第92話 巡逢袋 前編
どうも、伊達幸綱です。それではどうぞ。
「はあ……今日も疲れるな」
良く晴れた青空が広がる中、とある工事現場では一人の作業着姿の男性が缶コーヒーと菓子パンを手にため息をついていた。すると、そこに楽しそうに話をする少年と少女がゆっくりと近づき、少年は男性の姿に気づくと、にこりと笑いながら話しかけた。
「あ、お疲れ様です」
「ん……ああ、お疲れ様。今日も二人で昼食かな?」
「はい。毎回ここまで来てもらうのは申し訳ないんですけど、彼女も色々話したいというので」
「そうか……そうやって愛する相手がいるのは良い事だな。私も以前は妻も子もいたんだが、離婚してからは一切会っていないよ」
男性が哀しげに言うと、少女は心配そうな顔をする。
「離婚って……何が原因だったんですか?」
「……妻の不義理さ。こう見えて私も妻もそこそこ名のある家の生まれで、妻とはお見合いで幾度かデートを重ねて結婚し、それから数年後に同じように名のある家同士でお見合いをして結婚をした夫婦とも繋がりが出来た。
だが、まだ幼かったはずの息子が妻やその夫婦の奥方といつの間にか男女の関係になっていた上に少し前に子供までこしらえていて、これもいつからかわからないんだが、その夫婦の旦那とも関係が悪くなっていた事で私はその夫婦との関わりも絶ち、妻とも不義理を理由に離婚をして、今は安アパートに一人で暮らしているんだ」
「そんな事が……」
「いわゆる転落人生という奴さ。実家からも自分の子供に連れ合いを盗られるような情けない男などもう息子ではないと勘当され、それからも良縁には恵まれずに独り身で、こうして工事現場のアルバイトで繋いでいるんだよ」
「そうだったんですね……でも、また誰かと結婚はしたいと思ってますか?」
「相手がいるなら今度こそちゃんと相手を見て結婚したいと思っているが、相手がいないとなるとな……」
男性がため息をつき、少年と少女が心配そうに顔を見合わせていたその時だった。
「やあ、君達。今日も精が出るね」
「ん……ああ、お前達か」
突然聞こえてきた声に少年が顔を向けて笑みを浮かべると、そこには『救い手』とコピー兄妹の姿があり、少女も嬉しそうに三人を見る中、男性だけはポカンとしながら三人を見ていた。
「この子達は……いや、君だけは何故か見覚えがあるな。だが、一体どこで……」
「見覚えが……『救い手』、もしかしてこの人も?」
「……そうだね。彼も君と同じで記憶を一部だけ残されているようだ。まあ、それは良いとして……さっきから何かを話していたみたいだけど、何かまた悩みでも出来たのかな?」
「俺達じゃなく、この人なんだけどな。中々良縁がないっていう話をさっきまでしてたんだよ」
「良縁……つまり、誰かとの縁結びが出来れば良いのか。『救い手』、誰か良い道具はいるか?」
「……いるよ」
『救い手』はいつになく暗い目をしながらリュックサックを探ると、中から小さな袋を取り出した。
「袋……だが、何か良い匂いがするし、これは匂い袋か?」
「……これの名前は『巡逢袋』といって、普通の人ならばただの良い匂いとして認識するが、所有者にとって良き関係になる相手には忘れられない匂いとして認識され、その後も匂いに誘われて所有者とは度々出逢う事になるという物だ」
「そんな物があるのか……」
「……そしてこれは貴方にプレゼントしよう。大切にしてあげてくれ」
「え、良いのか?」
「ああ。ボクの役目は道具を縁者と引き合わせる事だからね。ただ、注意点があるから、それは守って欲しい」
「注意点……」
受け取った『巡逢袋』を見ながら男性が呟くと、『救い手』は静かに頷く。
「そうだ。どんな物が入っているか気になっても、絶対に中を見ようとしてはいけない。それを無視したら大変な事になるからね」
「大変な事……わかった、それは守る事にしよう」
「ああ。それと、一つだけ忠告をしておくよ」
「忠告?」
「……珍しいな。俺の時は忠告なんてなかったのに……」
「まあ、君の場合はする必要はなかったからね。だが、貴方の場合は違う。消えた貴方の過去を知る者として、これだけは言っておきたいんだ」
「消えた過去……やはり、君は私と昔会った事があるのか?」
「……正確にはボクではないけどね。そして、忠告だが、『巡逢袋』で良縁に恵まれたとしても過去の記憶について思い出すまでは結婚はしない方がいい。そうじゃないと、また貴方は誰かを不幸な目に遭わせるだろうから」
静かに言う『救い手』の目には怒りの色が見え、その目に男性は体を震わせる。
「私が誰かを不幸に……」
「貴方の視点では、自分ばかりが不幸になったと思っているだろうけど、貴方はある人達と一緒にとてもつまらない考えである一人の少女の人生を壊そうとした。そのつまらない考えを思い出さない限り、貴方はまた同じ事をするとボクは思っているよ」
「だ、だが……それはどうすれば思い出せるんだ?」
「……それはボクにもわからないし、わかっていても教える気はない。自分で思い出さなければ意味はないからね」
「お姉ちゃん……」
「それでは、ボク達はそろそろ失礼するよ。元々、二人の顔を見に来ただけだからね。二人とも、また会いに来るよ」
「あ、ああ……三人とも気を付けて帰れよ?」
「ああ、ありがとうな」
「それじゃあまたね」
そして『救い手』達が去っていく中、男性は『巡逢袋』を持ちながら哀しげな表情を浮かべた。
「私が誰かを不幸に……」
「突然言われても信じられないと思いますけど、アイツらの言ってる事は間違いないですよ。俺も同じようにある兄妹を不幸にさせた事を忘れていましたけど、結果としてその事を思い出せましたから」
「そうか……」
「だけど、俺達もどうすれば思い出せるかはわかりません。だから、少しずつ思い出すしかないですよ」
「……そうだな。彼女のあの目には私に対しての怒りと拒絶の色が見えた。それなのに、忘れたままなのはやはり良くない。どうにかして思い出してみせるよ」
男性の表情が明るくなり、少年と少女も安心したように顔を見合わせる中、『巡逢袋』はそれを静かに見守っていた。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、また次回。




