第69話 気引紅 後編
どうも、伊達幸綱です。それではどうぞ。
「ふふっ、やっぱり私って良い女なんだなぁ……♪」
空に薄い黄色の三日月が浮かび、車の行き交う音以外に音もない夜、少々緩めのバスローブ姿の女性が高層マンションの一室のリビングの窓から夜景を眺めていた。
リビングには調度品や高級そうな家具が並び、女性は手に持っていたグラスに注がれたワインを一口飲むと、蔑んだような目で眼下に広がる夜の街の様子を見下ろした。
「私みたいな優れた容姿を持たない人達はそうやって見下ろされてるのが一番なの。生まれつきの格差っていうのに気づかずにそのまま死んでいく……ほんと、可哀想な人達。
まあ、あの先輩達も今ごろはどこかのやっすい店で飲んで幸せそうにしてるんだろうけど、あの人達にはそれで十分。私のような幸せはあの人達には似合わないもの」
吐き捨てるように冷たい声で言っていると、リビングのドアが開いて、バスローブ姿の男性がリビングへと入ってきた。
「やあ、愛しのマイハニー。待たせてしまってすまなかったね」
「ううん、良いの。こうやって待つ時間も楽しいから」
「そうかそうか」
男性が満足そうに笑う中、女性はそのまま男性に近づくと、迷う事なくキスをした。唇を離すと、男性の唇には女性がつけていた“口紅の跡”が残っており、男性はボーッとした様子で女性を見つめる中、女性は少し恥ずかしそうに上目遣いで男性を見る。
「もう……そんなに見つめられたら照れちゃいますよ。私の事、そんなに好きなんですか?」
「……ああ、好きだとも。だから……君をもう外には出したくない」
「……え?」
「外に出したら他の男も寄ってくるだろうし、君だってそれを喜ぶに違いない。私はそんなのは耐えられないんだよ。そうなるくらいなら、君をここから出さずに永遠に私だけの物にした方が……」
「ど、どうしたんですか……キスしただけでそんなに好きになるなんて──」
その時、女性の頭の中にとある言葉が浮かび、女性は焦りと恐怖が入り交じったような顔で男性から距離を取ろうとしたが、男性の手にはどこからか取り出したナイフが握られており、女性が悲鳴を上げる間もなくナイフは照明の明かりを反射してキラリと光った。
その高層マンションの入り口付近には『救い手』とコピーの妹がおり、『救い手』は手の中にある『気引紅』を見ながらやれやれといった様子で首を横に振った。
「ふぅ……彼女はダメだったようだね。『気引紅』をつけた状態でキスをしてしまったようだし、あのまま彼女への愛を暴走させた相手の元で彼女は永久に幸せな毎日を過ごす事になるよ。もっとも、命の保証はないし、過ごすのは自由のない愛玩用の存在としての毎日だけどね」
「……私としては少しせいせいした。初対面の時から正直嫌いだったからね」
「おや、だいぶ嫌っているね」
「……自分以外の人を下に見てたり男の人を下僕か何かと考えてそうな態度が本当に嫌いだったの。絶対にあり得ないけど、お兄ちゃんがもう少し大人になってたら声をかけてそうだったし、もし本当にそうしてきてたら我慢できなかったと思う」
「あはは、なるほどね。本体と同じで君も本当にお兄さんの事が大好きだし大切のようだ。けど、その心配はいらないよ。前に似たような人を相手にした時にお兄さんはその人からの誘いをきっぱりと断ってみせたからね」
「……そっか」
「ああ。では、そろそろ帰ろうか。お兄さんとマスターが待っているからね」
『救い手』のその言葉にコピーの妹が頷いた後、出現させた赤い渦の中へ二人は入っていき、そのまま静かに消えていった。
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それでは、また次回。




