第7話 撫子櫛 後編
どうも、伊達幸綱です。それでは、早速どうぞ。
「はあ……今日も風が気持ちいいなぁ」
ある日の夕方、ショートカットの少女が中庭のベンチに座りながら空を見上げていると、そこに一人の少年が近づいてきた。
「……やっぱりここにいたか。なんとなくここにいるかなと思ってきてみたけど、正解だったようだな」
「うん、そうだね。それで、何か用? いつもみたいに同じ部活の人達と帰れば良いのに」
「それでも良いけど、ちょっとお前に話があってな」
「話……君に彼女さんが出来たっていう報告ならいらないよ。最近、よく話してる女の子がいるようだし、君は昔から人あたりも良い上にカッコいいから彼女さんが出来てもおかしくないし」
「……はあ、アイツはそういうのじゃないって。隣、座るぞ」
「うん……」
少年が静かに座った瞬間、ショートカットの少女の髪から仄かに良い香りが漂ったが、少年はそれには反応せずに真剣な表情で静かに口を開いた。
「……お前こそどうなんだよ。最近、髪について女子から羨ましがられたり男子から視線を向けられたりしてるようだけど」
「私だっていないよ。でも、こうして髪を褒められたりするのは少し嬉しいかな。私は今まで周りに対して誇れる物も無かったし、誰かから褒められるのは悪い気分じゃないし」
「…………」
「これでようやく他の子と同じ場所に立てた気がするよ。まあ、私だけの力じゃないけど、それでもようやくスタートラインに立てたのは本当に嬉し──」
「本当にそれで良いのかよ」
「……え?」
ショートカットの少女が不思議そうに首を傾げると、少年は哀しそうな顔をしながら少女の目を真っ直ぐに見つめた。
「お前が今周囲から褒められてるのはその髪だけだ。それじゃあ、その髪が誇れる物じゃなくなったら、お前は周囲に対して何をアピールしていくんだよ」
「それは……」
「だいたい、お前は誇れる物が無いって言うけど、俺はお前が周囲に誇れる物をたくさん知ってる。お前はそう思わなくても俺はお前の色々なところをすごいって思ってるんだよ。それなのに、自分には誇れる物が無いなんて言わないでくれ」
「…………」
「それに……お前が他の男子から好意の視線を向けられて、楽しそうに話してるのを見ると、胸の辺りがモヤモヤするんだよ……」
「え、それって……」
ショートカットの少女が驚いた様子を見せると、少年は顔をほんのり赤くさせながら少し気恥ずかしそうに大きく頷いた。
「ああ、そうだよ! 俺はお前の事が好きだ! 小さい頃からずっとな!」
「え……でも、そんな素振り一度も……」
「……面と向かって言うのは恥ずかしかったんだよ。お前に早くこの気持ちを伝えたいと思う反面、お前も同じ気持ちじゃなく、俺達の関係が壊れるのは嫌だったし、周囲からからかわれるのも嫌だった。
だけど、お前が他の奴からも注目されだして、もしかしたら俺がしり込みしてる間に誰かとくっついたらと思ったら耐えられなくなったんだよ……!」
「そう……だったんだ……」
「別にお前が俺の事をどう思ってても良い。小さい頃はよく遊んだのに俺の勝手な都合でどんどん付き合いが悪くなったのは事実だからな。だけど、お前の事を好きだっていう事だけは伝えたかったんだ。言わずに後悔するよりは言ってしまった方がずっと良いからな」
「…………」
「……それじゃあ、俺はもう行くよ。それと、別に返事とかはいらない──」
そう言いながら少年が立ち上がろうとしたその時、ショートカットの少女はそれを止めるように少年の制服の裾を軽く摘まんだ。
「……な、なんだよ。俺と一緒でも楽しい事なんて──」
「……私の気持ち、勝手に決められても困るな。たしかにいきなり距離が遠くなったのは辛かったけど、君と一緒で楽しくなかった事なんて一度も無いよ?」
「え……」
「それに、君は好きな女の子を置いて帰れるほど薄情じゃないと思ってたけどなぁ。あーあ、私の好きな人はそんな人だったんだなぁ……」
「薄情って、俺は──え? お前、今なんて……」
「聞こえなかったのなら、帰りながらまた言ってあげるよ。だから、久しぶりに一緒に帰ろ? 私は君と一緒に帰りたいって思ってるからね」
「あ、ああ……!」
少年が嬉しそうに答え、ショートカットの少女が立ち上がってから二人が並んで歩き始めると、中庭の木の陰から橋渡し役の少女がひょこっと顔を出した。
「どうやらうまくいったみたいだね。あの『撫子櫛』はあの子に話した力以外にも使用者に好きな人がいればその恋にも力を貸してくれる恋する乙女の最高の味方なんだよね。
問題は男の子の方が少し相手の気持ちに疎そうなところだけど……まあ、あの子が彼女ならそこは大丈夫そうかな。さて、しっかりと見届けたし、カラスが鳴く前に私も帰ろっと」
そう言うと、橋渡し役の少女は木の陰に青い渦を出現させ、その中へゆっくりと歩きだし、そのまま静かに姿を消した。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、また次回。