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メイドのいる喫茶店  作者: 蜂
7/7

努力と熱意のクリスタルマウンテン 2

 テーブルの上に置かれたのは、湯気の立つコーヒーが二杯にケーキが二つ。

 僕の前には、綺麗な三角に切り揃えられたベイクドチーズケーキ。傍にちょこんと乗っているブルーベリーとミントが目に優しい。

 小西さんのブラウニーには、ラズベリーとチョコレートソースがかかっている。見るからに美味しそうだ。



「おぉ……相変わらずとても丁寧な仕事ですね、素晴らしい」


「ありがとうございます」



 ほんの少し微笑んで、ごゆっくりどうぞと言い残してメイドさんはカウンター向こうへと戻っていった

 作ったものが綺麗で、作る人も綺麗だなんて、ちょっとずるい気すらしてしまう。

 下らないことを考えながらも、淹れたてのコーヒーを楽しむため、カップに口をつける。



「……美味しい」


「良い……さすがはカヤネさん。以前飲んだ時よりも洗練されているように思えます」



 口に含むと澄んだ香ばしさと程よく軽い酸っぱさを感じる。

 喉に通すと、舌の上に残るのはしっかり深い苦みとコク。

 その余韻が満足感になっている……気がする。

 コーヒーの感想なんて考えたこともなかったから、こんな表現であっているのかわからない。



「ALやTL、ETLではなくクリスタルマウンテンを使うあたりはこの店のこだわりですねぇ。素晴らしい」


「ありがとうございます」


「AL?TLっていうのはなんですか?」


「キューバ産の珈琲豆における等級を指しております。最上位にクリスタルマウンテン。次いでETL、TL、ALの順となっております」


「クリスタルマウンテンはキューバで採れる珈琲豆の内、およそ3、4%しか存在しないと言われています。それに加えてカッピング……試飲による豆の品質確認を何度も行うことで、今日までの品質を保っているんですよ。日本でもよく聞く名前ではありますが、珈琲豆の中では最高級品といっていい部類ですよ」



 ちょっとした疑問もメイドさんが答え、小西さんが続けて補足する。

 この短時間で二人ともコーヒー好きなのがしっかり伝わってくる。特に小西さんはすごい熱量だ。

 編集の人は変わり者が多いと聞いたことがあるけど、なるほど確かにキャラが濃い。



「小西さんってひょっとして、器具だけじゃなくて流通とかも詳しいんですか?」


「ははは、器具は趣味ですが、こちらは昔取った杵柄というやつです。これでも昔商社マンでしたから」


「仕入れについて口利きをしてくださったこともあります。その節は大変お世話になりました」


「いえいえ、報酬あってのことでしたから。私もいい思いをさせていただきましたしね」



 カヤネさんと小室さんは大分古い付き合いなのか、その間に流れる雰囲気はかなり明るい。

 こういうやり取りを見ていると、『常連とマスターの日常会話』なんて漫画みたいなこと本当にあるんだなぁ、と感心してしまう。

 二人の話を傍で聞きながら、チーズケーキにフォークを伸ばす。

 小さく切り分けて口に含んでみると、しっとりして、とてもなめらかな口触りだ。

 それに加えてかなり甘みが強い。甘い物が好きな人ならこれ単体で大満足な味だろう。

 飲み込んだ後、またコーヒーを口に含む。今度は口の中が深みのある苦みで満たされ、甘い物が食べたくなる。

 これは……とてもいいぞ。どちらも舌に長く残る味わいだからか、どちらかを口に入れるともう片方がまた欲しくなる。



「すごく美味しいです。コーヒーとの相性が嚙み合ってて、どっちもずっと食べられてしまいそうです……!」


「ここのケーキは全てカヤネさんの手作りだそうで。どれも絶品で、甘党として素晴らしいの一言に尽きますよ」



 僕らがお茶を楽しんでるときも、感想を言うときも、カヤネさんは静かに微笑んでいる。

 話を振ったときなんかは返事をしてくれたりするけど、基本的にはあまり干渉しないのかな?

 なんて益体のない創造をしていると、笑みを消して真剣な顔になった小西さんが、コーヒーカップ片手に切り出す。



「さて、打ち合わせも兼ねてるわけですし、少し真面目な話でも。今後の村上さんの活動方針についてです。よろしいですか?」


「は、はい。よろしくお願いします」



 そうだった、これは打ち合わせも兼ねてるんだった。お茶がおいしいあまりにすっかり忘れてた。

 小西さんは手帳とペンを取り出し、スケジュール表を見ながら予定を組み始める。



「まず今後の目標。これは半年後、もしくは1年後の新人賞を目安とします。次回は入賞を目指しましょう。村上さんならできると、私は踏んでいます」



 まず今回応募した賞では『入賞・準入賞・佳作・奨励賞』という段階に分かれている。

 この中で俺が貰えた評価は『佳作』だ。

 応募した作品が賞を取ったからと言って、そこで終わりじゃない。

 賞を終えたら今度は次の賞に向けて。そこで結果を出せたのならさらに次へ。

 基本的にはこれを繰り返し、連載漫画家を目指すことになる。



「要項を確認したところ、毎年行っている一般的な募集内容、16P読み切りですね。これに関してですが、既に構想などはありますか?今日は突発的な打ち合わせでしたから、流石にネームはお持ちではないと思いますが」


「今はまだラフですが、どんな話で書くかは大まかに決めてます」


「それは素晴らしいですね。内容に関してはまた後程聞くとして……」


「あの、一つ聞いてもいいですか?」


「え?えぇ、もちろんです。どうぞ」



 本音を言うと、描いた作品が佳作に選ばれたのは自分でも驚いている。

 が、担当が付くというのは後日聞いてさらに驚いていた。

 というのも、今回の募集要項では『入賞・準入賞の場合担当が付く』とだけ書いており、その他の入賞作品については何も記載がなかったからだ。

 要項の記載通りなら担当が付くことはないと思っていたのだが、どうして小西さんが担当してくれることになったのか。

 どうしてもそれを聞きたかった。



「どうして佳作作品だったのに、担当についてくれたんですか……?」


「……あぁ、なるほど。それは僕から申し出ました」



 小西さんから、担当の申し出!?

