第28話 デヴィネイションフラワー 前編
どうも、伊達幸綱です。それでは、早速どうぞ。
「はあ……今日も炊き出しがありがたいな……」
ある日の夜、誰もいない河原に敷かれた段ボールの上で服と顔が薄汚れた男性が幸せそうに独り言ちる。その手にはほかほかと湯気を上げる豚汁が入った発泡スチロールのお椀と同じように発泡スチロールのお椀に盛られた白飯があり、その香りに男性の表情は嬉しそうな物に変わった。
「勤め先は倒産、住んでいたアパートも家賃の滞納で家具や日用品を差し押さえられた上で追い出され、付き合っていた彼女からも捨てられてホームレスになったけど……この炊き出しを貰える時間は本当に幸せだな。
日々の食事なんてこっちに来るまでは親が作ってくれていたから、あまりありがたみを感じてなかったけど、いざ親元を離れて何も無くなってみると、そのありがたみが身に染みるよ。
ただ……やっぱりこのままじゃダメだよな。ホームレスになったから戻ってきましたなんて親には言えないし、安心してもらうためにも何かやり遂げないといけないし……」
男性がため息をつきながら手に持っていたお椀を足元に置いていたその時だった。
「そこのお兄さん、少し良いですか?」
「え……」
突然近くから聞こえてきた声に驚きながら男性が顔を上げると、そこにはセーラー服姿の少女と藍色のパーカーに緑色のスカート姿の少女が立っており、男性は少し心配そうな表情を浮かべる。
「……誰だか知らないが、こんな暗い中に君達みたいな女の子がふらついてると危ないよ。早く家に帰った方が良い」
「ふふ、ありがとうございます、優しいお兄さん。ところで、なんだか暗い顔をしてましたけど、何か悩み事でもあるんじゃないですか?」
「悩み事……まあ、ある事はあるけど、君達に話す程じゃないよ」
「もしかして……この生活を変えたいとかですか?」
「……そんなところだな。でも、君達にはどうしようも出来ないんだから、早くかえ──」
「生活を変える……あ、それならこの子が助けになるかもしれませんよ」
そう言いながら『繋ぎ手』がポケットから取り出したのは、一輪の白い花だった。
「花……? おいおい、まさかこの花が何か危ない物で、それの運び屋でもしろって言うのか?」
「違いますよ。この子は『デヴィネイションフラワー』という名前で、一見ただの造花なんですが、朝に『今日の運勢は?』って聞くと、朝昼晩の運勢について色を変える事で簡単に教えてくれるんです」
「運勢を占う造花……」
「例を挙げると、黄色は何か喜ぶ事が起きて、青色は悲しい事が、赤色は怒る事が、オレンジ色は楽しい事が起きる感じです。
ただ、黒色は命の危険が、灰色は命の危険は無いけれど怪我を負うような出来事が起こるサインで、この子の占いは百発百中なので頑張ってもそれを避ける事は出来ないので注意が必要ですね」
「……つまり、黒色の時には気を付けても命を落とす可能性があって、その後に本当に死ぬかは自分次第って事か」
「その通りです。という事で、この子はお兄さんにプレゼントします。大事にしてあげて下さいね」
そう言いながら『デヴィネイションフラワー』を手渡そうとすると、男性は目を伏せながら首を横に振る。
「……いや、良い。それを貰うだけの理由はないし、それで俺の人生を変えられるとは思えないからな」
「……お兄さんはこの子が人生を変えてくれると思っているようですけど、人生を変えられるかはお兄さん次第ですよ?」
「え……?」
「この子はあくまでもお兄さんの生活のサポートをしてくれるだけで、人生でどういう選択肢を選ぶかはお兄さん次第です。
このままこの子との出会いを無かった事にして悩み続けるのもこの子に力を借りてみて新しい可能性に手を伸ばすのもお兄さん次第。人生はその人の物で、他人の物じゃありませんから」
「人生は俺の物……」
「まあ、それでもこの子に力を借りないというなら私達はこのまま帰ります。私達も無理強いをする気は無いですからね」
『繋ぎ手』の顔は微笑んでいたが、その目は反対にまったく笑っておらず、その吸い込まれそうな闇に男性は背筋がゾクッとするのを感じた。
「き、君達は何者なんだ……?」
「……私達は道具と人間の橋渡し役とその助手ちゃんで、それ以上でもそれ以下でもないです。ただ、私達もしっかりと選択をして、今を生きている事だけは間違いないですよ」
「選択をして今を生きる、か……そうだな、もう落ちるところまで落ちてきたんだ。そんなところに垂れてきた蜘蛛の糸がその造花なら、俺はそれにすがって頑張るしかないよな。貰うよ、その造花を。そしていつか見せてやるよ、俺が這い上がって手に入れた物を」
「はい、頑張って下さいね、お兄さん」
今度は目も笑いながら『繋ぎ手』が『デヴィネイションフラワー』を渡していると、その様子を見ながら助手の少女は思い出したように『繋ぎ手』に話しかけた。
「そういえば……お姉ちゃん、その子の注意点ってさっきので良いの?」
「うん、それだけだよ。だから、お兄さんがさっき自分で言ったようにどんな運勢が出ても、後はお兄さんの行動次第。嬉しい事があってもすぐにそれを失うかもしれないし、命を落としかねない出来事があってもすぐに対処すれば生き続ける事が出来る。すべてはお兄さん次第だよ」
「そうか……まあ、それなら精いっぱい足掻いてみせるか。その結果、本当に死ぬ事があっても、精いっぱい頑張った後なら後悔もないしさ」
「そうかもしれませんね。それじゃあ私達はそろそろ帰りますね。お兄さん、その子の事を大切にしてあげて下さいね」
「お兄さん、またどこかで会いましょうね」
「ああ、ありがとう。二人とも、気をつけてな」
そして、『繋ぎ手』達が去っていくと、男性は手の中にある『デヴィネイションフラワー』に視線を向けた。
「……運勢がわかる造花、か。どんな運勢が出るかはわからないし、最悪の場合、俺には対処出来ない事もあるだろうけど、その時はその時だ。さて、それじゃあ明日も生きるためにまずは飯を食おう」
明るい笑顔で良いながら『デヴィネイションフラワー』を傍に置いた後、男性は手を合わせながらいただきますと口にし、まだしっかりと熱を持った豚汁と白飯を幸せそうに味わい始めた。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、また次回。