第8話 クロノスクロック 中編
どうも、伊達幸綱です。それでは、早速どうぞ。
「……ふぅ、書類仕事もこれで終わりだな」
夕方頃、探偵の男性は机の上に置かれている何枚もの書類を見ながら独り言ちる。室内には男性以外に誰もおらず、その静まり返った空気に男性は暗い表情でため息をつく。
「はあ……みんな帰ったけど、俺だけ残ってまだ書類仕事ってなんか辛くなるな。まあ、一人は一人で落ち着くし、こういう形でも役に立てるのは良い事だよな。さて……今は何時頃かな……」
そう言いながら時間を確認しようとしたその時、探偵の男性の視界に机の上に置かれた『クロノスクロック』が入ってきた。
「この時計……そういえば、『クロノスクロック』とか言ったよな。これをくれた子の話だと、針を戻せばこの場の過去が、進めれば未来が視えるって言ってたけど、部屋を俺だけにして完全に扉や窓を閉めきった状態じゃないといけないようだから、まだ試してないんだよな」
『クロノスクロック』を一撫でした後、探偵の男性は室内を軽く見回す。
「今は……うん、俺しかいないし、せっかくだから試してみるか。えっと、それじゃあ……なんとなくだけど、ここの朝からの出来事を視てみよう。一応、俺は早く来てる方だけど、所長や先輩の何人かはそれよりも早く来てるしな」
ワクワクしながら独り言ちると、探偵の男性はドアや窓を閉め始め、席に戻ってから『クロノスクロック』の針に指を掛け、逆方向にゆっくりと針を戻し始めた。
すると、映像を逆再生するように閉めていたはずのドアをすり抜けながら事務所に所属する探偵や事務員達が姿を現し、その光景に探偵の男性は目を丸くした。
「す、すごい……! 目の前に本当に所長達がいて、今日あった事を逆向きに再現してるみたいだ。えっと……それじゃあこのまま朝の6時まで戻してみるか」
そう言いながら針を戻していき、午前6時になったところで止めると、針が動き出すと同時に目の前の光景も通常通りに動き始め、室内にいた所長は席に座りながら眠たそうに欠伸をした。
『ふわぁ……今日も眠い。それにしても、アイツはどうやったら他の奴みたいに活躍出来るかな……観察力や洞察力は悪くないんだが、どうにも尾行や張り込みが苦手なようだし、そこをどうにかしてやれば良いのか……?』
「……所長、いつもこんな事を考えてたのか」
『それか、その場で起きる事を自在にわかるようになっていたら尾行や張り込みなんてしなくても良いんだが……まあ、そんな事はありえないか』
「……それがありえてるんですよ、所長」
探偵の男性がクスクスと笑いながら言っていた時、ドアをすり抜けて一人の女性が室内へと入ってきた。
『所長……あの、ちょっとお願いが……』
『うん、何かね? もしや……朝から我慢出来なくなったかな?』
「朝から我慢……? え、おいおい……まさか所長と事務員のこの子って……!?」
『……はい。お恥ずかしい話なんですがその通りでして……』
『はっはっは、仕方のない子だ。良いだろう、後は場所を変えて……ね?』
『はい……よろしくお願いします……』
事務員の女性が顔をほんのり赤くしながら部屋を出ていくと、それに続いて期待したような笑みを浮かべる所長も部屋を出ていく中、目の前で行われていた出来事に探偵の男性は呆気にとられていた。
「……なんだか視ちゃいけない物を視ちゃったな。というか、所長って奥さんと娘さんがいたし、あの子って娘さんと同じくらいの歳だったような……うん、今のは視なかった事にしよう。
それにしても……この時計、本当にすごいな。制限こそあるけど、今みたいに隠れてやっていた事もわかるし、事件の前後によっては阻止もスピード解決も自由自在だから、俺でも先輩達みたいに活躍出来るもんな」
そう言いながら探偵の男性は針を現在時刻へ戻すと、ドアや窓を軽く開けてから、『クロノスクロック』を持ち上げ、表面を再び一撫でした。
「思わぬ出会いだったけど、本当に良い出会いになったな。お前から見たら、頼りない所有者かもしれないけど、色々お世話になる分、手入れや取り扱いには気を付けるから、改めてこれからよろしくな」
探偵の男性の言葉に『クロノスクロック』は何も答えなかったが、返事の代わりに窓から射し込んできた夕日を反射してキラリと光った。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、また次回。