第92話 巡逢袋 後編
どうも、伊達幸綱です。それではどうぞ。
「……ふう、今日もしっかりと働いたな」
夕方頃、男性は首にかけたタオルで汗を拭きながら独り言ちる。空はすっかり綺麗なオレンジ色に染まっており、他の作業員達が帰っていく中、男性が満足そうにしていると、そこに同じ作業員の少年とその恋人である少女が近づいた。
「今日もお疲れ様です」
「お疲れ様です」
「ああ、君達か。お疲れ様。今日もしっかりと働いたから、この後の食事がより一層美味しく感じるはずだ」
「食事……ああ、この前の女性と約束しているでしたね」
「そうだ。あれから何度も娘さんも含めて会う機会があって、今夜のお誘いも彼女からしてきたものなんだ」
「そうなんですね。お互いに好意はあるみたいですし、このまま再婚……なんて事もあるんですか?」
「そう出来たら良いな。だが、そうなると娘さんの今後についてもしっかりと考えたいところだ。体も弱くてまだ小さい子だから、色々気は遣いたいし、そこを利用してあの子を良いようにしようとする輩も出ないとも限らないから、生涯を共に出来るような相手を許嫁という形で見繕って……」
その時、男性はハッとした様子を見せ、その姿に二人は不思議そうに首を傾げた。
「どうかしたんですか?」
「……思い出したんだ。私がかつて何をしたか、そして彼女が何者なのかを……」
男性の表情が暗くなる中、そこに『救い手』がコピー兄妹を伴って現れた。
「どうやら思い出したようだね。『繋ぎ手』の元許嫁のお父さん?」
「元許嫁……?」
「……ああ、そうだ。私と妻は息子に許嫁を見つけてきていて、その相手が彼女だった。だが、その関係は許嫁と呼ぶよりは……」
「両家の関係を保つための道具、だね。『繋ぎ手』は名家の生まれで、自分の意思は関係なく許嫁を決められた上に名家の家の子として相応しくなるように厳しい教育を受けてきた。
そしてあの夜、彼らは『繋ぎ手』に許嫁に対してその身を捧げるように言ったんだよ」
「その身を捧げるようにって……」
「ああ、まだ7歳くらいだった彼女に対して許嫁との性的な行為を強制したのさ。それで、流石に限界が来ていた『繋ぎ手』の中にボクが生まれて、能力を使って彼らの感情を狂わせた。
その結果、この人は自分の息子に奥さんを盗られた上に『繋ぎ手』の父親だった人とは険悪になり、こうしてかつての生活とは比べ物にならない程に慎ましやかな生活をしているわけだ」
「そんな事が……」
少年達が俯く中、男性は両手を固く握り込みながら辛そうな表情を浮かべた。
「……君が言っていたまた誰かを不幸にするというのはこういう事だったんだな……」
「ああ。思い出せないままで結婚をしても、また自分の子供だけを優先して相手の子供に辛い思いをさせてしまう。実際、また許嫁を見つけようとしていたからね」
「そうだな……」
「だけど、今の貴方はもうあの頃とは違うようだ。どうにか踏みとどまって思い出せたようだし、過去をしっかりと悔いている。『繋ぎ手』が貴方を許せるかはわからないけど、話を聞いたら会ってみるだけなら良いかもしれないと思ってくれるかもね」
「……君は彼女の居場所を知っているのか?」
「知っているよ。ただ、ボク自身もまだ彼女には会わない。貴方の息子だった少年の行いについてやらないといけない事があるからね」
「行いって……ソイツが今何かやってるのか?」
少年の問いかけに『救い手』は静かに頷く。
「ああ。ボクも聞いただけだが、どうやら様々な犯罪に関わっているようだ。だから、それをどうにかするまでは『繋ぎ手』には会わない。会っても良いのだけど、その件を済ませてからの方が彼女としっかり向き合えるだろうからね」
「そうか……」
「そういえば、『巡逢袋』の注意点って破っていたらどうなっていたの?」
「中を覗いていたら、大量の匂いを直に浴びて、廃人になっていたよ。因みに、中に入っているのは、特別な香木の欠片だから見ようとしても特に意味はないよ」
「ああ、わかった。わざわざ来てくれて本当にありがとう」
「どういたしまして。それじゃあ──」
「……あ、待ってくれ。少しだけお願いしたい事があるんだ」
男性の呼び止めに『救い手』は足を止めると、落ち着いた様子で振り返る。
「なにかな?」
「君に対してこんな事を言うのはあれなんだが、三つお願いしたい事があるんだ」
「三つか……因みに、それは何なのかな?」
「まずは一つ、君が彼女に会う時には私も同行させてほしい。謝って済む問題じゃないけれど、ちゃんと会って謝りたいんだ。次に二つ目、会えたらで良いんだが、彼女の父親にも同じようにチャンスを与えてほしい。あれ以来会ってはいないが、同じように過去の記憶を失ったままでいるはずだ。だから、もしも縁のある道具がいたなら、彼に会って同じように思い出して過去を悔いるかどうか試してあげてくれ」
「なるほど……それで、最後は?」
「……ウチのバカ息子を止めてやってくれ。本当は父親の私がどうにかすべきだが、妻と離婚をしている上に当主の座すらも追われている今の私では会う事すら難しいし、私の力ではアイツを止める事は出来ない。まことに情けない話だが、どうか頼む……」
「止めるのは良いけど……生死は問わなくて良いんだよね?」
「えっ……!?」
「『救い手』、お前は一体何を……!?」
少年達は驚いたが、男性は哀しそうな顔で静かに頷いた。
「やむを得ないならば仕方ない。本音を言えば、生きて罪を償ってほしいが、その意思すらなくえまだ犯罪を犯そうとするのならば遠慮なくやってほしい。君にその重荷を背負わせるのはとても心苦しいけどね」
「そのくらい大したことはないさ。では、今度こそボク達は行くよ」
「ああ、わかった。こんな事を言えるような立場じゃないが、気をつけて帰ってくれ」
「お気遣い痛み入るよ。ではね」
そして三人が去っていった後、男性は懐に入れていた『巡逢袋』を取り出してジッと見つめた。
「……人生とは本当に何があるかわからないものだな。けれど、こうしてやり直すチャンスを貰えたのなら、後は頑張るだけだ」
「そうですね。お互いに過去と向き合って、大切にしたい相手が出来たのなら、後はそのまま進むだけですから」
「そうだな。よし……それでは私達も帰るとしよう」
「はい」
「はい!」
少年達が返事をした後、男性は嬉しそうに微笑んでから二人と一緒に歩き始めた。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、また次回。




