第14話 お披露目の舞踏会なんだってば!!
アレクとオーウェンに両脇を固められつつ、私は廊下を歩いていた。
今日はお披露目当日。
ドレスはリリとカミーユとセシルさんが総力を挙げて選んでくれた、白ベースに淡い金の刺繍が入ったやつ。
自分で言うのもなんだけど、鏡で見た時に思った。
(誰この美人。……私かぁ)
現実逃避したくなるレベルで、いつもの自分と違う。
「緊張してる?」
隣のアレクが、ひそっと小声で聞いてくる。
「してないって言ったら嘘になるけど、してるって言うと倍増しそうだからノーコメントで」
「ふふっ、美鈴なら大丈夫だよ。何かあったら、全部僕のせいにしていいから」
「それはそれで後が怖いんですよねぇ?」
後ろから、オーウェンの乾いたため息が聞こえた。
「王子様、あまり聖女様を不安にさせないでください。
ただでさえ、これから大勢の前に出るというのに」
「そんなつもりはないんだけどなぁ」
軽口を叩いているうちに、私たちは一枚の重厚な扉の前に辿り着いた。
衛兵が二人、直立不動で立っている。扉の向こうからは、かすかに人の話し声と音楽が漏れてきた。
……その手前の、少しだけ小さな扉を、オーウェンがノックする。
コンコン。
「アレクシス様と聖女様をお連れしました」
「入れ」
落ち着いた低い声が返ってきた。
オーウェンがドアノブを回し、中へ案内してくれる。
◆
中は、こじんまりとしているけれど、それでも十分に豪華な部屋だった。
壁には大きな絵画、棚にはいくつもの装飾品。
重そうなソファがいくつか置かれていて、その一角に――
王様と王妃様がいた。
(うわぁ……)
思わず、心の中で感嘆の声を上げる。
王様は、相変わらず普通にイケメン。
お歳を召しているはずなのに、背筋はまっすぐで、まさに「王」って感じの風格。
そして王妃様、すっごく綺麗。
柔らかい金色の髪を上品にまとめ、深い青のドレスを纏っている。
優しそうな微笑みなのに、どこか芯の強さが見える、そんな人だ。
私が挨拶するより早く、王様が立ち上がった。
「無事に目を覚まし、回復してくれたことを――」
穏やかだけど、よく通る声。
「この街に住まう民を、戦った騎士たちを守ってくれたこと、心より感謝する」
そう言って、王様は深く頭を下げようとした。
「ちょっ、ちょっと待ってください!?」
慌てて一歩前に出る。
「やめてくださいそんな! 王様が頭下げたら私の方がどうしたらいいのか分かんないですから!」
王妃様も立ち上がり、ふわりとスカートを揺らしながら近づいてくる。
「それに――」
柔らかい声。
「アレクを。
あの子が無事に帰ってきてくれたこと。本当にありがとう」
その言葉には、母親としての感情が、まっすぐに乗っていた。
(あ……)
胸が、少し詰まる。
私なんかが「いえいえ」とか軽く流していいものじゃない気がして、言葉に詰まってしまった。
「しかし…」
思い切って、口を開く。
「私がまだ力不足だったせいで、多くの怪我人を出してしまいました。
だから、その……」
上手く言葉にならない、少なくとも「全部上手くいきました!」ってわけでは絶対にない。
王妃様が、ふっと微笑んだ。
「美鈴様は、心まで清らかなのですね」
「でしょう?」
すかさず、横からアレクがどや顔で入ってくる。
「僕が見込んだ女だからね」
いやいや。
清らかなんかじゃない。このお披露目をサボろうとした女なんですよ。
王妃様、騙されないで。
そんな私の心のツッコミなんて知る由もなく。
「失礼いたします、陛下」
一人の男性が、控えめに部屋へ入ってきた。
柔らかい茶色の髪、落ち着いた雰囲気。
年齢は四十代後半くらいだろうか。
派手さはないけれど、立ち居振る舞いの全てに「仕事できる人オーラ」が滲み出ている。
「もうそろそろ、お時間です」
王様が頷く。
「ああ、頼む、ハロルド卿」
「かしこまりました」
(あ、この人かも)
ピンときた。
前にカミーユが話してくれた、王様の側近で、奥様を病で亡くしたっていう、おじ様――
(なるほど……これは確かに“おじ様枠”として強い)
落ち着き、包容力、無駄のない動き。
カミーユの趣味をちょっと理解してしまった。
ハロルド卿は、私の方を向いて軽く一礼した。
「初めまして、聖女様。王家筆頭顧問を務めております、ハロルド・グランツと申します。
本日はお披露目の進行も担当いたしますので、何かあればお申し付けください」
「た、橘 美鈴です。よ、よろしくお願いします!」
噛みそうになりながら挨拶すると、彼は目尻に小さなしわを寄せて微笑んだ。
「ご緊張なさるのも無理はありません。
ですが、大丈夫。王と王妃、そしてアレクシス殿下が、あなたの盾になります」
……落ち着いた優しい声、反則では?
