第25話 にっこりバッジ 中編
どうも、伊達幸綱です。それでは、早速どうぞ。
「……よし、これでいいかな」
朝、少女は洗面所の鏡に映る学校の制服を着た自身の姿を見ながら独り言ちる。目を覆うように伸びた前髪はそのままだったが、その奥にある目には怯えの色は無く、やる気の炎がその奥では燃えていた。
「やっぱり、まだこの前髪を切るだけの勇気は出ないな。私のぎこちない笑顔を隠すためのカーテンであるこの前髪とはまださよならは出来ない……でも、あのお店に偶然行く事が出来て、このバッジとお店の男の子からの激励で私は一歩進むだけの勇気はもらえた。
だから、今日から変わろう。バッジの力を借りて、私は今日こそ自然な笑顔を見せる事が出来るようになるんだ」
少女は真剣な表情で頷いた後、バッジを制服のポケットの裏側に付け、鞄を持って外へと出た。そして、少し緊張しながら通学路を歩き、校門のところまで来た時、校門の前に立ちながら登校してくる生徒達に挨拶をする教師や他の生徒の姿が見え、少女は怯えた様子で静かに立ち止まった。
「……うぅ、今朝は挨拶運動をしてるの忘れてた……。いつもは挨拶されても緊張して返せなくて、そのまま通り過ぎてたし、今日もそうしたいけど……」
少女は怯えた表情を浮かべながらも制服のポケットの裏側にある『にっこりバッジ』に手を伸ばすと、指で軽く触れながら大きく深呼吸をした。
そして、気持ちが落ち着いた事を確認すると、少女の表情には既に怯えの色は無く、代わりにやる気に満ちたような表情を浮かべていた。
「……うん、やれる。いつまでも怖がって逃げてちゃダメなんだ。今日こそ挨拶をされたら、笑顔で挨拶を返すんだ……!」
独り言ちながら頷いた後、少女はゆっくりと校門へ向かって歩き始めた。そして、校門の傍まで近づいた瞬間、少女の姿に気づいた男子生徒は少女を見ながらにこりと笑う。
「おはようございます」
「お、おは……おはようございます……!」
緊張でいっぱいになりながら大きな声で少女が挨拶を返したその時、不意に一陣の風が二人の間を吹き抜け、風に煽られた少女の前髪はふわりと浮き上がると、前髪で隠れていた素顔が露になった。
「え……」
「あ……あわわ! す、すいません……! 朝から変な顔を見せてしまって……き、気分悪くしましたよね……?」
慌てて前髪で顔を隠し、少女がおずおずと訊くと、男子生徒はボーッとしていたが、すぐにハッとなると、顔をうっすらと赤くしながら視線をそらした。
「そ、そんな事……ない、よ……。べ、別に変だとは思わないし……むしろ……か、可愛かった、というか……」
「か、可愛いだなんてそんな事……でも、ありがとうございます。そう言ってもらえて少しだけ自信が出ました」
自身も顔をうっすらと赤くしながらも頭を下げ、顔を上げた事で再び前髪がふわりと浮き上がる中で男子生徒に対して微笑むと、その自然で可憐な笑みに男子生徒の顔は更に赤くなる。
「と、とりあえず……! その前髪は……切っても良いんじゃないかなと個人的には思う。もちろん、こだわりがあるならそれでも良いんだけど……せ、先生から注意をされたりクラスメートから変に注目されたりしても良くないし……」
「……たしかにそうですね。今はちょっと切る勇気が無いですけど、近い内に勇気を出して切ってみます。本当にありがとうございます」
「ど、どういたしまして……」
「はい、それじゃあまた」
そして校門を通った後、少女は少し不安そうに俯いた。
「……私、ちゃんと笑顔出来てたかな。さっきの人、なんだか変な感じだったし、まだまだ笑顔が足りないのかも……よし、もっと自然な笑顔が出来るように頑張ろう……!」
拳を軽く握りながら独り言ちた後、少女は決意の炎を目の奥で燃やしながら昇降口で靴を履きかえ、教室へ向かって歩き始めた。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、また次回。