第13話 もう少しゆっくりさせてってば!!
セシルさん達の看病のおかげで、私は一日でだいぶ動けるようになった。
昨日まで、トイレ行くだけで世界の終わりみたいな顔をしていたのに、人間って意外とタフだ。
ユリウスさん曰く、ダンテの怪我はかなりの重症らしい。
本人は一見、元気そうにしているものの――
「普通の人なら、座ることすら困難な傷ですよ」
と、さらっと恐ろしいことを言われた。さすが底なし副団長、基準がおかしい。
後で絶対にお見舞いに行こうと心に決める。あんなに守ってもらって、そのまま放置なんてできない。
◆
「お披露目が、もう明日!?」
自分でもびっくりするくらい、いい声が出た。
部屋でティータイムをしていた時、セシルさんの口から、さらっと爆弾が落とされたのだ。
セシルさんは、いつも通り落ち着いた笑顔で紅茶を置く。
「美鈴様は、まる二日間、眠られていました。そして回復に一日。
森の浄化から、もう既に三日経過しています」
「三日……。」
体感では、昨日のことなんだけど。
ブラック企業にいた頃、徹夜続きで曜日感覚が溶けた時のことを思い出す。嫌なフラッシュバックだ。
カミーユが、窓際でカーテンを整えながら振り向いた。
「それにさ、森が浄化されたんだよ? 瘴気が勝手に消えたりしないでしょ?」
「それは……まぁ、そうだけど」
リリが、クッションを抱えながら目をキラキラさせる。
「もう既に噂になってるみたいですよー。
『森が一夜にして浄化された』とか、『伝説の聖女様の再来だ』とか!」
「ひぃぃ……盛りすぎ盛りすぎ」
セシルさんが、話を本筋に戻すように軽く咳払いをした。
「美鈴様は病み上がりということもあり、舞踏会でダンスをなさる必要はありません。
挨拶が終わった後、国王陛下、王妃様、アレクシス様と共に、客人の前で座って頂きます」
「王族と一緒に……?」
想像した瞬間、背筋に冷たいものが走った。
「考えただけでゾッとするんですけど」
最高権力者の真横で、にこやかに座るとか私には無理!!
「政治的な意味合いもあるのです」
セシルさんが、きっぱりと言う。
「森の浄化は、王家にとっても国にとっても、
非常に大きな出来事です。
聖女様が王族と並ぶことで、
『王家と共にある希望の象徴』だと示せます」
「まだ全回復してないのに……」
思わず、本音が漏れた。
「めんどくさ……いえ、その……部屋でゆっくりしてたいなぁ、なんて」
「聞こえてますよ、美鈴様」
微笑みながら、しかし目だけ笑っていないセシルさん。ひぃ。
そこで、リリがもじもじと手を挙げた。
「あ、あの……」
「どうしたの、リリちゃん?」
「その、舞踏会には……王子様の、元婚約者様がご出席なさるそうです」
「ええ!?」
思わず椅子からずり落ちそうになった。
「あの、暴れたっていう噂の?」
三人でお酒を飲んだあの夜、ダンテとガウェインがチラッと言っていた。
「王子の元婚約者が暴れた」「今は領地で静養中らしい」――あれだ。
まさか、その当人が明日来るとか聞いてない。
「な、なんでそんなフラグを立てるのかなこの国は!?」
「フラグ……?」
カミーユが首を傾げる。
セシルさんが、落ち着いた声で続けた。
「警備は万全に整えてありますし、アレクシス様もその件については真剣に対策を練っておられます」
いや、あのチャラ王子だし、「ドラマチックでいいじゃないか~」とか思っていたらどうしよう。ありえるから怖い。
「……あー」
私は、額に手を当てた。
「なんか、ちょっと熱っぽい気がする。風邪気味かも」
一世一代の棒読みである。
「これはさすがに、舞踏会どころじゃ――」
「ユリウス様をお呼びしましょうか?」
にっこりと完璧な笑顔で、セシルさん。
「いえ……気のせいでした。すぐ治りました」
秒速で撤回した。
ユリウスさんに診察されたら、絶対に逃げ場を失う。
二日酔いの件で、私はもう逃げられない運命なのだ。
◆
午後からは、舞踏会用のドレス選びと打ち合わせが始まった。
「さぁ、美鈴。真打ち登場だよ!」
と、無駄にテンション高く現れたのは、もちろんアレクシス様である。
その後ろには、控えめにため息をついているオーウェン。
「今日は特別に、私もドレス選びに参加させてもらうからね!」
「嫌な予感しかしないんですけど」
その予感は、秒で的中した。
「まずはこちら!」
アレクが持ち上げたのは――
胸元が大胆に開き、背中もほぼ全部見えている、きらっきらのドレスだった。
生地は確かに綺麗だけど、「布の面積とは?」って聞きたくなるタイプ。
「却下で」
「えぇ!? まだ何も言ってないのに!?」
「見れば分かる! これ着たら私、呼吸するたびに寿命縮むやつ!」
「でもさ、聖女様だし? 特別な夜だし? せっかくだからさぁ~」
オーウェンがぴしゃりと言った。
「王子様、露出の多いドレスを選ぶのはおやめください。
聖女様は“希望の象徴”であって、“目の保養”ではありません」
「え~? どっちもでも良くない?」
「良くありません」
即答である。頼もしすぎる。
「じゃあこれは?」
アレクが次に出してきたのは、足がほぼ全部見えそうなスリット入りのドレス。
