第25話 にっこりバッジ 前編
どうも、伊達幸綱です。それでは、早速どうぞ。
「……ふぅ、とりあえずこんなところか」
現世から隔絶された空間に建つ『不可思議道具店』。その店先で竹箒で掃き掃除をしていた少年は額に浮かぶ汗を拭いながら周囲を見て独り言ちた。店の周りには様々な木々が生えており、桜の花びらが舞う中で紅葉がヒラヒラと舞い落ちるという不思議な光景が広がっていた。
「……ここってやっぱり四季がないっぽいな。気候も一定で、少し離れたところではずっと雪が積もっていてその反対側は暑い中で涼むための湖があるって言ってたし、そっちも気温が一定なんだろう。
まあでも、俺はこの気候が良いな。すごく過ごしやすいし、色々な物を一度に見られるのは結構貴重だしな」
ゆらゆらと揺らめく桃色のカーテンと赤や黄色の絨毯を見ながら少年が嬉しそうに言っていると、店のドアが開き、店主の女性が顔を出した。
「店先の掃除、お疲れ様。だいぶ綺麗になったみたいね」
「はい。けど、花びらも紅葉もまた次から次へと落ちてくるので、キリがないんですけどね」
「ふふ、たしかにそうね。それにしても……本当によかったの? あの子達と一緒に湖に泳ぎに行かなくて」
「大丈夫です。『繋ぎ手』はいつも道具と人間の橋渡し役として頑張ってますし、妹も『繋ぎ手』には懐いているようですから、二人が楽しんでいる間は俺が頑張りたいので。もっとも、まだ『繋ぎ手』の手伝いと店先や店内の掃除くらいしか出来る事は無いですけど……」
「それだけでも十分助かってるわ。あの子、貴方達が来てからもっと楽しそうだし、妹さんの事はもちろん、貴方の事も気に入ってるみたいだから、将来はあの子と貴方がくっついたりして……」
「あはは、どうでしょうね。今のところ、俺は自分の恋愛には興味がないですし、それよりも妹をもっと幸せにしてやりたいので」
「……そう。でも、もし本当にそうなった時は、あの子の事をお願いね。貴方が妹さんを幸せにしたいと願うように私もあの子には幸せになってほしいもの」
「わかりまし──ん、あれ……あそこに見えるのって、もしかして……?」
そう言いながら少年が指差した先には店へ向かって歩いてくる人影があり、店主の女性はそれを見ながらコクりと頷く。
「どうやらお客さんのようね。まあ、あの子がいなくてもどの道具がご所望かは話を聞けばわかるし、私達で対応しましょうか。いつもあの子と一緒に道具を渡してる時と同じ感じで良いから、あまり緊張しないようにね」
「わかりました」
少年が返事をした後、近づいてきた人物は二人の目の前で止まり、少し戸惑った様子を見せていると、店主の女性はにこりと笑ってから話しかけた。
「ようこそ、『不可思議道具店』へ。ここは現世から隔絶された空間に建ち、私が創りあげた世にも不思議な道具達を販売する店です。お客様、もしや何かお悩みがあるのではありませんか?」
「悩み……え、えっと……強いて言うなら、笑顔を作るのが苦手というくらいです……」
「笑顔が苦手、か……たしかに笑顔って相手からの印象を決める大きな一因だから重要だな。友達を作る時にも役に立つし、女子の笑顔に惹かれる男子も少なからずいるのは間違いないし」
「そうなんです……だから私、友達も出来なくて、前髪でいつも目元が隠れているから、不気味だとか変な奴だとか言われて続けてて……」
「なるほど……では、店内にある道具からお客様のお役に立てる物を探してみましょうか。私共は様々な道具を扱っていますので、きっとお客様の力になれる道具もあると思いますよ」
「わ、わかりました……」
長い黒髪の少女が返事をした後、三人は店内へと入った。そして、店主の女性が道具を探し始めようとしたその時、少年はふと何かに気づいた様子でキョロキョロとし始め、その様子に店主の女性は不思議そうに首を傾げた。
「あら、どうかした?」
「えっと……なんでかこの子から白い縄みたいなのが出ているのが見えるんですけど、その縄が向こうに続いているようなんです」
「縄……ねえ、それを辿ってきてもらって良い?」
「え……あ、はい」
少年は戸惑いながらも少女から飛び出す縄を辿って店内を歩き始め、その先にあった道具を手に取ると、それを持って戻ってきた。
「オーナー、辿った先にはこの道具がありましたよ」
「……なるほど、これか」
「これは……バッジ、ですか? 半月型でレモン色ですけど……」
「はい。これは『にっこりバッジ』という名前で、手に持っていたり衣服などに付けていたりすると、誰でも自然な笑顔を浮かべる事が出来る道具です」
「自然な笑顔を……あ、あの……これを頂けますか? 本当は自分の力で出来ないといけないのはわかってますけど、今はこのバッジに頼ってでも自然な笑顔を作れるようになりたいんです」
「ええ、もちろんです。では、お代ですが……」
店主の女性が『にっこりバッジ』の値段を告げると、少女は驚いた様子を見せた。
「えっ……そんなに安いんですか?」
「はい。他の道具も同じくらいの値段ですから」
「そうなんですね……それじゃあこちらお代です」
「……はい、たしかにちょうど頂きました。レシートはいかがいたしますか?」
「あ、大丈夫です。でも、すごいですね……私にピッタリな道具を見つけ出せるなんて……」
「あはは、正直な事を言えば、俺も驚いてるんだけどな。けど、ピッタリな道具と出会わせる事が出来て本当に良かったよ。後は君の努力次第だから、頑張って友達を作ってくれよ?」
「は、はい……ありがとうございます……」
少年の言葉に少女が軽く顔を赤くしながら俯く中、少年は店主の女性に話しかけた。
「ところで……この道具には何か注意点はあるんですか?」
「注意点……? 何か気を付けた方が良い事があるんですか?」
「ええ、ありますよ。このバッジを付けると、たしかに自然な笑顔を浮かべる事が出来ますが、付けている間は相手を不快にさせるような笑みを浮かべないようにしてください。
してしまうと、大変な事になってしまうので、もししたくなったらバッジを外してからにしてくださいね。もっとも、そんな笑顔を浮かべる事が無いのがベストですが」
「そうですね……わかりました、気を付けます。それじゃあ私はそろそろ失礼しますね。良い道具と出会わせて頂き本当にありがとうございました」
「いえいえ。またのお越しをお待ちしています」
「それじゃあまたな」
「……うん、またね」
少女が頷きながら答え、ドアを開けて外へと出ていった後、店主の女性は少年に対して優しい笑みを浮かべた。
「お疲れ様。それにしても、さっき言っていた白い縄はいつから見えるようになったの?」
「本当にさっきからです。今朝はまったくそんなの見えなかったんだけどなぁ……」
「……なるほどね。とりあえずその件については神様にも報告して、神様がその件でいらっしゃった時にでも考えましょう。少なくとも悪い物ではようだしね」
「わかりました。それじゃあ俺は、店の周りの掃除に戻りますね」
「ええ、お願いね」
そして、少年がドアを開けて外へと出ると、店主の女性は真剣な表情を浮かべながら店奥に視線を向けた。
「……さて、私はこの事を神様に報告しましょうか。まあ、神様も感じ取っているとは思うけど、念のため報告はした方が良いものね」
そう言うと、真剣な表情のままで歩き始め、店主の女性は店奥へと消えていった。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、また次回。