第1話 写し絵筆 後編
どうも、伊達幸綱です。それでは、早速どうぞ。
「ふんふんふーん♪」
とある中学校の美術室。その隅でセーラー服姿の少女が楽しそうに鼻歌を歌いながら目の前のキャンバスに絵を描いていた。
「はあ……ほんと、この絵筆のおかげで最近は部活動が楽しいなあ。描きたい物を覚えさせれば、筆が自分で構図も考えてくれるから、どう描いたら良いか考えなくて良いし、絵も本当にそっくりに描いてくれるから、まるでその光景を実際に見ているようだなんてコンクールの審査員には言われるし……この筆をくれたあの子には感謝しないと」
少女は手に持った『写し絵筆』が独りでに絵を描きあげていく様子を見ながら楽しそうにしていたが、その表情は次第に不満そうな物へと変わっていく。
「……でも、他の部員や顧問は上手いけど前の絵の方が良かったとか性格が少し変わったとか言うんだよね。きっと私が羨ましくて嫉妬してるんだ。
自分達は別にコンクールで褒められもしてないし、それ程上手い絵も描けないから、適当な事を言って私からこの絵筆を取り上げようとしてるに違いない。
でも、そんな事させない。私にはこの絵筆が必要なんだ。この絵筆さえあれば、私は誰よりも絵が上手くて、みんなから賞賛される……! もう、誰にも絵が下手なんて言われないんだから……!」
そう口にする少女の目は真っ赤に血走り、絵筆を取りあげようとする者がいれば、ただでは置かないといった様子だった。そして、『写し絵筆』が絵を完成させようとしていたその時、少女は描きかけのキャンバスをじっと見つめ、名案を思いついたようにニヤリと笑った。
「そうだ……この絵に私を描き加えよう。背後にどっしりとそびえる山、手前に広がる草原と川、そこに立つ私と適度に雲が浮かぶ青空。うん、良い感じだね。それじゃあ……」
少女は満足そうに頷いた後、『写し絵筆』の筆先を自分に向けた。そして、『写し絵筆』がぶるぶると震えたその時、少女は絵筆を持つ自分の手を見て不思議そうに首を傾げた。
「……あれ? なんだか、私の手……薄くなってる……?」
その言葉通り、少女の手は指先から徐々に薄れ始めており、その現象はゆっくりと体へ向けて進行していった。
「えっ、え……!? ど、どうして……!?」
驚きの声をあげている内に少女の手が消え、それによって『写し絵筆』がカランという音を立てて床に落ちる中、少女はゆっくりと自分の体が消えていく現象に恐怖を浮かべる。
「い、いや……! 消えたくなんかない! 誰か……誰か呼ばないと……!」
助けを求めるために誰かを呼ぼうとしたが、その瞬間、少女はハッとした。
「そうだ……気が散るのは嫌だから、みんなには少し時間を置いてもらうように言ってたんだ……! それに、ここは職員室から遠いから、先生が来てくれる可能性も低いし……」
己の傲慢と我が儘が招いた結果に少女が絶望している内に首以外の部分が消え、その光景に少女の顔は青ざめた。
「そ、そんな……! 誰か! 誰か助けてよ! もう、我が儘なんて言わないし、絵筆に頼りきりにならないから、誰かたすけ──」
その言葉を最後に少女は完全に消失し、美術室には『写し絵筆』と綺麗な自然の光景を描いた絵が残された。そしてそれから程なくして、美術室のドアがガラガラという音を立てて開くと、橋渡し役の少女が哀しそうな顔で美術室へと入り、床に転がる『写し絵筆』を静かに拾う。
「……この子からのメッセージを受け取ったから来てみたんだけど、どうやらあの子はやってはいけない事をしてしまったようだね。
この子が嫌う汚い物は人が排泄する物だけじゃなく悪意や邪念を持った人なんだけど、あの子自身がそういう物になってしまったみたいだね。
この子の力に頼りきりになった挙げ句、それを自分の力のように振る舞って、傍で見ていてくれた人達からの言葉を蔑ろにする自分を省みずに写そうとしてしまった。現実だけじゃなく、絵の中でも主役になろうとして……」
橋渡し役の少女はポケットから取り出した細長い容器に『写し絵筆』をしまうと、キャンバスに描かれた絵を眺めた。
「……うん、見てて気持ちの良い絵。でも、そこにいらない物を足そうとするのはよくないよ。その結果、自分が今度はその絵を描くための材料になってしまったわけだしね。
でも、安心して。貴女の血肉は『写し絵筆』の絵の具になり、骨は柄の部分を補強する。決して貴女は無駄にならないよ」
容器の中の『写し絵筆』を見ながら優しく微笑むと、橋渡し役の少女はそれをポケットにしまい、美術室の入り口へ向かってゆっくり歩いていくと、誰もいなくなった美術室をそのまま後にした。
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それでは、また次回。