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不可思議道具店  作者: 伊達幸綱
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第8話 クロノスクロック 後編

どうも、伊達幸綱です。それでは、早速どうぞ。

「……ふう、今日も良い天気だなぁ」


 ある日の昼下がり、公園のベンチに座りながら一人の男が小さく呟く。その傍らには黒い置時計があり、男はその置時計をチラリと見ると、置時計を軽く撫でながら笑みを浮かべる。


「この『クロノスクロック』を手に入れてからというもの、探偵の仕事の失敗はゼロになった。たとえ、現場に証拠が残されてなくてもコイツで過去の様子を視ればそこにいたのが誰かわかるから、後はそこから真相を突き止めていけばいいし、未来を視る事で助かった時も何度かある。

 本当にこの道具は俺みたいな探偵や刑事にはピッタリな物だよな。時間を支配してるわけだから、実際に起きた事はもう誤魔化しようがないし、これから起きる事も事前に対処出来る。ほんと、これと出会えたのは幸運だったな」


 そう言ってから撫でるのを止め、探偵の男が静かに空を見上げていたその時、スーツのポケットに入れていた携帯電話がぶるぶると震えだした。

 男は落ち着いた様子で携帯電話を取り出し、通話ボタンを押して何者かと数分程度話した後、携帯電話をポケットにしまってから『クロノスクロック』に手を伸ばした。


「さて、仕事の依頼が入ったし、そろそろ行くか。という事で、今日もお願いしますよ、神様」


 探偵の男は『クロノスクロック』をポケットにしまうと、ベンチからスッと立ち上がり、公園の入り口へ向けてゆっくりと歩き始めた。それから数時間後、探偵の男は一軒の屋敷の一室で顎に手を当てながら小さく唸っていた。


「うーん……死体が見つかったのはこの部屋だけど、血痕も争った後もない。そして、被害者以外にここに来た人もいないと言っていた。本当ならここで諦めたいところだけど、俺には最高の助っ人がいるからな。よし……それじゃあ早速ここで何があったのかを視てみよう」


 探偵の男はポケットから『クロノスクロック』を取り出し、慣れた様子でサイドテーブルに置くと、針を指でつまみ、逆向きにゆっくりと回し始めた。そして、この部屋で起きた出来事が目の前で逆回しで再現されるのを見ながら笑みを浮かべていたその時、部屋のドアをコンコンとノックする音が聞こえ、探偵の男が不思議そうに首を傾げていると、ドアの向こうから女性の声が聞こえてきた。


「探偵さん……少しお話したい事があるのですが、よろしいですか?」

「お、奥さん……!? あ、いえ……今はちょっと……」

「今すぐお話ししたい事なのです。捜査中だとは思いますが、少し失礼しますね」

「え……いや、ちょっと待っ──」


 探偵の男は慌てて制止したが、ドアノブはゆっくりと回され、男がもうこれまでかと諦めかけたその時だった。


「奥様、よろしいですか?」


 ドアの向こうからそんな声が聞こえ、探偵の男が静かに開けていると、ドアの向こうにいる女主人の少し戸惑ったような声が聞こえてくる。


「あ、あなたは……えーと、ごめんなさい。今混乱しているからか名前がすぐに出てこないわ……」

「それは構いません。それより、刑事さんが奥様に聞きたい事があるとの事でしたので、応接間へ御戻り下さい」

「刑事さんが……ええ、わかったわ。申し訳ありません、探偵さん。すぐに戻りますので少々お待ちくださいね」

「あ……はい、わかりました」


 探偵の男がホッとしながら答えると、応接間へと向かう女主人の足音が遠ざかっていき、一瞬静寂に支配された後、再びドアをコンコンとノックする音が男の耳に届いた。


「……探偵のお兄さん、今の内にその子の針を元の時間に戻してください。あの人が戻ってきたら今度こそ誤魔化せないと思うので」

「あ、ああ」


 ドアの向こうから聞こえる声に従い、探偵の男は『クロノスクロック』の針を元の時刻へと戻した。すると、ドアがゆっくりと開き、一人のメイドが中へと入ってきた。


「……危ないところでしたね、探偵のお兄さん。あのままだったら、その子の力で大変な事になってましたよ」

「ああ、たしかにそうなんだけど……君はどうしてこの置時計の事を?」

「……ああ、この姿じゃわからないですよね」


 その瞬間、メイドの姿が蜃気楼(しんきろう)のように揺らぎ、それに対して探偵の男が驚いている内にその人物はセーラー服姿の少女へと姿を変えた。


「ふぅ……お久しぶりです、探偵のお兄さん」

「君は『クロノスクロック』をくれた子じゃないか。どうしてここにいるんだ?」

「その子からメッセージが届いたんです。お兄さんが悪いわけでもないのに、大変な事態になりそうだから来てほしいって。なので、怪しまれないように姿を変えて助けに来たんです」

「そうだったのか……でも、どうして『クロノスクロック』は俺の危険を君に報せてくれたんだ?」

「この子、お兄さんが自分を大切に扱ってくれたり仕事終わりにはまるで同じ人間のようにお疲れ様って言ってくれる事を嬉しく思ってるみたいで、そんなお兄さんが自分の力で大変な目に遭うのは嫌だったようです」

「そうか……因みに、あのままだとどうなってたんだ? 今回は針を戻してたんだけど……」


 探偵の男が恐る恐る訊くと、橋渡し役の少女は哀しそうな顔をしながらそれに答える。


「針を戻してる状態で誰かが入ってくると、その部屋にいた人は全員時を巻き戻されて生まれたての赤ちゃんになってしまい、進めてる状態だと急速に老化して最後は風化して消えちゃうんです」

「そうなのか……」


 少女の言葉を聞き、探偵の男が表情を暗くしていると、少女は哀しそうな顔をしたまま男に話しかけた。


「……お兄さん。お兄さん的にはもうこの子に関わりたくないと思いますか?」

「え……?」

「私、渡した道具の回収もしてるんです。だから、お兄さんがこの子と関わるのが怖いと思うなら、回収して帰りますけど、どうしますか?」

「回収……コイツとの別れ、か……」


 探偵の男は顎に手を当てながら俯いたが、すぐに顔を上げると、微笑みながら首を横に振った。


「いや、それは良いよ。たしかに今回は危なかったけど、これから俺が気をつければ良いだけだ。それに、この『クロノスクロック』は俺にとってもう相棒みたいな感じでさ、別れるっていうのは考えられない。だから、回収はしなくて良いよ」

「……わかりました。それじゃあ、私はこのまま帰りますね」

「ああ。余計なお世話かもしれないけど……気をつけて帰ってくれよ」

「はい、もちろんです。お兄さん、これからもその子の事をお願いします」

「ああ、任せてくれ」


 その言葉に微笑んだ後、橋渡し役の少女は静かに部屋から出ていき、程なくして女主人の物と思われる足音が近づいてくるのが聞こえ始めた。


「さて……奥様が戻ってくるみたいだし、今度はその対応を頑張るか。神様──いや、相棒。今回は俺の不注意で大変な事態になりかけたけど、これからは気をつけていくから、今度ともよろしくな」


 探偵の男の言葉に『クロノスクロック』は何も答えなかったが、それでも男は満足そうに頷き、女主人が戻ってくるのを『クロノスクロック』と共に静かに待った。

いかがでしたでしょうか。

今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。

それでは、また次回。

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