◆
いよいよ、お披露目本番。
まず、広間に王様が出て行き、開会の挨拶をする。
扉の向こうからは、拍手とざわめきが聞こえてくる。
私は、その後ろで待機中。
手のひらに汗がにじむ。
(落ち着け私。大丈夫。挨拶の内容はセシルさんとオーウェンが一緒に考えてくれた。
何度も練習した。噛まなきゃ勝ち)
「では、アレクシス様、美鈴様。合図したら、入場を」
ハロルド卿の声に、アレクが軽く頷く。
「美鈴」
「うん?」
「手、貸して?」
差し出された手を、そっと握る。
「すべったら引きずってでも連れていくから」
「物理的にかい!」
そんなやり取りをしているうちに、扉の外から合図が来た。
「それでは――聖女様と、アレクシス・フォン・ヴァリエ殿下のご入場です!」
号令と共に、扉が大きく開く。
目の前に広がるのは、きらびやかな光景。
高い天井からは大きなシャンデリア。
壁にはタペストリー。
中央にはダンスフロア、その周りにテーブルと椅子。
そこに、ドレスや燕尾服を着た人々が、びっしり。
(ひっ……多っ)
一瞬、足がすくみかけたけど――アレクの手の力が、少しだけ強くなった。
「大丈夫。ゆっくりでいいよ」
彼の横顔は、さっきよりも真面目だった。
そのまま、私はアレクにエスコートされて会場の中央へ。
「聖女様だ……」
「なんてお美しい……!」
「本当に、この方が森を浄化されたのか……」
あちこちから、そんな囁き声が聞こえてくる。
(ひぃぃ、穴があったら入りたい)
でも――今さら逃げられない。
いよいよ、私の番が来た。
(よし……いけ)
深呼吸を一つ。
「初めまして。聖女として召喚されました、橘 美鈴と申します」
自分の声が、意外とよく通っていることに、少し驚く。
「まだ至らぬところばかりですが、この国の皆さんが少しでも笑って過ごせるように、
一生懸命、努めてまいります」
――なんとか。
なんとか、打ち合わせ通りに言えた。
(セシルさん、オーウェンさん、ありがとう……!)
深くお辞儀をする。
顔を上げた瞬間。
笑顔、笑顔、笑顔――の中に。
ひとりだけ、何故か目を引く女性がいた。
(あー……)
直感が耳元で囁く。
(絶対あの人が元婚約者だぁ)
ドレスは赤。
髪は暗い金色で、完璧に整えられている。
顔立ちは、とても整っていて――正直、めちゃくちゃ美人だ。
その彼女が、口元にはかろうじて笑みを貼り付けながら、しかし目だけは氷みたいに冷たい視線でこちらを射貫いている。
胃がきゅっと縮んだ。
(こっわ……)
◆
挨拶が終わると、私は王様と王妃様、アレクと一緒に、会場の端に用意された椅子に座った。
王様が立ち上がり、高らかに声を上げる。
「では、舞踏会を始める!」
音楽が流れ始める。
最初のダンスは王様と王妃様、そして貴族たちの中から選ばれた何組か。
私は座ったまま、それを眺める。
「いいなぁ……」
つい本音が漏れた。
「踊りたかった?」
隣のアレクが、くすっと笑う。
「いや、そういうわけじゃないけど。
なんか、少しだけ、憧れはあったよね」
「じゃあ、いずれ二人きりの時にでも踊ろうか」
「遠慮しておきます」
そんなことを話している間に、最初のダンスが終わった。
すると、案の定。
私の前に、長蛇の列が出来た。
横を見ると、王様やアレクシスの前にも列が出来ている。
(で、ですよね~……)
貴族達が順番にやってきて、軽い挨拶を交わす。
名前と家名を名乗られ、私はひたすら「初めまして、橘 美鈴です。よろしくお願いします」を量産するマシーンと化した。
(名刺ほしい……)
そう思い始めた頃。
――来た。
さっきの、氷の視線の女性が。
ご両親らしき上品な夫婦を伴って、ゆっくりと私の目の前にやってくる。
「初めまして、聖女様」
澄んだ声だ。よく通る、上流階級らしい綺麗な発音。
「ローゼンベルク公爵家令嬢、エリザベート・ローゼンベルクと申します」
横にいるご両親は、顔をひきつらせた笑顔でお辞儀をしている。
(うわぁ……この人、ご両親より先に挨拶してる。私でもわかる。絶対この後裏で説教コースだ)
エリザベートさんは、にこりともせずに続けた。
「アレクシス様とご婚約されるとばかり思っておりましたが――
何故でしょう? それとも、発表がまだ、とかでしょうか?」
空気が、一瞬だけ凍る。
ご両親が、ものすごい勢いで青ざめた。
「エ、エリザベート!」
「失礼を……!」
慌てて止めようとするけれど、もう遅い。
周囲の貴族たちも、さりげなく耳をそばだてている。
(やっば……!!)
