第31話 レプラコーンハウス 前編
どうも、伊達幸綱です。それでは、早速どうぞ。
「……ふぅ、今日も疲れた」
穏やかな光を放つ月が時折流れる雲に隠れる夜更け、日付ももう少しで変わろうかという時間にスーツ姿の男性が疲れきった様子で暗い道を歩いていた。
「ったく……今のとこになんて勤めるんじゃなかったよ。就業環境は最悪、上司や同僚にも恵まれない他のブラック企業ですら震え上がる程のブラックさだし、本当にやんなっちゃうよ。
それに、家に帰っても後は遅い夜飯食って、明日の準備をしてから寝るだけだし……はあ、せめて誰かに手伝ってもらえれば良いんだけどなぁ」
スーツ姿の男性がため息混じりに言っていたその時だった。
「そこのお兄さん、少し良いですか?」
「え……?」
この時間には聞こえるはずもない可愛らしい少女の声にスーツ姿の男性が立ち止まってから振り返ると、そこには男性を見ながらにこにこ笑うセーラー服姿の少女とその隣に立ちながら男性の胸部に視線を向けている少年の姿があった。
「君達は……? こんな時間に外にいると危ないよ?」
「お気遣いありがとうございます。ところで、何かお悩みはありませんか?」
「悩み……まあ、こんな時間に帰ってる事からわかるかもしれないけど、俺はブラック企業に勤めてるサラリーマンでね、家に帰っても食事と明日の準備をするくらいしかないから、仕事や家事を手伝ってくれる人でもいればなって思ってるよ」
「なるほど……『繋ぎ手』、バッグを見せてくれるか?」
「うん、了解」
答えながら『繋ぎ手』がバッグを下ろし、助手の少年はその中に手を入れると、手を出しながら小さな家のような物を取り出した。
「それは……家? だいぶ小さいけど、もしかしてドールハウスみたいな物かい?」
「そんな感じです。これは『レプラコーンハウス』という名前で、アイルランドの伝承に出てくるレプラコーンがこの中に住んでいて、悪戯好きなために所有者や周囲の人に悪戯を仕掛けてくるんですが、悪戯しているところを所有者が見つけたら、その力を認めて日に何度かお願いを聞いてくれるようになるんです」
「悪戯を見つけないといけない上に聞いてくれる量も気まぐれなんだな……」
「まあ、レプラコーン自身もやりたい事はありますし、認めてくれた後ならいつでも話し相手になってくれるので少し頑張るだけです。それに、犯罪や死者の蘇生以外ならお願いは何でも聞いてくれますしね」
「思ったよりも融通がきくんだな」
「はい。そして、これはお兄さんにプレゼントします。大切にしてあげて下さいね」
その言葉にスーツ姿の男性は驚き、首を横に振る。
「え……そんな良いよ。ただでもらうなんて申し訳ないし……」
「遠慮はいりませんよ。この子は店頭に並べられなかったり試作品だから渡しても良いと言われてる子ですし、どうやらお兄さんと縁があるみたいですから」
「俺と縁が……わかった、それじゃあありがたくもらう事にするよ。悪戯を見つけるのは大変そうだけど、それも日々の楽しみの一つにすれば、ブラック勤めも少し辛くなくなるかもしれないしな」
「はい、この子との生活もお仕事も頑張って下さいね」
「ところで……『繋ぎ手』、コイツには注意点ってあるのか?」
「注意点……?」
『レプラコーンハウス』を受け取ったスーツ姿の男性が不思議そうな表情を浮かべると、『繋ぎ手』は微笑みながら頷く。
「はい、渡したり売ったりしている子の中には使用上の注意点がある子もいるんです。因みにこの子は、家をわざと壊したりしなければ大丈夫ですけど、わざと壊してしまった場合は大変な事になりますよ」
「大変な事……それは嫌だし、そうしない事にするよ」
「はい。それじゃあ、私達はこれで失礼します。その子の事、大切にしてあげて下さいね」
「ああ、わかった。二人も車や不審者には気をつけて帰ってくれよ」
「はい、お気遣いありがとうございます」
そして、『繋ぎ手』達が歩き去っていくと、スーツ姿の男性は持っている『レプラコーンハウス』に視線を向けた。
「……悪戯好きな同居人が出来ちゃったな。まあ、せっかく出来た仲間なわけだし、上手くやっていけるように頑張ろうかな」
少し嬉しそうに微笑み、星空と静かに浮かぶ月を見上げた後、スーツ姿の男性は自宅へ向けてゆっくりと歩き始めた。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、また次回。