第1話 眩しすぎるんだってば!!!
口を開かなければ、とびきりの美人。
これは私――橘 美鈴の、人生で一番ありがた迷惑な称号だ。
「黙ってればほんと美人なのに」
「顔は女神、口はおっさん」
「喋ると台無し、もったいない」
……うるっさいわ!! もったいないって何!? 誰の所有物でもないが!?
いやまあ、言いたいことは分かるよ? 分かるけどさ。こう、言い方ってものがあるじゃん?
私だって女だもん。
恋だってしたいし、キュンだってしたい。
……中身に少しおっさんが住んでるけど、女ですから!? そこ重要だからね!?
戸籍も性別も心も女ですから!!
ただ、恋愛経験は、ゼロ。
だから私はキュンを求めて、異世界転移ものを読みふける。恋愛ものも混ざってるやつ。
むしろそこが主食。勇者とか聖女とか、王子とか騎士とか、顔のいい男が揃ってる世界観。最高。
私の心が蘇る。潤う。生命力が回復する。
職場では枯れかけた観葉植物みたいな顔してるのに、スマホ開いた瞬間だけうるうるする。これはもう、魂の保湿。
でも恥ずかしいから周りにそんな話できない。
職場で「昨日異世界転移のラブコメ読んでさぁ〜!」なんて言った日には、明日の朝には私のデスクだけ温度が2度下がる。
(経験者ではない。経験者ではないが、確信がある。)
それに、私は感情が顔に出やすいらしい。
照れてる時は鼻の下が伸びるし、驚いてる時は目をかっぴらく。
笑う時は口角が上がりすぎて、たぶん顔がバグってる。
だから学生の頃からよく言われた。
「変顔すんな」
「考えてること勝手に声に出てる」
「頼むから口を開くな」
失礼だよね? ね?
私が何をしたっていうの。鼻の下伸びたっていいだろ。伸びるんだよ、勝手に。
目だって開くよ。驚いたら開くだろ。普通だろ。
しかも声に出てるやつは、私が悪いのか? 脳が悪いのか? 口が悪いのか? 全部か? ごめんじゃん。
そんな私の最近の悩みは――残業。
普通に多い。多すぎる。
これほんとに人類がやること? ってくらい多い。
職場の時計の針が私を煽ってくる。「まだ帰れないの?」って。煽るな。こっちが聞きたいわ。
こんな毎日に仕事帰りの私は、心の中で叫んでいた。
あーーーーーーーそこら辺にイケメン転がってねーかなー。
いや、分かってる。転がってない。
道端にイケメンが落ちてる世界は、異世界だけ。現代日本にはない。
あるのは電柱と自販機と、疲れた社会人と、閉まりかけのスーパー。
なのに私は今日も、脳内で「転がれ! 今すぐ転がれ!」って願ってしまう。
だって私だって女だもん! ……中身におっさん住んでるけど女ですから! 大切だから二回言う。
あ、帰りにお酒買おう。
やっぱりビールでしょ。
この世の苦味はビールで流す。胃と心に炭酸でパンチ。これで明日も戦える。たぶん。
……って考えながら歩いてた帰り道。
は?
え?
眩しいっ――なになになに!?
突然、視界が白い。白すぎる。
目が、目がぁぁぁぁ!
某ム〇カになっちゃう!
いや、ム〇カさんだってあれは仕事中だったんだぞ!? 私は今、ただビール買いに行ってただけなんだぞ!?
眩しすぎて目が開けられない。
片手で顔を覆って、恐る恐る、ほんのちょっとだけ開く。
……ここはどこ?
さっきまで外にいたはずなのに。
なんか、めちゃくちゃ天井高い。
豪華なシャンデリアっぽいのが見える。キラキラしてる。
海外の教会みたいな……いや、教会というより、城? 映画の中の城?
「!?!?!?」
なんか……周りに人がいる。
人が、いっぱいいる。
服装が、なんか……神官っぽい。ローブ? それとも結婚式の司会者の衣装?
その中で、一番前にいるのは神官っぽいおじいちゃん。
白い髭。しわ。貫禄。
“神官っぽい”じゃない。神官だ、これ。神官以外にない。
神官が何か言っている。
「おぉ……成功したようです。後は魔力を……」
……魔力?
は? 魔力?
いま魔力って言った?
言ったよね? 言った。言ったわ。
私、漫画読みすぎた。
ゲームもたくさんしたし。
あー、ついに脳が現実を捨てたか。
この光って、現実逃避の最終形態? 私、壊れた? 残業で?
神官が、水晶みたいな玉を持って私に近づいてくる。
嫌な予感しかしない。
なんだよもう、ビール飲もうとしてたのに。
カゴに入れる寸前だったのに。
私のビールを返せ。いや、返せじゃない、買わせろ。買わせてくれ。
神官「この宝玉に触れて頂けますかな?」
私「……はい?」
神官「触るだけで良いのです。ほら、お早く」
急かすな急かすな。
さっきまで私は“スーパーで缶ビールどれにするか”を真剣に悩んでた一般人だぞ?
今ここで宝玉に触れろって言われても、理解が追いつかない。
触って、もし何かあったらどうするつもりだ!
痛いのも気持ち悪いのも嫌だよ!?
でも、頑張って冷静に考えると
まあ……これは多分、夢か?
夢なら触ってもノーリスクだよね?
夢じゃなかったら……いやいや、ないない。
異世界転移、憧れてはいたけど現実って考えると無理すぎる。
私はおそるおそる宝玉に指先を当てた。
瞬間。
大きな室内が、眩い光に包まれた。
またお前かよ光め。うるさい下がれ。私は目が弱い。
包まれたっていうか、爆発した。視界が白で埋め尽くされた。
私「ちょっと! 勘弁してよ! これで2回目だって! 目が……」
やめてくれ!
私の眼に何の恨みが!
一回目の光で、私はすでに某ム〇カ予備軍だったんだぞ!
二回目はだめだ!
一回目は何とか免れたっぽいけど、確定しちゃう。
私はもう、目を開けるたびに「見ろ、人がゴミのようだ」って言う人生になるのかもしれない。
言わないけど。言わないからね? 言わないけど!
そして光がゆっくり、ゆっくり収束していく。
眩しさが少しずつ引いていく。
私が目を押さえて苦しんでいると、周りで小さな歓声が上がった。
「おお……」
「すごい……」
「なんという……」
いやいや、こっちは目が死にかけてるんですけど!?
歓声あげてる場合!?
神官「これほどの光の魔力は……素晴らしい。間違いなく聖女様です」
……聖女?
は?
聖女って、あの聖女?
瘴気を浄化したり、祈ったり、清らかだったりする、あの聖女?
私が?
いやいやいや。
私、今さっき「そこら辺にイケメン転がってねーかなー」って考えてた女だよ?
ビール買おうとしてた女だよ?
“清らか”の反対側にいる女だよ?
ようやく目が回復してきた頃、私は気がついた。
さっきからおじいちゃんばかり見てたから分からなかったけど――
いる。
いるぞ。
視界の端に、やけに整った輪郭。
背が高い。
光に負けない顔面偏差値。
髪色が違う。服装が違う。立ち方が違う。オーラが違う。
イケメンがいる。
しかも、一人じゃない。
……五人も!!
私は思わず口を押さえた。
でも、声が漏れる。
「……え、なにこの夢、最高なんだけど」
私は、まだこの時点では知らなかった。
この“最高の夢”が、最高に面倒くさい現実へ繋がっていることを。
でも今は――
「……やば。イケメン、いる……」
それだけで十分だった。




