第13話 ヒストリーオルゴール 後編
どうも、伊達幸綱です。それでは、早速どうぞ。
「……よし、完成だ」
ある夜、机に向かって何かを書いていた男性は満足げな様子で言うと、持っていた鉛筆を机の上に転がし、小さく息を吐きながら椅子の背もたれに体を預ける。
机の上には、完成したての楽譜が置かれており、それを見る男性の表情はとても嬉しそうな物だった。
「これで今回の依頼も大丈夫だろう。それにしても、少し前の僕からは考えられない程、今は様々な曲を作れるようになったな。まあ、これも全てあのオルゴールのおかげではあるけども」
そう言いながら男性は部屋の中心にあるピアノの上に置かれた『ヒストリーオルゴール』に視線を向ける。
『ヒストリーオルゴール』の表面は光沢のある茶色をしており、男性はその輝きにうっとりすると、ピアノにゆっくりと近づき、『ヒストリーオルゴール』を静かに持ち上げた。
「このオルゴールが奏でてくれる曲は僕に様々なインスピレーションを与えてくれた。そして、それが無かったら、今頃僕は作曲家を辞めていただろう。だから、君には本当に感謝しているよ。
だが……やはり、君に曲のリクエストを出来ないというのは、どうにも寂しいな。やってはいけないと言われているから、するつもりはないが、また聞きたいと思っても中々聞く機会が訪れないのはもどかしくてしかたないし、試しにしてみた録音もその時の感動には程遠かった。何か良い手段は無いものか……」
男性が寂しそうに俯き、『ヒストリーオルゴール』をゆっくりとピアノの上に戻そうとしたその時、部屋の隅に青い渦が出現し、それに対して男性が驚いていると、中から橋渡し役の少女が姿を現した。
「よっと……お兄さん、お久しぶりです」
「君はあの時の……どうしてここに?」
「その子からメッセージが来たんです。お兄さんが落ち込んでるから何とかしてくれって」
「このオルゴールが……」
「お兄さん、この子を大切にしてくれてる上にしっかりと注意点を守ってくれてるようなので、この子もお兄さんの力になりたいみたいなんです」
「そうか……」
「さて、この子の奏でる曲を聞きたい時があっても、リクエストが出来ないから困っているんですよね?」
「ああ、そうなんだが……因みに、リクエストや批判をしたらどうなるんだい?」
男性の問いかけに橋渡し役の少女はクスリと笑いながら答える。
「お兄さんにとって一番辛かった出来事をイメージした曲を聞かせて、その時の事を頭の中で追体験してもらう事になってましたよ」
「う……そ、それは嫌だな……」
「ですよね。それで、お兄さんの悩みについての対策なんですが……ちょっとこの子の力を借りようと思うんです」
そう言いながら橋渡し役の少女がどこからか取り出したのは、小さなプレーヤーと一本のケーブルだった。
「これはレコードプレーヤー……かな?」
「はい。この子は『ミュージックマスター』という名前で、上の方にレコードをセットした状態で何か曲を聞かせると、それをレコードに録音してくれるんです。
因みに、この子は『ヒストリーオルゴール』と同じ時に出来た兄弟みたいな物なので、このケーブルで二つを繋ぐと、二人ともすごく機嫌が良くなって、一日に一回までならリクエストも許してくれるようになりますよ」
「なるほど……それでも、批判はもちろん、リクエストも嫌ではあるんだね」
「そうですね。自分の好きなようにやりたいという気持ちが結構強いので、曲を奏でるのが好きでもリクエストはあまり良い顔はしないんです」
『ヒストリーオルゴール』を見ながら橋渡し役の少女が優しく微笑むと、男性は『ヒストリーオルゴール』と『ミュージックマスター』の二つを見てから小さくため息をついた。
「……そういう事なら、リクエストや批判は今後もしないようにしよう。僕も自分で弾きたい物があるのに誰かから強制されたら良い気分はしないからね」
「お兄さん……ふふっ、ありがとうございます。お兄さんとこの子を出会わせる事が出来て本当に良かったです」
「お礼を言うのはこっちだよ。このオルゴールのおかげで僕は今でも作曲家を続ける事が出来ているからね。
もちろん、『ミュージックマスター』が『ヒストリーオルゴール』と一緒にいたいと望むなら、僕は『ミュージックマスター』も絶対に大切にするよ。『ヒストリーオルゴール』と一緒で良い仕事仲間になれると思っているからね」
「そうなる事を祈ってますよ。それじゃあ、『ミュージックマスター』とケーブルもお兄さんに差し上げますね。今後ともこの子達の事をよろしくお願いします」
「ああ、任せてくれ」
作曲家の男性が頷きながら答えると、橋渡し役の少女は『ミュージックマスター』とケーブルをピアノの上に置き、再び青い渦を出現させた。
「それじゃあ、私はこれで失礼します。お兄さんも縁があったらお店の方まで来てみて下さいね。その子達がきっとお兄さんをお店まで導いてくれますから」
「ああ、その時が来るのを楽しみに待っているよ。それじゃあ、またね」
「はい、それではまた」
そして、橋渡し役の少女と青い渦が消えていくと、作曲家の男性はピアノの上にある二つの道具を撫でながら微笑んだ。
「さて……新たな仲間と出会った事だし、ちょっと曲を聞いてもらおうかな。『ヒストリーオルゴール』に比べたらまだまだかもしれないけど、精いっぱい弾くから是非聞いてくれ」
そう言いながら作曲家の男性はピアノの上にある物をもう一つの椅子に移動させると、ピアノの蓋を開け、軽く指のストレッチを行った。
そして、『ヒストリーオルゴール』と『ミュージックマスター』をチラリと見た後、とても満ち足りた表情を浮かべながらピアノを弾き始め、朝になるまで演奏会を続けた。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、また次回。