その時。
「聖女様」
オーウェンの声が、すぐ耳元で囁かれた。
「まさか、このような場でそのような質問をするとは……はぁ」
小さくため息をついてから、言葉を続ける。
「バカ正直に答えてはいけません。この話はデリケートです。
あまり公にしないよう、はぐらかして下さい」
(そんなこと言ったってぇぇ!?)
私の脳内会議が、秒で始まる。
“本命ルート:ここで全てをぶっちゃけ、炎上イベント発生”
“回避ルート:うまいこと濁して穏便に済ませる”
(そりゃ回避ルート一択だけどさ!?)
喉がカラカラに乾いていく。
でも、言わなきゃ。
「え、えっと」
一度、息を整えてから、出来るだけ柔らかい声で続けた。
「私はまだ、この世界に来たばかりですが――
皆さんが苦しんでいると聞き、まずは浄化の方を優先させて頂きました」
(よっしゃ、言った……!)
着地点を浄化にして、話をすり替える作戦。
どうだ。
どうかこれで、納得してください。お願いします。
一瞬の沈黙。
エリザベートさんの瞳が、じっと私を射抜いてくる。
(こわいこわいこわい)
「では――」
彼女が何か言いかけたところで。
「それはそれは!」
ご両親が、食い気味に割り込んできた。
「ご立派なお考えですなぁ!
まさに聖女様のお言葉! 我々はこの辺で失礼します!」
「ほら、エリザベート」
「……いえ、私はまだ!」
エリザベートさんは、ご両親に引っ張られて行った。
(うわぁ……最後に思いっきり睨まれた)
胃が、またキュッと痛くなる。
◆
それからしばらくして。
ようやく挨拶ラッシュも落ち着き、パーティーは終盤に差し掛かっていた。
私はまだ王族席に座っていて、最後のダンスを眺めている。
隣に座っているアレクが、こっそりと私に耳打ちした。
「美鈴、大丈夫だった?」
「……なんとか」
正直、体力よりメンタルの方が削られた。
「あの令嬢、元婚約者さんなんですよね?」
「うん、エリザベート。
元々、正式な婚約者だったんだけどねぇ」
アレクは、珍しく少し言いにくそうな顔をした。
「彼女の性格が、どうしても、ねぇ」
「どうしても?」
「……悪い子ではないんだけど、気性が激しくてさ。
この国の王妃として、周りと上手くやっていけるかっていうと、ちょっと厳しいかなって」
(あー……分からなくもない)
さっきの質問の仕方、完全に「ここで爆弾落としてやろう」って顔してたもんね。
「だから、君の召喚が決まった時――
少し強引に破棄を進めたのは、僕なんだ」
「え」
思わず、アレクの顔を見る。
「上からのお達しとか、そういうのじゃなかったんですか!?」
「うん、まぁね!」
アレクは悪びれもせずに肩をすくめた。
「だから、ごめんね☆」
星マーク付きで謝るんじゃないよ。
「でも、お陰で美鈴に出会えた」
さらっと、とんでもないことを口にする。
「信用はないかもしれないけど、私は結構、本気、だからね♡」
――心臓が、ドクンと跳ねた。
(やめろぉぉぉ!!)
ドキドキするから!
この男、こういう時だけ真顔で言うからタチが悪い!
「ゴホン」
オーウェンが、隣から咳払いをした。
「アレクシス様、せめて裏に行ってからやって下さい。
公の場で聖女様を口説くのは、ご遠慮くださいませんか」
「口説いてるつもりはないんだけどなぁ?」
「なら尚更タチが悪いですね」
ふたりのやり取りに、つい苦笑いしてしまう。
……ただ、その光景を。
会場の隅から、じっと見ている影があった。
赤いドレスの公爵令嬢、エリザベート。
さっきより、ずっと深い暗い目で。
グラスを強く握りしめながら。
その胸の中で膨れ上がっていくものを、誰もまだ知らない。




