第22話 メンタルペン 後編
どうも、伊達幸綱です。それでは、早速どうぞ。
「……よし、そろそろ始めるか」
誰もいなくなった放課後の教室、少年は自分の席に座りながら独り言ちる。その手には『メンタルペン』が握られており、握る手はとても強く、少年の表情はとても辛そうな物だった。
「……正直、確証はない。けど、このペンを壊そうとすれば、何かが起きるのはたしかだ。その結果、俺が死ぬ可能性もあるし、死ぬよりも辛い目に合う可能性もあるけど、もしかしたらあの子に会える可能性もある。
だから……ごめんな。お前をわざと傷つけようとするなって言われてたけど、俺はまたアイツに会いたいんだ。その手がかりを掴めるなら、俺はどんな手段にでもすがりたいんだ……!」
そう言うと、少年は『メンタルペン』を握る手をゆっくり振り上げ、申し訳なさそうな表情を浮かべながら手を止めた後、机へ向けて『メンタルペン』を振り下ろし始めた。そして、ペン先が机と衝突しそうになったその時だった。
「待って!」
突然廊下から少年の行動を制止するような声が聞こえると、すんでのところで少年の手は動きを止め、少年は廊下に視線を向けた。
すると、そこには哀しそうな顔をする『繋ぎ手』と不安そうに『繋ぎ手』を見つめる助手の少女の姿があり、二人が近づいてくるのを見ながら少年は安心したように笑みを浮かべる。
「……良かった、会えた……」
「……その子からメッセージが来たんだよ。どうやら君がある人を捜していて、その子の注意点を無視してでも捜してる人に会いたがってるって」
「ああ、そうだ。俺は少し前から行方不明になってる幼馴染みに会いたいんだ」
「幼馴染みに……」
「アイツは小さい頃から絵を描くのが好きで、その絵はあまり上手いとは言えなかったけど、俺はアイツが描いてくれた俺の絵が好きだったから、今でもあの絵を見たら心が落ち着くし、楽しそうに絵を描くアイツの姿に俺は少しずつ惹かれていったよ。
けど、アイツは成長していくにつれて自分の絵の腕前を気にし始めるようになった。そして、絵を描きたいから美術部に入ったのに、みんなから苦笑いを浮かべられながらフォローを入れられるのが嫌だからって言って、部活動に行くのも嫌がるようになったんだ」
「…………」
「そんなある日だったよ、アイツが不思議な女の子からすごい絵筆を貰ったって言い始めたのは。俺はその話を真剣には聞いてなかったけど、その頃からアイツの絵は評価され始めて、それと同時にアイツは偉そうになっていった。
そんなアイツの姿を見るのが俺は嫌で、部員達も前の絵の方が良かったって言っていたようだけど、アイツはそれを聞かずに自分の事を段々特別扱いするようになって、俺はアイツの事をどうしたら良いかなと日々考えていた。
でも、ある日からアイツは姿を消した。美術室に荷物も置きっぱなしで直前まで描いていた絵もそのまま。誰も行き先には心当たりがない事で見つける手がかりすら何もなかった」
「……だから、私を呼ぼうとしたんだよね? その子の話に出てくる不思議な女の子が私だと思ったから」
『繋ぎ手』の言葉に少年は静かに頷く。
「そうだ。こんなにすごいペンがあるなら、不思議な力を持った絵筆があってもおかしくないからな。それで、どうなんだ? 君はアイツに会ったのか?」
「……うん、会ったよ。たぶんその子は、『写し絵筆』をあげた子だと思うから。でも、あの子は『写し絵筆』の力に酔って、やってはいけない事、あの子が嫌う汚い物──自分ごと邪念や悪意を描こうとしてしまった。だから、『写し絵筆』と一つになっちゃったの」
「一つになった……はは、なるほど。それなら見つかるわけないし、あの時のアイツならやってはいけない事をやってもおかしくないな。それくらいアイツは性格や考え方も変わっていたし」
「会いたいという君の願いは叶えてあげたい。けど、『写し絵筆』と一体化した以上、もうあの子は元には戻れないし、一緒になった時点であの子の意識も失われてる。だから、ごめんなさい……」
