第9話 追憶珠 前編
どうも、伊達幸綱です。それでは、早速どうぞ。
「……今日も良い天気ねぇ」
昼下がり、一軒の民家の縁側で老年の女性が座布団に座りながら穏やかな表情を浮かべていた。女性は近くから聞こえる鳥の囀りや子供達の楽しそうにはしゃぐ声を聞きながら傍らに置かれた湯飲み茶碗からお茶を一口飲むと、ほうっと息を漏らした。
「平和なのは良い事だけど……やっぱりお父さんが亡くなってからというもの、張り合いがなくて困るわね。
あの人がいた頃は喧嘩もよくしたけれど、それ以上に一緒にどこかに行ったり美味しい物を食べたりした。でも、亡くなって話す相手が減ると、やっぱり寂しいものね。
娘達や孫とも話はするけど、やっぱりどこか物足りない感じがするのよね。はあ……何か良い方法でも無いかしら?」
女性が寂しそうにため息をついていたその時だった。
「お婆さん、こんにちは」
「あら……?」
突然聞こえた声に女性が顔を上げると、そこにはにこにこと笑いながら女性を見つめる少女の姿があった。
「あなたは……えーと、前にどこかで会った事があったかしら?」
「いえ、今日が初めましてです。この辺をぶらぶらしていた時にお婆さんの姿を見かけて、ちょっとお話がしたいなと思っておじゃましたんです」
「そうだったのね。孫以外の若い子と話す機会も中々無いから、なんだか嬉しいわ」
「そう言ってもらえて嬉しいです。ところで、お婆さん。なんだか寂しそうにしていましたけど、何かあったんですか?」
「……ああ、それなんだけどね」
女性がため息をついていた理由を話すと、少女は一瞬哀しそうな表情をしたが、すぐに微笑みながら女性に話しかけた。
「なるほどです。だったら、この子がお役に立てるかもしれませんよ。ちょうど自分の存在を主張してきてましたし」
「この子……?」
女性が首を傾げる中、少女は肩に掛けていたポーチのチャックを開けると、中から数個のビー玉を取り出した。
「ビー玉……」
「そうです。これは『追憶珠』という物で、この子をおでこにつけながら過去にあった出来事を頭の中に思い浮かべると、それがこの子の中に入っていきます。
そして、思い出したい時にこの子を握り締めると、この子に記憶させた出来事を初めから最後まで追体験出来るんです。
因みに、この子には幾つも思い出を記憶させられますし、どの触れさえすればどの子にどんな思い出を記憶させたかもすぐにわかる上、自分ではあやふやになってる出来事でもこの子なら正確に思い出させてくれますよ」
「あら……それはすごいわねぇ。最近のビー玉というのは、そんな事まで出来るの?」
「いえ、これは私の御師匠様が作った物で、私はそういった道具を縁のある人と出会わせる橋渡し役なんです」
「そうなのね。ふふ、若いのにあなたはすごいお仕事をしていて偉いわね」
「いえ、そんな事は無いですよ。これが私に出来る事ですし、こうやって色々な人と出会えるのも楽しいですから。それで、お婆さん。この『追憶珠』はお婆さんにプレゼントしますよ」
「あら、そんなの良いわよ。そんなにすごい物なのに、ただで頂いちゃうのはなんだか悪いわ」
女性が申し訳なさそうに断ったが、橋渡し役の少女は静かに首を横に振る。
「いえ、もらっちゃってください。それがこの子の望みですし、私もお婆さんにもらってほしいと思っていますから。本当は亡くなった旦那さんとまた出会わせてあげたいんですけどね……」
「ふふ、それこそ本当に申し訳ないわ。初対面のあなたにそこまでしてもらうわけにはいかないもの。それじゃあお言葉に甘えて、このビー玉はありがたく頂くわね」
「はい。それと……ちょっと注意点があって、この子の中に思い出を記憶させた場合、絶対に割らないようにして下さい。
もし、何か割ってしまいそうな時には、その前にこの子を額に当てて思い出が戻ってくるように願えば、この子の中からお婆さんの中へと正確な思い出が戻ってくるのでそうするようにして下さい」
「ええ、それは良いけれど……割ってしまうと何かあるの?」
「はい、大変な事になります。なので、使わない時は一緒にお渡しする巾着袋の中に入れておいて、大切に保管して下さい。巾着袋の中に入れておけば、どんな事があっても、割れる事はありませんから」
「わかったわ。誰だって大変な事にはなりたくないものね」
「そうですね。それじゃあ、お渡ししますね」
そう言いながら少女が『追憶珠』と保管用の巾着袋を渡していると、家の中から女性を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あら……娘が呼んでるみたい。ごめんなさい、本当はもっとお話ししたいけど、ちょっと行ってこないといけないわ」
「いえ、お気になさらず。それじゃあ、私もそろそろ失礼します。お話が出来て楽しかったです。ありがとうございました」
「ううん、私こそ楽しかったわ。どうもありがとう」
「いえいえ。では」
そう言って少女が立ち去った後、女性は手の中にある『追憶珠』に視線を向ける。
「……あの人との思い出を記憶させられるビー玉。なんだか不思議な物だけど、あの子が嘘をついてるようには見えなかったし、せっかく頂いたのだから、ありがたく使わせてもらいましょうか。もう会えない分、思い出の中だけでもあの人との楽しかった時間をまた味わいたいものね」
女性は『追憶珠』を軽く撫でてから巾着袋の中に入れた後、自分を呼んだ家族の元へと向かった。
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それでは、また次回。




