第25話 にっこりバッジ 後編
どうも、伊達幸綱です。それでは、早速どうぞ。
「ふんふん~♪ 楽しい楽しい買い出しだ~♪」
ある日の午後、様々な人々が道行く街中を『繋ぎ手』が楽しそうに歩いていると、隣を歩く少年はその様子を見ながら苦笑する。
「楽しいって言う程、買い出しが楽しみだったのか?」
「うん。いつもは私か御師匠様が学校帰りやこっちでの用事のついでに済ませたり、気分転換に二人で行ったりしてたけど、こうやってお兄さんと普通に歩く事は中々無かったからね」
「まあ、いつもは『繋ぎ手』の助手として一緒にこっちに来てたからな。たしかに中々こういう機会も無いか」
「ふふっ、でしょ? まあ……同い年くらいの男女が一緒に歩いてたら、デートみたいに思われたりして……」
「……それ、本気で思ってるか?」
「ううん、冗談♪」
「だよなぁ……」
『繋ぎ手』の言葉に少年がため息をついていたその時だった。
「あ、あの……!」
「ん……?」
突然背後から声をかけられ、二人がゆっくりと振り返ると、そこには道行く人々が思わず振り返る程に綺麗な顔立ちをした長い黒髪の少女と少女と『繋ぎ手』達を見ながら少し戸惑った様子を見せる爽やかそうな雰囲気の少年がいた。
「お兄さん、知り合い?」
「え……いや、初めましてだとは思う。あ、でも……声は聞いた事があるし、体からあの白い縄が出てポケットの中へ入っていってるような……」
「……まあ、あの時は前髪で隠して顔を全部見せてませんでしたからね。見覚えが無いのも仕方ないですよ」
「前髪……あっ、もしかしてこの前『にっこりバッジ』を買っていってくれた子か!」
「はい、お久しぶりです。あのバッジのおかげで色々な人に自然な笑顔で挨拶出来たりお礼を言ったり出来るようになって、今では前髪で隠さなくても怖くなくなったんです」
「そっか……そういえば、隣にいるのはもしかして彼氏か?」
少年が問いかけると、黒髪の少女は嬉しそうに微笑みながら頷く。
「そうです。バッジを手に入れた翌日の朝の挨拶運動の時の出会いがきっかけで、彼の方から色々声をかけてもらったり一緒にお昼を食べたりしている内に好きになって……」
「えっと……初めまして。彼女から話は聞いていたんですけど、まさかこんな形で会うなんて……」
「たしかに。でも、あの道具の力でそんなに幸せになれるなんて思ってなかったよ。友達どころか恋人まで出来ちゃうんだからな」
「ふふ、そうですね。そちらはもしかして彼女さんですか?」
「あ、そう見えます? お兄さん、やっぱり私達恋人同士に見えるみたいだよ?」
「……違うからな。この子は俺がお世話になってるあの店の子で、今日は買い出しの付き添いに来てたんだ。オーナーは道具作りに専念して、妹は店の掃除をしてるしな」
「そうなんですね。あ、そういえば……『にっこりバッジ』には注意点があるってあの時に聞いたんですが、もしそれを破っていたらどうなっていたんですか?」
黒髪の少女の問いかけに『繋ぎ手』は微笑みながら答える。
「あの子の注意点は付けてる時に相手が不快になるような笑みを浮かべない事だったけど、もしそれを破っていたら、そんな笑顔を浮かべるならもう笑えないようにしてやるって感じであの子の力でもうどんな笑顔でも作れなくなってたよ」
「それじゃあ私のぎこちない笑顔すらも……」
「うん、出来なくなってたね。因みに、他人を不快にさせる笑顔の例を挙げるなら、馬鹿にしたような笑みや相手が苦しむのを楽しむような笑みってところかな」
「彼女がそんな子じゃないのはわかってるけど、本当にそうならないようにしないとな……」
「そうだね。ところで……今はポケットに入れてるだけみたいだけど、もう『にっこりバッジ』の力は必要なくなったのかな?」
『繋ぎ手』が首を傾げながら問いかけると、黒髪の少女は微笑みながら首を横に振る。
「いえ、あのバッジには時々ファッションの一つとしてお世話になってます。私もバッジに頼りきりではいけないと思ったので、彼に手伝ってもらいながら少しずつバッジが無くても自然な笑顔を作れるように練習してるんです」
「あのぎこちない笑顔でも俺はその頑張りが感じられて可愛いと思えますけど、彼女の意見を尊重したいので、少しずつ出来るように頑張る事にしてるんです」
「ふふっ、なるほどね。それじゃあそんな熱々なお二人の邪魔になってもいけないし、私達はそろそろ行くよ。後、『にっこりバッジ』を付けていれば、ウチのお店に繋がる道を見つけ出せるから、別の子達も興味が出たら、またお店に来てみてね」
「はい、わかりました」
「よし、それじゃあ行こうか、お兄さん」
「ああ。それじゃあ」
そう言いながら少年が『繋ぎ手』と一緒に歩き始めようとしたその時、黒髪の少女は少し迷ったような表情を浮かべたが、すぐに決意した様子で少年に声をかけた。
「あ……あの、お別れの前に一つだけ良いですか?」
「え、まあ良いけど……『繋ぎ手』も少し待っててもらって良いか?」
「うん、もちろん」
「ありがとう」
少年が微笑みながらお礼を言うと、黒髪の少女は少年へと近づき、耳元に口を近づけながら静かに口を開いた。
「……今回は本当にありがとうございました。貴方が『にっこりバッジ』と出会わせてくれたおかげで、私には手に入れられなかったかもしれない幸せを手に入れられました」
「どういたしまして。でもそれは、君が変わりたいと思ったからと元々君自身が周囲にとって魅力的な人だったからで、俺は大して何もしてないよ」
「そんな事無いですよ。あの時、貴方が私の努力次第だって言ってくれたから、私は頑張りたいと思えたんです。貴方の言葉が私の力になってくれたんですよ」
「……そっか」
「……もし、もしもですけど、彼と出会っていなくて、今みたいにまた貴方と出会えていたら、私は貴方の事を好きになっていたかもしれません。それくらい、私は貴方に感謝してますし、貴方自身もすごく魅力的な人ですから」
「……うん、ありがとう。だけど、君の恋人は君を支えてくれると言ってくれた彼だ。だから、これからはお互いに支え合い、お互いの幸せを願いながら頑張っていった方が良いよ」
「はい、もちろんです。それじゃあ……また会いましょうね」
「うん、またな」
お互いに笑い合い、黒髪の少女と彼氏が頭を下げてから去っていくと、それを見送る少年に『繋ぎ手』はにやにやと笑いながら話しかけた。
「なんだかすごくカッコいい事を言ったみたいだね。でも、本当に良かったの? もしかしたら、本当に君とあの子が一緒になっていたかもしれないのにそれを悔やんだりはしないの?」
「しない。そういう未来があったなら、そもそも今日までに出会っていただろうし、彼女は今がすごく幸せでさっきの笑顔は心から幸せだから出来た物だから、俺と一緒の未来なんてそれには到底及ばないよ」
「ふーん……まあ、良いけどね」
「それに、俺は妹を幸せにする役目があるし、オーナーからももしもの未来の事をお願いされてるからな。それを放り出して恋愛に現は抜かせないって」
「……そっか。それじゃあこの件は、御師匠様と妹ちゃんへの御土産話にするとして、私達は私達の道を行こうか、お兄さん」
「ああ」
少年が微笑みながら返事をした後、二人は再び買い出しのために歩き始めた。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、また次回。