第13話 ヒストリーオルゴール 中編
どうも、伊達幸綱です。それではどうぞ。
「……ただいま」
明かり一つついていない家の中に入りながら呟いた後、作曲家の男性は靴を脱いでからため息をついた。
「……作曲家になりたくて地元から出てきて数年が経つけど、やっぱり誰もいないのにただいまって言うクセは中々抜けないな。さて、それじゃあ手洗いうがいを済ませたら、早速この『ヒストリーオルゴール』の演奏を聴いてみるとするか」
そう言いながら作曲家の男性は『ヒストリーオルゴール』の蓋を撫でた後、そのまま洗面所へ向かい、手洗いうがいを済ませた後に防音室へと向かった。
そして、防音室の中に入ってドアをしっかり閉めると、ピアノの横に置かれた小さなテーブルの上に『ヒストリーオルゴール』と五線譜を静かに置き、男性は優しく微笑んだ。
「あの子が言うにはこの『ヒストリーオルゴール』は僕の中で印象に残っている出来事の内の一つをイメージした曲を聴かせてくれて、その出来事は今の自分にとって一番合っている物だとも言ってたな。
今の僕にとって一番合っている出来事……自分ではまったく想像がつかないけど、それが何なのかとても気になるし、まずは聴いてみる事にしよう」
作曲家の男性はワクワクした様子で『ヒストリーオルゴール』の蓋に手を掛け、ゆっくりと蓋を開けた。すると、中には本来のオルゴールならばあるはずの物の代わりに小さなピアノと椅子に座りながらピアノの鍵盤に手を置く人形があり、それに対して男性が不思議そうな顔をする中、ピアノの鍵盤はゆっくりと押されていった。
「……始まった。なんだろう、この曲……てっきり流れるのは既存の曲の中から選ばれるのかと思ってたけど、この曲は聴くのが初めてだ。
それに……聴いていると、なんだか昔を思い出すな。故郷で初めてピアノの演奏を聴いて、その音色と曲の世界に魅せられて自分でもこんな曲を作って弾いてみたいと思って作曲家を志して……」
曲が流れる中で作曲家の男性は懐かしそうな表情を浮かべていたが、次第にその目には涙が溜まり始め、その雫は目からポロポロと溢れ始めた。
そして、曲が終わって防音室は一瞬静まり返った後、男性は涙を流しながら『ヒストリーオルゴール』に対して惜しみ無い拍手を送り始めた。
「……素晴らしかった。曲を聴いていて一度実家に帰って家族に会ってみるのも良いかなと思えたし、作曲家になるきっかけの出来事を思い出させてくれたのはすごくありがたいよ。
それに……今の演奏を聴いてなんだか創作意欲が湧いてきた気がする。今の曲ほど良い物が出来るかはわからないけど、この気持ちと感動を忘れない内に早く曲として作り上げてしまおう」
作曲家の男性は明るい表情で独り言ちると、テーブルの上の五線譜に視線を向け、近くに置いてあった鉛筆を手に取って頭の中に浮かんだメロディーを口ずさみながら五線譜に書き込んでいった。
いかがでしたでしょうか。
今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、また次回。




