第74話 ハーモニーマンドラゴラ 後編
どうも、伊達幸綱です。それではどうぞ。
「さーてと、早く帰らないとなぁ……」
夕方頃、ランドセルを背負った少年は楽しそうに通学路を歩いていた。その表情に陰りはなく、帰宅を楽しみにしているのが誰の目から見てもはっきりとわかる程だった。
「『ハーモニーマンドラゴラ』が来てくれてから毎日がすごく楽しいな。家に帰っても誰もいなくて寂しかったのが、今では帰ってから水をあげて歌ってみてもらったり引っこ抜いて一緒に家の中を歩いてみたりする楽しみが出来たから、帰るのも苦じゃない。
まあ、まだあの子が人間の裸の女の子に見えて目のやり場に困っちゃう時もあるけど、いつかあの子に着せる服を作ってあげるのも良いなぁ。ふふ、家に帰ったらちょっと採寸してみようかな」
楽しそうに独り言ちながら少年が歩き、数分後に家のドアの鍵を開けようとした時、鍵が開いている事に気づき、少年は不思議そうに首を傾げた。
「あれ……開いてるなんて珍しいな。どっちか帰ってきたのかな?」
不思議に思いながらドアを開けると、そこには両親の靴はなく、リビングへ向けて黒い靴の足跡が点々とついていた。
「え……な、なにこれ……! と、とりあえず足音を立てないようにしながらリビングに行かないと……」
少年は足音を潜めながらゆっくりと歩き、物音が聞こえてくるリビングの様子をドアの陰からこっそり窺うと、そこには見知らぬ男性の姿があり、その手には『ハーモニーマンドラゴラ』があった。
「あっ……ど、泥棒!」
思わず叫んでしまい、少年は慌てて口を塞いだが、空き巣にその声は聞こえてしまっていたため、空き巣はゆっくり少年に顔を向け、忌々しそうに舌打ちをした。
「ちっ……ガキに見られたか。まあいい、とりあえず殺しちまえば問題はねぇからな」
「こ、殺すって……ぼ、僕を……!?」
「当たり前だろ。さあ……大人しく殺されろや」
空き巣は『ハーモニーマンドラゴラ』を傍に放り投げ、懐から取り出したナイフを持ちながら少年に近づき、少年は恐怖から一歩も動けずにいた。
しかし、その目の前にあるモノが立ちふさがった事で空き巣は足を止め、少年はそれを見て驚く事となった。
「……え、『ハーモニーマンドラゴラ』……?」
「なんだ、その裸のガキは? 足が根っこみてぇになってきもちわりぃが、珍しいもんだろうし、物好きの金持ちになら高く売れそうだな」
空き巣がニタニタと笑いながら近づき、少年がどうにかそれを止めようとしたその時、『ハーモニーマンドラゴラ』は怒りを露にしながら根を使って少年の耳を塞いだ後、息を大きく吸ってから声を張り上げた。
「な、なんだこのこ──う、うげぇ……!」
『ハーモニーマンドラゴラ』の叫びを聞いた空き巣はその場に突っ伏しながら嘔吐したが、その叫びは中々終わらず、ガラスが割れ始める中で空き巣の肌が少しずつ裂け始めた。
「や、止めてくれ……い、痛くて苦しい……!」
裂け始めた皮膚からは血が流れ、空き巣の口から出てきた胃液と混ざりあった事で不快な臭いを発し始め、空き巣は音と臭い、そして痛みの三重奏に苦しめられ続けた。
そうして数分が経った頃、空き巣が衰弱しながらその場で気絶すると、『ハーモニーマンドラゴラ』はようやく叫ぶのを止め、少年の耳から根を離してからにこりと笑った。
「た、助けてくれたんだね……でも、この人はどうしてこんな事に……」
「それが『ハーモニーマンドラゴラ』の力だからだよ」
「え……?」
突然聞こえた声に少年が驚きながら玄関へ視線を向けると、そこには『救い手』とコピーの兄妹がおり、『救い手』達は少年に近づいてからリビングの様子に苦笑いを浮かべた。
「これは派手にやったね」
「臭いがすごいな、これは……」
「まあでも、当然の報いだよね」
「そうだね。さて、『ハーモニーマンドラゴラ』の行いについてなんだけど、これは本来なら注意点を守らなかった時に君がなるべき状態なんだ。
叫びを聞いて吐き気と激しい頭痛に襲われ、耳から入ってきたその音の波動で肌がどんどん裂けていく痛みにも苦しめられながら最悪死に至るというね」
「そ、それじゃあこの人は……」
「いや、まだ息はあるよ。君を守りたいという『ハーモニーマンドラゴラ』の気持ちがあったから、死ぬまではいかなかったようだ。君が本当に愛情を込めて『ハーモニーマンドラゴラ』を世話していたから、君には影響が出ないように気を付けていたようだしね」
「あ……だから、根っこで耳を塞いでたんだ」
少年が納得した様子で頷く中、『ハーモニーマンドラゴラ』はにこにこと笑いながら体を少年に擦り付けており、少年は『ハーモニーマンドラゴラ』を見ながら微笑んだ。
「……ありがとう、助けてくれて」
「今回は特に悪意や邪念を高めてはおかなかったけど、そうしてもたぶん君なら乗り越えてしまったろうね。さて……今の騒ぎを聞き付けて誰かが来るだろうし、ボク達はそろそろ帰るよ」
「あ、うん。えっと……来てくれて本当にありがとう」
「どういたしまして。これからもその子をよろしく頼むよ」
「それじゃあまたな」
「またね」
「うん!」
そして、『救い手』達が出現させた赤い渦の中へ消えていくと、外からはざわめきとサイレンが聞こえ始め、少年は『ハーモニーマンドラゴラ』を優しく掴んでから植木鉢の中へと戻した。
「少し待っててね。さて……それじゃあ僕はやる事をやらないといけないな」
少し大人びた表情で言った後、少年は家の中に入ってきた警官達に対して『ハーモニーマンドラゴラ』の事を隠しながら事の次第を話し始めた。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、また次回。




