向いた。
「少し、確認してきます」
「は、はい」
そう言って、オーウェンは扉を開け、中に入っていく。
パタン、と扉が閉まる。
私は廊下に残されて、一人ぽつんと立つ。
……しーん。
……しーん。
(……戻ってこない)
数分も経っていないはずなのに、やけに時間が長く感じる。
(大丈夫かな……?)
何も聞こえない。物音も、声も。
(ちょっとだけ。ちょっとだけ覗くだけ)
フラグを立てている自覚はある。あるけれど。
ここで何もせずに待つのも、それはそれで不安だ。
私はそっと扉に近づき、ノブに手をかけた。
「オーウェン? 大丈夫?」
少しだけ、扉を――
その瞬間。
「きゃっ!?」
後ろから強く押されて、私はそのまま中へ転がり込んだ。
バタン!
「えっ」
ガチャリ。
はっきりと、鍵がかかる音がした。
「……へ?」
「聖女様」
中には、オーウェンがいた。
少し眉を寄せて、ため息をついている。
「廊下にいて下さいと言ったのに」
「す、すみません。なんか全然戻ってこないから心配で……」
言い訳は、我ながら苦しい。
それどころじゃない問題が、すぐに発覚した。
ガチャガチャ。
「……あの、もしかしたら、閉じ込められたかも」
オーウェンは扉のノブを回し、軽く押したり引いたりしてみるが――
「……開きませんね」
「やっぱり~~~!?」
思わず頭を抱えたくなる。
その時、さっきの甘い香りが、さらに強く鼻を衝いてきた。
「うっ」
「……はぁ」
オーウェンが、わずかに目を細める。
「この香りは――恐らく、惚れ薬の類いでしょう」
「惚れ薬!?」
思わず声が裏返った。
「結構、吸っちゃってるけど!?」
「粗悪品のようなので、あまり効果はないですが、念の為、窓を先に開けます」
そう言って、オーウェンは部屋の奥にある窓に向かった。
そこは、物置部屋なのか、小さなテーブルと椅子がいくつか置いてあるだけの簡素な部屋だった。
外は夜。月明かりが差し込んでいる。
ガラリ。
窓を開けると、冷たい空気が流れ込んでくる。
「ふぅ……これで、少しはマシでしょう」
オーウェンがそう言った、その時だった。
ドアの下の隙間から、別の匂いが流れ込んでくる。
「ん……?」
今度はさっきとは違う、ツンとした薬草みたいな匂い。
「聖女様、窓の近くに。離れないように」
オーウェンが振り返りながら言う。
「え?」
「ゴホッ……!」
オーウェンが、突然咳き込んだ。
「オーウェンさん!?」
「少し……吸い込んでしまいました」
彼は胸元を押さえ、苦しそうに呼吸を整える。
「恐らく新しい方も、単体では大したことないです。
ですが、匂いが混ざると危険なので、窓から離れないように……」
「誰が、こんな事を……」
思わず漏れた私の声に、オーウェンはかすかに微笑んだような気がした。
「……すみません」
「え?」
「すぐに、出して差し上げたいのですが――」
額に汗が浮かび始めている。
「どうやら、先程の薬と、私の相性が悪かったみたいです」
「オーウェンさんっ!?」
冗談抜きで、顔色が悪い。
「ど、どうしよう。オーウェンさんが死んじゃう! どうしたら……!」
「大丈夫です。……私は、丈夫なので」
そう言いながらも、足元がふらついている。
「無理して立ってないで、座って下さい!」
私は慌てて、近くの椅子を引いてオーウェンの腕を取った。
その手が、ほんの少し震えている。
心臓が、いやな意味でバクバクしてきた。
「美鈴、様」
「え……?」
さっきまで“聖女様”と呼んでいたのに、嫌な予感しか、しない。
私は思わず、オーウェンの顔を覗き込む。
「なに? 何をして欲しいの?」
「私は……」
オーウェンの瞳が、少し霞んだように見えた。
「とてもズルい男です」
「え?」
「アレクシス様の影に隠れて、ずっと、あなたを見ていました……」
ゆっくりと伸ばされた手が、私の頬に触れる。
ひやりとしていたはずなのに、今は妙に熱い。
「オーウェンさん、しっかりして下さい! 変な事言ってる場合じゃ――」
「両思いに、なれるなんて」
オーウェンは、苦しげに息を吐いた。
「高望みは、しません」
視線が、真っ直ぐこちらを射抜く。
「ただ、あなたをお慕いする――許可を頂けませんか……」
「お、お慕い!?」
心臓が、今度は別の意味でバクバクし始めた。
「惚れ薬……粗悪品だって、言ってたのに……」
「苦しいのです」
オーウェンの声が、かすかに震える。
「想っては、ダメだと、自分に言い聞かせても――
どんどん、あなたに惹かれていく」
本当に苦しそうな顔をしている。
それが混ざった匂いの悪影響なのか、惚れ薬による、恋煩いの影響なのか私には、わからない。
(どうしよう……)
こういう時、どう返せばいいの?
教科書に載ってなかったよこんなシチュエーション。
「そ、その……」
私は、喉がひりひりするのを感じながら、言葉を絞り出した。
「誰かが誰かを好きになるのに、許可なんて、いらないと思います」
「……」
「だから、その……」
オーウェンの腕に、少し力が入る。
次の瞬間、ぐいっと、身体を引き寄せられた。
「……っ!?」
「オーウェンさん!?」
オーウェンの腕が、私の背中に回る。
耳元で、低い声が囁いた。
「今だけ」
息がかかって、背筋が震える。
「今だけ、私だけの、美鈴様でいて下さいませんか」
(む、むりむりむりむり!?)
