第4話 絶対領域
唯我は決して自分を馬鹿にされたから切れているのではない。一人の男を蔑んだからである。他の連中から見ればリオは弱く見えるかもしれない。しかし唯我は見た。リオは自分より数が多い狼相手であっても逃げなかったことを。たとえ、まともにやりあったとして側から見てた唯我からしても勝てないとわかっていた。それでも負けるまで戦い続けたリオを、下に見ることを唯我はできなかった。
唯我は正面のエシリアを見る。こいつを負かせてリオへ言った言葉を取り消して貰う、と。
唯我とエシリアはお互い見あったまま動かない。
(こいつ、全然攻めてもこねぇじゃねぇか。)
唯我はしびれを切らし、一歩踏み出す。一歩、さらに一歩と、徐々にエシリアに近づいていく。
「そろそろ入るな。」
ルドルフは呟いた。唯我はジリジリとさらに近づき、唯我の持つ大剣の先はエシリアのすぐ目の前にまできた。それでもなお、微動だにしないエシリアに唯我はさらに一歩進もうと足を動かしたその瞬間だった。
「!?」
さっきまで刀を下段に構えていたエシリアは、いつの間にか唯我の首下めがけて切り上げてきた。唯我は一瞬の出来事にとっさに大剣で防ごうとする。そして二人の間に大きな音と、衝撃が発する。
「へっ、あっけなく終わっちまったな。」
男が言うと、ルドルフは
「いや、まだ勝負は着いてないみたいだ。」
エシリアの向けた刃は唯我の首を確かに狙っていた。だが唯我は大剣で間一髪防いだ。エシリアは、つばぜり合いすることなく、すぐに後ろに下がって、また刀を構えた。
(なんだよ、今の速さは…!人間のスピードじゃないだろ!)
唯我は大剣を構えなおし、エシリアを見た。
(近づくとあのスピードで動くってことは、近づいて攻撃は無理だな。)
唯我は、エシリアが超スピードで動けることを理解し、その上でどうやってエシリアを倒すか考えた。
「まさかここまでやるなんてな。」
「いいぞぉガキ!エシリアをぶっ飛ばせ!」
唯我が攻撃を防いだからか、野次馬はさらに声をあげていく。
「!」
唯我は周りの声など気にせずに、エシリアの攻略方法を考えた結果、一つだけ思いついた。唯我は大剣を下ろし、両手でより強く握ると、肩に大剣を乗せた。これを見たエシリアは
「なんのつもりかしら。」
と見下しながら言うと唯我は
「別に何でもねぇよ。ただ、お前を負かせる方法を思いついただけだよ。」
そう言って唯我は腰を低くし、体をできる限り斜めにし、大剣を背中に乗せるような態勢をとった。
(どうせ避けられるかもしれないんだ、俺の全力の一撃に、すべて賭けるしかねぇだろ。)
エシリアは唯我を見て、何をするか理解すると刀を鞘に納めると、抜刀の構えをとった。
「いいわ、あんたのその一撃、私が破ってあげるわ!」
お互い少し見つめ合った後、唯我は心の中で思った。
(なぜかこれを持っている間は、体から力があふれてくるように感じる。さすがに、気のせいだと思うが。)
唯我は足で地面を思い切り蹴った。地面は抉れ、唯我は一歩でエシリアのすぐ近くにまで進んだ。エシリアは一瞬で目の前に現れた唯我に動揺した。だがエシリアの異四能力は、すぐにエシリアの体を動かし、向かってくる唯我に居合い切りをする。
お互い背中合わせの状態で、エシリアは刀を振り切った状態に、唯我は大剣を地面に振り下ろしており、地面は裂けていた。
「なあ、どっちが勝ったんだ…?」
男はルドルフの肩に手を置きながら聞くと、男の足元に空から刃が落ちてきた。
「うお!?」
男は思わずルドルフに抱きついた。そしてもう一人の男がエシリアを指さして言った。
「おい!見ろよ!あれを!」
エシリアの持っていた刀は刀身が折れており、エシリアも今それに気づいた。
「嘘でしょ…」
エシリアが折れた刀を見つめている間に唯我はルドルフに向かって
「おい、ルドルフとかいうおっさん。この勝負、もう続けることはできないよな?」
ルドルフはハっとしてエシリアの刀を見た後に、大きな声で言った。
「こ、この勝負!エシリア対テンジョウは、勝者、テンジョ…」
ルドルフが最後まで言おうとした時だった。後ろから誰かがルドルフの頭に思い切りげんこつをした。
「何馬鹿なことやってんだいあんたは!」
現れたのはルドルフの妻のルートだった。
「ほら、あんたら馬鹿どもも、さっさと消えな!今日はもう店じまいだよ!」
ルートは野次馬たちに喝をいれながら店の前から追い出していった。
唯我はその様子ただ見ているだけだったが、後になっていつの間にか大剣が消えていることに気がついた。
異四能力
この世界の一部の人間が持つ特殊な能力。フォースを持つ人間は少なく、そのなかのほとんどは後から身に付いたもので、さらにフォースを最初から持って生まれた人間は数えるほどしか存在しない。
基本的に一人に一つのフォースを持ち、同じフォースを持つ人間はいない。
唯我やエシリアもフォースを持っている。