 え?じゃあ、僕に担当が付くかは小西さんの独断で決まったってこと!?



「え……な、なんで……!?」


「そうですね、順を追って話しましょうか」



 んん、と軽く咳ばらいをして、小西さんは話し出した。



「まず今回の村上さんの作品ですが、担当が付くかは編集部でとても話題になりました。今回は残念ながら佳作でしたが、それでも入賞、準入賞作品に劣らないものだと感じた人はいました」


「ですが、新人賞では準入賞以上に担当が付くのが昔からのうちの取り決めなんです。担当できる人数も限られてますし、キャパシティの都合もあるのだから、いくら名作だとしても担当は付けられない、とね」


「それくらいならと私が立候補しました。村上さんの描く漫画は素晴らしいものです。これほどの人材をよそにやるくらいなら僕が面倒見ようと。スケジュールも忘れて、取り決めなんか知らんと思い立ったらいてもたってもいられず。いやぁ、年甲斐もなく熱がこもってしまいました」



 編集長相手に啖呵まで切ってお恥ずかしい限りです、と苦笑いしつつまた優雅にコーヒーを一口飲む。

 それを聞いていた俺は、途方もない嬉しさと誇らしさと、気恥ずかしさで泣いてしまいそうだった。



「村上さんの作品は間違いなく、読んだ人間を動かすだけの力があります。少なくとも私は動かされた人間の一人です」


「お、俺……今日ほど、漫画描いてて良かったと思った日はないです……っ」



 自分の作った作品が誰かの胸に届き、あまつさえ自分を手助けしたいとすら思わせた。

 生まれて初めて心血注いで描き上げた、自分の子供、自分そのものとすら言える作品がだ。

 その事実に嬉しさと誇らしさを、そんな小西さんの殺し文句に照れと恥じらいを感じずにはいられなかった。

 いろんな感情が混ざって、涙になって熱く目を伝ったのが自分でもわかる。

 頑張ってきたことが誰かに認められるのって、こんなに嬉しいことなんだ。



「村上さんは大学生でしたね。学業を続けながら漫画を描くのは並大抵の努力ではできません。それも、本当に好きなものでなくてはね」


「はいっ。俺は漫画描くのが好きです!」


「それを聞いて安心しました。これからは、一緒に頑張っていきましょう。と言っても、僕にできることはあまり多くありませんが」



 そう言うと小西さんはすっと、隣の席の俺に手を差し出す。

 俺はそれを、自信をもってぐっと握り返す。



「はい!よろしくお願いします小西さんっ!」


「よろしくお願いします、村上さん。……っと、いつの間にか飲み終わってました。すみませんカヤネさん、もう一杯いただけますか?」


「かしこまりました」



 カップを下げてもらい、また新たに温かいコーヒーを入れてもらう。

 俺は今日飲ませてもらった珈琲の味を、ずっと忘れないだろう。












「ところでカヤネさん……COEのいいやつが今度手に入りそうなんです。今度お願いしても?」


「……!もちろんです。いつもありがとうございます」


「何の話ですか?」


「いやぁ、いい豆が手に入ったら、腕のいい人に入れてもらいたくて。そのついでに試飲も頼んでるんですよ」


「さっきまで漫画の話してたのに、切り替えが早いですよ!?」


「あ、あはは……すみません、楽しみにしてたもので……」














「担当付いたんだってな。やったな」


「おう、ありがとよ志賀」




 大学に来たら、まず友人達に報告すると決めていた。

 普段は俺、志賀、ここにはいないが東っていう同級生と一ノ瀬先輩の四人で集まるんだけど、今日は取得単位の関係で志賀しか会えそうもない。

 最近喫茶店バイトが板についてきた男友達だ。



「これからも合間縫って描いてくんだな?代返はしねぇけど困ったことがあったら言えよ」


「わーってるって。ありがとな」



 ……そうだ。志賀にもカヤネさんとこ教えてもいいんじゃ?

 喫茶店で働いてるんだし、そういうの欲しそうだ。



「なぁ、メイドさんが働いてる喫茶店に興味あるか?」


「は?俺はそういうのは先輩が……いや。その口ぶりだとカヤネさんのこと言ってんのか」


「なんだ知ってんのか待て今なんか言いかけなかったか?おいお前ちょっとそっちの方が重要くせぇだろ!!」


「やべっ」


「おまっ、ちょ詳しく吐けや!」



 そこんところ詳しく聞くまでぜってぇこいつ帰さねぇ……!

 担当が付いた話もそっちのけで、一限のチャイムが鳴るまで取っ組み合うのだった。






 初夏 天気:晴れ



 本日は久方ぶりに小西様がご来店されました。どうやら本日ご一緒された村上様にまつわる人事でお忙しくされていたようです。

 お二人がご注文されたのはクリスタルマウンテンにケーキセット。村上様はケーキを甚くお気に召したご様子。作ったものが褒められるのは、嬉しいものです。

 漫画。絵心のない私にはそれらを作り出す漫画家の方の苦労まではわかりません。

 しかし今日のお二人の様子をお傍で見ていると、努力が報われる瞬間とは兎角素晴らしいものであることを改めて感じます。

 「コーヒーとは、炎のない柔らかな火のように温かい」とはどなたが仰っていたのでしたか。

 どうか村上様の行く先が、明るく暖かいものになりますように。

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