頭が一瞬真っ白になる。
距離が近い。近すぎる。
顔を上げると、すぐそこに、オーウェンの顔。
目が合う。
心臓の音が、うるさくて、自分にしか聞こえないのが不思議なぐらいだ。
「オ、オーウェンさんは今――」
なんとか声を絞り出す。
「たぶん、惚れ薬の影響を受けています。だからっ……!」
か、顔が近付いてくる。
キ、キス――!?
(ちょっ、待っ、心の準備ってものが――)
その時。
コンコン。
「おい、誰かいるか」
ドアの向こうから、聞き慣れた低い声がした。
「!?」
ビックリして、私は反射的にオーウェンを押しのけた。
「っ……!」
勢いよく離れたオーウェンは、そのまま椅子にもたれかかるようにして、ぐったりと目を閉じる。
(あぶなかった~~~~~!!)
あと数センチずれてたら、完全にキスしてた。
惚れ薬混ざり状態の執事と。
精神が持たない。私の心が過労死する。
コンコン。
「誰かいるのか」
さっきより、声が少し大きくなる。
「は、はいっ!」
私は慌てて扉の方へ近づき、隙間に向かって叫んだ。
「閉じ込められました!! 助けて下さい!!」
……一瞬の沈黙。
次の瞬間。
ドーーーン!!
「きゃあっ!?」
扉が外側から勢いよく蹴り破られた。
粉じんの中に現れたのは――ガウェインだった。
「良かった」
彼は部屋の中を素早く見渡し、私と倒れかけているオーウェンを確認する。
「部屋に戻ったはずなのに、どこにも見当たらず、捜索中だった」
「オ、オーウェンさんが!」
私は慌てて振り返る。
「薬の匂いがして……苦しそうにしてて……!」
ガウェインの顔がわずかに険しくなった。
「詳しい話は後だ。まずは治療室へ連れて行く」
彼はオーウェンの腕を取り、肩を貸して立たせる。
「歩けるか?」
「……問題、ありません……」
オーウェンが、かすれた声で答えた。
その言葉に、ほんの少しだけホッとする。
◆
治療室。
白いカーテンで仕切られたベッドがいくつか並び、その一つにオーウェンが横たえられていた。
ユリウスさんが、真剣な顔で診察している。
私はその少し離れたところで、ガウェインと並んで説明を終えたところだった。
「……部屋に入ったら甘い香りがして、オーウェンさんが『惚れ薬の類い』って言ってて。
扉が勝手に閉まって、鍵がかかって……」
ユリウスさんは頷き、手元の小瓶を軽く揺らす。
透明なガラス瓶の中に、淡いピンク色の液体が入っていた。
「オーウェンのそばから見つかった小瓶がこれです。
聖女様のお話と合わせると――この惚れ薬は私の目から見ても粗悪品のようです。ですから…」
「へっ?」
思わず変な声が出た。
「じゃあなんで……あんな……」
(お慕いとか今だけ私だけのとか言ってたんですけど!?)
ユリウスさんは、少しだけ困ったように笑う。
「二種類の薬が混ざったことで、オーウェンの身体に悪影響が出たんですね。
そのせいで意識が朦朧としていたはずです」
「……」
「一つは粗悪な惚れ薬。もう一つは、おそらく軽い鎮静や睡眠を促す類いの薬です。
単体ならどちらも大したことはないですが――体質的に、相性が悪かったのでしょう」
(ってことは……)
私は、さっきの言葉を思い出してしまう。
『アレクシス様の影に隠れて、ずっと、あなたを見ていました……』
(惚れ薬のせいじゃなかった……?)
顔が熱くなるのを感じて、思わず両手で頬を押さえた。
ガウェインが、腕を組んだまま口を開く。
「実行犯らしき人物は捕らえたが、黒幕は違うだろうな」
「ガウェイン」
ユリウスさんが、診察を終えて立ち上がる。
「聖女様をお部屋にお送りして下さい。
ここに長く居させるわけにもいきませんし、今日はもう休んで頂いた方がいい」
「分かった」
ガウェインがこちらを向く。
「行くぞ」
「は、はい……」
◆
部屋まで送ってもらって、セシルさん達に事情を説明し(かなりぼかし気味に)、
騒ぎを落ち着かせて、ようやくひとりになった。
ベッドに座り込み、天井を見上げる。
「はぁぁぁぁぁ……」
今日だけで、ため息何回ついたんだろう。
(惚れ薬事件、こわ……)
誰が、何のために。
私を狙ったのか、オーウェンを狙ったのか、それとも王子様の側近を狙ったのか。
考えれば考えるほど、胃がキリキリしてくる。
でも、それよりも――
枕に顔を埋める。
「ずるい……」
アレクはアレクで、「本気だからね♡」とか言ってくるし。
ダンテはダンテで「自分と婚約しないか?」なんて冗談言ってくるし。
ガウェインは、さりげなく一番頼りになるし二面性のギャップが。
ユリウスさんは体調診断とか言ってスキンシップが多い気がする。
そしてオーウェン…。
(なんで私、こんなイケメンハーレムみたいな状況に……?)
異世界転移前の私に教えてあげたい。
「そこら辺にイケメン転がってねーかなー」なんて言ってたら、こうなるぞって。
明日から、また訓練の日々が始まるだろう。
早く犯人捕まると良いなぁ。そんな事をぼんやり考えながら眠りに落ちた。




