第9話 追憶珠 中編
どうも、伊達幸綱です。それでは、早速どうぞ。
青白い月が昇る夜、老年の女性は自室で畳の上に布団を敷いていた。
「よいしょ……と。ふぅ、やっぱり年は取りたくないものね。こうして布団を敷くだけでも疲れてしまうし、腰も痛くなってしまうわ。でも、自分で動ける間は、やっぱり動いていたい。誰かにお願いするのも良いけど、まだ動けるのに動かずにいたらその方が気が滅入りそうだものね」
独り言ちながら布団を敷き終え、額に軽く浮かんだ汗を拭っていた時、ふと机の上に置かれた巾着袋が目に入り、老年の女性は机に近づき、巾着袋を開けた。
「……そういえば、日中に不思議な女の子からこれを貰ったんだったわね。たしか……『追憶珠』と言ったかしら? これを額に当てながら過去の思い出を思い浮かべると、この中に思い出が入り込んで、いつでもその時の記憶を鮮明に見られるとあの子は言っていたけれど……せっかくだから、ちょっと試してみましょうか」
老年の女性は頷いてから中に入っていた『追憶珠』を一つ取りだし、額に静かに当てながら幾つかの思い出を思い浮かべた。
そして、『追憶珠』を額から離してから、静かに握り締めると、女性は驚いたように目を大きく開いた。
「うそ……あの人との思い出が次々と出てくるわ。初めて会った時や好きになるきっかけの出来事、結婚前に行った思い出の場所に結婚してからの色々な出来事が──ああ、そうだったわ。ここの部分、少し曖昧になっていたけれど、たしかにこの時はそうだったわね……」
『追憶珠』の力で次々と思い出される出来事の数々に老年の女性は懐かしさや嬉しさから涙を流し、『追憶珠』に記憶させた出来事をしばらく楽しんだ。
そして、それらが終わると、女性はふぅと満足そうに息をつき、手を開きながら『追憶珠』に優しい視線を向けた。
「……本当にすごい物なのね、これは。見た目はただのビー玉なのに、私が曖昧になっていたり思い出せていなかったりした出来事まで思い出させてくれるなんて……この『追憶珠』と出会わせてくれたあの子には感謝しかないわ。
けれど、もしかしたら私がこの『追憶珠』の事を思い出せなくなる時もあるわよね……世の中、何が起こるかわからないのだし、何か良い方法があると良いのだけど……」
『追憶珠』を見ながら考えていたその時、老年の女性は名案を思いついた様子で嬉しそうに微笑んだ。
「そうだわ……あの子との出会いも『追憶珠』に記憶してもらいましょう。そうすれば、何も覚えていない時でも『追憶珠』を握り締めれば全部思い出せるものね。そうと決まれば、早速やってしまいましょう」
老年の女性は微笑みながら別の『追憶珠』を手に取り、日中の出来事を記憶させ始めた。そしてそれが終わると、『追憶珠』を巾着袋にしまい、部屋の電気を消して嬉しそうな様子で眠りについた。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、また次回。




