第10話 夢枕 前編
どうも、伊達幸綱です。それでは、早速どうぞ。
「ふんふんふふーん♪」
様々な種類の道具が並ぶ『不可思議道具店』の店内で、エプロンをつけた少女ははたきを手にしながら鼻歌交じりに店内の道具達を見て回っていた。そして、一通り廻り終えると、少女は満足げに頷く。
「……うん、今日もみんな元気みたい。それに、ここにはいない子達からも元気だっていう報告をもらったし、今のところ不安に思う事は無いかな」
独り言ちながら少女が店内を見回していたその時、店奥に繋がる扉を開けて店主の女性が店内へと入ってきた。
「お疲れ様。今日も道具達は大丈夫そう?」
「御師匠様。はい、みんな元気みたいです」
「……そう、それはよかったわ。私は道具は作れても声までは聞こえないから、それについては貴女任せになるのよね。道具の効果や注意点も作った時になんとなくわかる程度だし、本当に助かってるわ」
「えへへ、そんな事無いですよ。私だって道具の声が聞こえても気味悪がられないどころか力になれてるわけですし、ここに置いてもらえて本当に助かってるんです」
「まあ、私もそうだったけど、周囲とは違う何かを持つ人っていうのは、たいていは気味悪がられたりそれを利用しようとする人に近づかれたりするからね。
ここなら、道具と縁がある人か道具の所持者、それかよほど力の強い人くらいしか来れないし、そういう目で見る人も中々いない。その分、私達にとっては過ごしやすい環境と言えるわね」
「ですね」
二人がそんな事を話していたその時、少女は何かに気づいたように入り口の方へと視線を向けると、その様子に店主の女性はクスリと笑う。
「もしかしてお客様?」
「そうみたいです。とりあえず、お迎えに行ってきますね」
「わかったわ。それにしても、今回はどの道具と縁がある人かしらね?」
「うーん……なんだか壁際の棚の子も反応してたみたいですけど、ハッキリとはわからないです。ひとまず行ってきますね」
「ええ、行ってらっしゃい」
手を振りながら微笑む店主の女性に見送られながら少女は入り口から外に出ていったが、それから間もなく一人の女性を連れて店内へと戻ってきた。
「御師匠様、お連れしました」
「うん、ありがとう。いらっしゃいませ、お客様。ここは『不可思議道具店』という店で、私が作った様々な道具を扱っております」
「道具屋さん……あの、私は道を歩いていたらいつの間にかこの辺りに来ていたんですけど、ここってどこなんですか?」
「ここは現世とは隔絶された場所です。なので、普通の方は中々来る事は出来ませんが、この店を出てそのまま歩いていけば、迷い混んだ場所まで戻る事は出来ますよ」
「……そうなんですね。それなら少し安心かも」
客である黒い長髪の女性がホッと胸を撫で下ろしていると、少女はにこにこと笑いながら女性に話し掛けた。
「ところで、お客さん。何かお悩みとかはありませんか?」
「悩み……強いて言うなら、中々眠れない事かな。仕事が忙しくて毎日疲れて帰ってくるんだけど、いざ寝ようとしても中々寝付けなくて……今日だって久しぶりの休みだと思ってどうにか寝てみようとしてみても中々寝付けなかったから、気分転換に散歩に来たわけだし……」
「なるほど……それなら、ピッタリな道具がありますよ」
「え、そうなんですか?」
「ええ、もちろん」
店主の女性は返事をしながら少女に目配せをすると、少女は合点がいった様子で微笑みながら頷き、店内を歩き始めた。そして、棚に置かれていた商品の内の一つを手に取ると、二人の元へと戻ってきた。
「御師匠様、この子ですよね?」
「ええ、そうよ。ありがとう」
「これは……枕、ですか? カバーは桜柄で綺麗ですけど、枕を変えただけで眠れるようになるとはとても……」
「ふふ、大丈夫ですよ。これは夢枕という物で、これに頭を載せて目を瞑ると、一瞬の内に眠りにつき、特定の夢を見る事が出来るのです」
「特定の夢……?」
「はい。満開の桜の中を歩く夢で、その夢の中では自分が今一番会いたい人と会う事が出来るようです。因みに、その夢を見なくても良いと思った時は、眠る前に枕に夢を見せなくても良いと予め言っておけば大丈夫です」
「そうなんですね……あの、その人って亡くなってる人でも大丈夫ですか?」
その女性の質問に店主の女性は静かに頷く。
「はい。この子も一度体験したようですが、亡くなっている方でも夢には出てくるようで、簡単に説明するなら、会いたいと思った方の魂を夢の中へとお連れし、現実で話しているのと同じように話す事が出来るようです」
「そうなんですね……」
「……もしかして、お姉さんは誰か亡くなった人に会いたいんですか?」
「……うん、ちょっとね。あの、この枕ってお幾らですか?」
「この枕であれば──このくらいでしょうか」
どこからか取り出した電卓を使って店主の女性が『夢枕』の値段を答えると、黒髪の女性は驚いた様子を見せた。
「え……こんなに安くて良いんですか?」
「はい、問題ありませんよ」
「……わかりました。この枕、頂きますね」
「お買い上げありがとうございます。それでは、『夢枕』を扱う上での注意点をお教えしますね。この枕は今つけているカバーを好むようなので、この枕を使って眠る際は他のカバーを使わないようにして下さい」
「他のを使うと何かあるんですか?」
「ちょっとヘソを曲げて怖い夢を見せてくるみたいです。因みに、消臭スプレーの香りは好きみたいなので、遠慮無くかけてあげて大丈夫で、カバーも洗濯機で洗うだけで問題ないですよ」
「なるほどね。他に注意点はありますか?」
「いえ、そのくらいです」
「わかりました」
黒髪の女性は頷いた後、『夢枕』の代金を店主の女性へと支払い、それを受けとると、店主の女性は微笑みながら軽く頷く。
「はい、ちょうど頂きました。レシートは必要ですか?」
「あ、大丈夫です。さて……それじゃあ私はそろそろ失礼しますね。早速この枕で眠ってみたいですから」
「畏まりました」
「その子で眠った次の日にここに来られる場所の近くまで来たら、どこを通ればここに来られるかわかるようになってるので、また是非いらしてくださいね」
「うん、機会があったらそうさせてもらうね。それでは」
そして、黒髪の女性は二人に向かって一礼をした後、入り口のドアを開けてそのまま外へと出ていった。
「今回は『夢枕』と縁がある人だったかぁ……御師匠様、あのお姉さんよく眠れると良いですね」
「そうね。さて、それじゃあ私もそろそろ作業場に戻ろうかしら」
「わかりました。それじゃあ私はお店の前の掃除をしてきます」
「ええ、よろしくね」
「はい!」
少女が元気よく返事をし、そのまま店の外へと出ていくと、店主の女性はその様子を微笑ましそうに見送ってから店奥に繋がる扉に向かって歩き始めた。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、また次回。