「それも却下で」
「これもかぁ!」
「アレクシス様」
セシルさんが後ろから静かに微笑んだ。
あ、これは本気で怒ってるやつだ。
「露出の多いドレスは、舞踏会の場にふさわしくありません。
それに、あまりに肌を見せすぎると、他の貴族夫人方の反感を買います」
「ん~……政治って難しいねぇ」
「今、初めて気づいたみたいに言わないで下さい」
リリちゃんが、数着のドレスの中から、比較的落ち着いたものを選んだ。
「あの…、横から申し訳ありません。私は、こちらのドレスがよろしいかと思います。」
白を基調としたドレス。
胸元はほどよく隠れていて、袖にはレースがあしらわれている。
スカート部分にはうっすらと金色の刺繍が入っていて、歩くと光が流れるみたいに見える。
「こちらなら、清楚でありながら華やかさもありますね」
オーウェンが頷く。
「動きやすさも考えられていますし、病み上がりの美鈴様にも負担は少ないでしょう」
「それに……」
リリちゃんが、目を輝かせながら自信満々に言った。
「すっごく、似合うと思います!」
その一言で、私は少し照れながら、それに決めた。
「じゃあ、それで……」
「よし、当日は私が一番にエスコートするからね!」
「それと、私も美鈴とお揃いにしようかな♡」
アレクが即座に「聖女様とお揃い衣装予約」を入れようとしてきたが、オーウェンの冷たい視線により、その企みは一時保留となった。
◆
夕方、ようやく打ち合わせがひと段落した頃。
私はセシルさんにお願いして、ダンテのお見舞いに行くことにした。
「本当は、まだあまり歩いてほしくはありませんが……」
と渋い顔をされたけれど、真剣に頼んでギリギリ許可をもぎ取った。
コンコン。
軽くノックをしてから、扉を開ける。
「失礼します……」
「おー、来たか!」
明るい声が返ってきた。
ベッドの上には、包帯だらけのダンテが座っていた。
上半身は裸に近い状態で、胸から腹にかけて、いくつもの包帯と固定具が巻かれている。
それでも、顔にはいつもの豪快な笑み。
「ダンテ……」
思わず、声が小さくなる。
笑っているけど、その姿はやっぱり痛々しい。
「おいおい、そんな顔すんなよ。生きてるんだから上等だろ?」
ダンテが笑いながら片手を振る。
「本当に……守ってくれて、ありがとう」
素直にそう言うと、ダンテは一瞬きょとんとして、それから照れくさそうに頭をかいた。
「礼なら、酒で頼む」
「またそれ」
「約束しただろ? 次はもう少し、作戦を練って飲むってよ」
あの日の帰り道の会話を思い出し、少しだけ笑ってしまう。
「でも、今回は本当に、命懸けで守ってくれたんだよね」
「それはこっちの台詞だ」
ダンテが真顔になる。
「お前が祈ってくんなきゃ、森はそのままだった。
そしたら、あそこにいた全員、今頃どうなってたか分からねぇ」
そう言ってから、わざとらしく大きなため息をついた。
「ガウェイン、怒ってた?」
「そりゃもう、悲鳴上げてる魔物より怖かったな」
「想像できる……」
あの豪快な笑い声と一緒に聞かされると、少しだけ救われた気持ちになる。
「……美鈴」
「うん?」
「いや、なんでもねぇ。舞踏会、楽しめよ」
意外な言葉だった。
「え、いや、楽しむっていうか……胃がキリキリするイベントなんだけど」
「お披露目ってのは、国のためでもあるけどよ、お前自身のためでもある。
俺らはそこで、ちゃんと『聖女様、ここにいるぞ』って皆に見せてぇんだよ」
そう言われると、何も返せなくなる。
「だから、無理はすんな。でも、逃げんな」
「……はい」
素直に頷いた。
その時、病室の扉が軽くノックされる。
「入るぞ」
低い声。
ガウェインだった。
「お前、許可もらって歩き回ってるのか?」
「ガウェインさん、こんにちは……」
「セシルが心配していた。それで俺が迎えに来てやった。」
なるほど、監視付きの外出だったらしい。さすがセシルさん、抜かりない。
「ま、良いタイミングだな」
ダンテが笑う。
「ガイン、俺の代わりに、舞踏会で美鈴殿の護衛頼んだぞ」
「当たり前だ」
即答だった。
でも、その声はほんの少しだけ柔らかかった。
◆
そして、次の日。
朝からセシルさんとリリとカミーユによる「総力戦支度タイム」が始まり――
髪型を整え、メイクをし、ドレスに袖を通す。
鏡に映る自分は、見慣れないくらい“ちゃんとした聖女”に見えた。
「とっても、お美しいです!」
リリが、今にも泣きそうな顔で拍手する。
「これで舞踏会に出たら、皆ひっくり返りますよ」
カミーユが、にやりと笑う。
「しっかりね、美鈴様。王子様の隣、ビシッと決めてきて下さい」
セシルさんは、ほんの少しだけ目尻を下げて微笑んだ。
「大丈夫です。美鈴様なら、きっとやれます」
私は、ぎゅっと拳を握る。
(大丈夫。森だって浄化したんだし。
舞踏会の一つや二つ、なんとか――なる、はず)
足は少し震えているけど、前には進める。
扉の向こうでは、アレクシスが迎えを待っているだろう。
王様も、王妃様も。
そして、たぶん――元婚約者も。
「……よし」
小さく深呼吸をして。
私は、扉の方へ歩き出した。
いざ、舞踏会へ――!!




