第1話 異界洗礼
(これは夢だ絶対そうだそうに決まっている)
心の中で強く否定し続ける天上唯我。しかし既に自分の頬をつねってみたり、地面に生えた草花や土の感触、今もまだ吹き続けている風、そんな現実を感じながらも認めたくなかった。唯我はその場に腰を下ろした。そしてこれまでの状況を整理し始めた。
(確かに俺は学校から帰ってきて、その後すぐ寝て、夢の中で誰かが...)
唯我は思い出したようにあたりを見回す。しかし唯我のいる草原には誰もいない。夢の中で語りかけてきた女性は周りのどこにもいなかった。
唯我は再びあお向けになった。空に浮かぶ雲は速く動いていた。唯我は考えた。このままじっとしていてもしかたがない、唯我は立ち上がると山のほうを見た。木ばかり生えた山には人は住めない、ならその反対の方角なら人がいる可能性がある、そう考えた。唯我は山とは反対の方角に歩き始めた。今は誰でもいいからここの人と会わないといけない、そう思いながら草原を歩く。
1時間以上後
あれから歩き続けた唯我だったが、誰とも会うことはなかった。
「なんで誰もいないんだ...」
変わらぬ景色、額から汗をながし、怒りを混ぜながらつい口にする唯我。しかしそれに反応する人もいない。だが唯我はさみしくなかった。学校でもほとんど一人で過ごしてきた唯我には孤独は日常であった。ただ、今は人に会いたいだけでこんなに苦労するのが耐えられなかった。のどが渇き、水も欲してきた時だった。
「!」
目の届く距離になにやら騒がしかった。唯我はやっと人に会えると期待に胸をふくらませ、もうひと踏ん張りと歩みを続けた。
唯我が近くまで行きようやく目視できるほどまで近づくと、何かに気づき、近くの岩陰に身を隠した。そして陰から人だと思っていたものを観察した。正確には、人間の男と複数の狼だった。
最初は男が襲われているのかとおもったが、男は剣らしきもので狼と応戦していた。腕や顔に切り傷のようなものもある。男は狼に囲まれながら剣で襲い掛かる狼を相手にしていた。唯我は何故人間と狼が戦っているかよりも、攻めずに常に守りの体制の男を気にしていた。
(このままだといつかやられるぞ、なんで攻めない...!)
男は剣で八方から襲う狼たちを振り払う。しかし一匹の狼が男の背中に飛び掛かる、その瞬間を観ていた唯我は思わず「あっ!」と声を出してしまう。すぐ手で口を覆い、岩陰に隠れるもばれていないか心配だった。
再び陰から観るとそこには地面に倒れた男とそれに集まった狼の光景だった。
もともと人がいると思って近づいたと思ったらまさか人と狼が戦っているとは思わなかった。さらに男は狼にやられ襲われかけている。唯我はすぐにこの場から離れようとした時だった。
「なっ!?」
唯我の背後に狼が一匹襲ってきた。唯我はなんとか避け、逃げようとする。しかし既に周りを狼たちが囲い、唯我は倒れた男を狼からかばうよう立ってしまっていた。
(まずい...どうする、どうすればいい...)
周囲の狼がじりじりと近づいてくる。唯我は男を横目に見た。男は意識はあるものの、背中からは血を流している。男が持っていた剣を使うにしても十匹以上いる狼を相手できるか、男を背負って逃げきれるか、はたまた男を見捨ててまで逃げれるかどうか、唯我は考えた末にとった行動は、男の肩を持ち狼のわずかな間から抜け出そうとした。
(くそ!こいつが大丈夫なら一人で逃げてるってのに!)
だが唯我の策はあまりに無謀だった。大人一人抱えて何もない草原から逃げ切れるわけもない。唯我は間を抜け出そうとするが、前から数匹狼が飛び込んできた。唯我は右手で襲ってくる狼から顔を隠すも
(だめか...!)
内心諦めかけていたその時だった。
唯我の右手からは黒い閃光が放ち、前からきた狼を弾き飛ばした。そして、唯我の右手には、男の持っていた剣の一回り以上も大きい、刀身が真っ黒の大剣が握られていた。あまりに突然の出来事に唯我は、
「なんだよ...これ...」
と、唖然としたが、背後からきた狼を素早く、一撃で切り伏せた。その大剣は唯我が思っているほどに重くなく、とても扱いやすかった。
唯我は男を降ろし、両手で大剣を構える。
「来るなら来やがれ犬ども!」
狼たちは唸りをあげながら唯我を睨むもやられた一匹を見て、勝てないと悟ったのか狼たちは山の方へ走り出した。
狼が消えると大剣も消え、再び風になびく草花の音だけが残った。
異世界
唯我の住む世界とは別に存在する世界。唯我は何者かによって、この異世界に呼ばれた。