「……良いよ。もう会えないのは辛いけど、君がアイツを陥れたわけじゃないから、君を責めたってしょうがないしな。言ってみれば、アイツの自業自得なんだ。道具のおかげなのに天狗になったアイツが悪いよ」
「でも……」
「それに、これでようやくアイツを捜すのを諦められるし、未来に進んでいけるよ。実はさ、同じクラスの女子から告白をされてて、その子も悪い子じゃないから少しずつなびき始めてたんだけど、アイツが帰ってきた時の事を考えて、返事を待ってもらってるんだ。
でも、もう戻ってこないならアイツを諦めて、その子に対してちゃんと返事が出来る。だから、正直に話してくれたのは本当に嬉しいよ。ありがとうな」
少年は優しい笑みを浮かべていたが、その笑みはどこか哀しそうであり、幼馴染みであり愛しいと感じていた少女との別れを悲しんでいるのは明らかだった。
そんな少年の姿に助手の少女がどうしたら良いかわからない様子で何も言えずにいると、『繋ぎ手』はポケットから『写し絵筆』を取り出し、少年へと差し出した。
「……この子は、君が持ってて」
「これ……アイツと縁があった絵筆か?」
「うん。これを見るのは辛いと思うし、なんて物を渡すんだと思うだろうけど、ここに来る前にこの子が自分も連れていって欲しいって言ってたの。自分も行かないといけないはずだからって」
「この絵筆が……?」
「信じられないかもしれないけど、この子も責任を感じてたんだと思う。その時は自分にとって嫌な事をされたからあの子を自分の中に吸収したけど、それと同時に記憶も取り込んだのかしばらく元気がなかったの。
でも今回、君との縁が結ばれてるわけじゃないのに、連れていって欲しいって自分から言い始めた。それはたぶん、その子の代わりというわけじゃないけど、大切な人を奪ってしまった分、自分が君の未来を良い物にしたいという思いがあるからなんだと思う」
「…………」
「もちろん、断ってくれて良いよ。でも、出来るならこの子も君が持っていて欲しい。『メンタルペン』もわざと傷つけられそうになったのに、君の感情を失わせようとせずに私を呼んだのは、君が大切な人を捜すためにやろうとした事だってわかってるからだから」
『繋ぎ手』の言葉を聞いた後、少年はその手の中にある『写し絵筆』に視線を落とした。そして、『写し絵筆』をしばらく見つめてから静かに手に取った。
「……わかった。この絵筆を恨む気もないし、『メンタルペン』と一緒に大事にするよ。この絵筆はアイツそのものでもあるようだし、これまでと同じように面倒を見ようとすれば良いだけだからさ」
「……うん、ありがとう。それじゃあ私達はそろそろ帰るね」
「ああ。たぶん心配はいらないんだろうけど、二人とも気をつけて帰ってくれよ?」
「ありがとう。後、機会があったらウチの店にも来てみてね。その子達が店に来るための道を教えてくれるはずだから」
「ああ、わかった。それじゃあまたな、二人とも」
「うん、またね」
「お兄さん、また会いましょうね」
『繋ぎ手』達が手を振りながら別れの言葉を口にし、教室のドアをくぐって去っていった後、少年は『メンタルペン』と『写し絵筆』を持ちながらゆっくり見回した。
「……もう一度謝るけど、本当にごめんな、『メンタルペン』。そして、わざと傷つけようとした俺を許してくれて本当にありがとう。これからはそんな事はしないから、安心してくれ。
後は……『写し絵筆』、お前も気に病まなくて良いからな。さっきも言ったけど、アイツが天狗になっていたのが悪いだけだから。それと、俺はそんなに絵を描く機会は無いだろうけど、描こうとした時にはお前の力を借りるから、その時にはよろしくな」
『メンタルペン』と『写し絵筆』の二本を見ながら優しい笑みを浮かべると、それに対して答えるように窓から射し込んでいる夕陽を反射させてキラリと光った。
少年はそれを見てにこりと笑ってから二本をポケットにしまうと、自分も家に帰るために教室を出たが、歩いている内に表情は徐々に変わっていき、最後には声を出さずに涙をぽろぽろと溢しながら誰もいない廊下を歩いていった。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、また次回。