第18話 ポケットフレンズ 後編
どうも、伊達幸綱です。それでは、早速どうぞ。
「えっと、これはこうして……」
昼食時を少し過ぎた頃、キーボードを叩く音や話し声が響くオフィスで一人の女性が目の前のパソコンの画面を見ながらキーボードで打ち込み作業を行っていた。
すると、スーツのポケットから紙粘土で出来た犬が顔を出し、女性の顔を見ながらどこか心配そうな素振りを見せた。
『ねえ、お仕事忙しい? 無理とかはしてない?』
『うん、大丈夫。忙しい事は忙しいけど、まだまだ元気だよ。心配してくれてありがとうね』
『どういたしまして。でも、時にはしっかり休憩を取ってね? お姉さん、頑張り過ぎちゃうところもあるみたいだから、油断してると具合を悪くしちゃうよ』
『そうだね……よし、それじゃあ区切りの良いところまでいったら、コーヒーでも飲んで一息つこうかな。お昼を食べて戻ってきてから座りっぱなしだったし、少し体を動かすのも大事だからね』
『うんうん、それが良いよ』
『ポケットフレンズ』が満足げに頷いていたその時、女性のところへ一人の男性社員が書類を持って近づいてきた。
「先輩、頼まれていた資料はこれで大丈夫ですか?」
「どれどれ……うん、バッチリ。それじゃあこれは私が預かっておくね。どうもありがとう」
「い、いえ……僕なんて全然です。先輩の教え方が良かっただけですよ」
「ふふ、君がしっかりとやろうとしてたから、それに応えたかっただけだよ。あ、そうだ……今やってる作業が一段落したら、コーヒー飲んで一息つこうとしてたんだけど、よかったら君も一緒に──」
女性が微笑みながら後輩の男性社員と話していたその時、そこに別の男性社員が近づき、後輩の男性社員を睨み付けながら少し怒った様子で話しかけた。
「おい、一つ終わったんなら早く次のに取りかかれ。無駄話をしてる暇なんてないぞ」
「あ……す、すみません」
『……僕、この人大嫌い』
『……私も』
「あの、無駄話なんてしてないですよ。お願いしていた仕事を彼が頑張ってくれたのを感謝してただけで──」
「ああ、君は良いんだよ。俺はこの新人に説教しないといけないだけだから」
「だから……」
「ところで、今日の夜は空いてるかな? 普段は他の子との予定があるんだが、今日は運良く空いていてね。雰囲気の良いレストランをちょうど見つけているから、君さえ予定が合えば……」
その男性社員の言葉を女性社員は手で制すると、狼狽えている後輩の男性社員の腕をもう片方の手で強く掴んだ。
「え……?」
「生憎、今日は彼との予定があるので。予定が無いのなら、その時間を使って女性との付き合い方について学んだらどうですか? 正直、貴方から誘われても行く気にはまったくならないので」
「なっ……!?」
「せ、先輩……?」
『うんうん、良い事言ったね』
『ふふ、でしょ?』
『ポケットフレンズ』の言葉に女性がウインクをしながら答えていると、男性社員は怒りで顔を真っ赤に染めながら女性の机をバンッと叩く。
「ふざけるなよ……! 俺の誘いを断った上にそんな奴とだなんて……お前の目は腐ってんのか。このアマが!」
「……なんとでも言ってください。そんな風に強い口調で言われても怖くもなんとも無いですし、貴方の立場が悪くなるだけですよ?」
『そうだね。それに……この人から別の臭いもしてるから、たぶんそれを突き止めたら更に立場が悪くなるんじゃないかな?』
『別の臭い……ねえ、その臭いって何かわかる?』
『そうだね……うん、服のポケットからなんだか甘い感じの臭いがする』
『服のポケットから……それじゃあ突き止めようが……』
『ううん、僕に任せておいて。お姉さんが僕を作る時にすごく愛情をこめてくれた分、ちょっとした事が出来るから』
『……うん、わかった。お願い』
『オッケー!』
返事をすると、『ポケットフレンズ』は徐々に姿を消していき、その光景に女性が驚く中、『ポケットフレンズ』は完全に姿を消した。すると、男性社員のスーツのポケットの中から突然何かが飛び出し、男性社員がそれに焦ったような表情を浮かべる中、女性はそれを何とか掴んだ。
「……っと、これは写真……?」
「か、返せ! 返さないとどうなるか──」
「……みんな、その人を捕まえておいて」
「え……あ、うん……」
「わ、わかった」
女性達のやり取りを驚きながら見ていた同僚達だったが、女性の言葉を聞くと、男性社員が動けないように腕や体を掴み始めた。
「は、離せって!」
「先輩、それは……?」
「……この人と高校生らしい女の子がいかがわしい事をしてる写真だったよ。女の子の表情的にとても合意の上とは思えないし、そもそも本当にこの子が高校生なら合意の上でもアウトだけどね」
「え、それじゃあこの人って……」
「そうだね。部長、急いで警察に通報をしてください」
「あ、ああ……!」
部長が慌てながら警察に通報をした数分後、男性社員は駆けつけた警察官によって写真と共に連行され、残された女性達は事情聴取を受けた。そして、それから数時間後の夜、事情聴取や社長などへの事情説明を終えた女性は後輩の男性社員と共に会社を出ると、とても疲れた様子で体を上へ伸ばした。
「ん……ふぅ、まさかこんな事になるとは思わなかったなぁ……」
「そうですね……先輩、あの人の事、本当に怖くなかったんですか?」
「うん、まったく。まあ、前までの私ならビビってかもしれないけど、私には頼りになる友達がいるからね」
『えっへん!』
「頼りになる友達……あの、その人って男性ですか?」
『うーん……気持ちとしては雄だけど、しっかりとした性別はないかな』
『そっか……まあ、私が貴方を作った時は、昔飼ってた犬をイメージしてたから、私としては雄のイメージかな』
「まあ、そうだね。でも、私にとっては大切な友達だから、それ以上でもそれ以下でもないよ」
「そうですか……」
女性の言葉に後輩の男性社員が少し安心したような表情を浮かべていたその時、女性はそんな男性社員の顔を覗き込むようにしながらにこりと笑った。
「さてと、それじゃあこれからご飯を食べに行こうか」
「え、良いんですか?」
「うん。さっき、嘘をつくためとはいえ、君を利用しちゃったからね。そのお詫びとして私が奢るよ」
「先輩……」
「それに、どこか行くならあの人より君の方が良いのは間違いないし、君と一緒にいるのは楽しいからね。だから、咄嗟に君の事を利用させてもらったのかも」
「え、それって……」
「さあ、お腹空いたし、早く行こう?」
「は、はい! お供します!」
そして、二人が仲良く話をしながら歩いていく中、その様子を橋渡し役の少女は微笑ましそうに見つめていた。
「あの子からメッセージが来たから様子を見に来たけど、お姉さんも大きなショックを受けてはいないみたいだし、ホッとしたかな。それにしても、『ポケットフレンズ』のポケットの中なら自由に行き来出来る能力まで引き出せるなんて……ふふ、あの子もだけど、隣のお兄さんもこれから幸せに暮らせそうだね。さてと、それじゃあ私は帰ろっと」
そう言うと、橋渡し役の少女は踵を返し、弾んだ足取りで歩き去っていった。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、また次回。