第61話 生命香 後編
どうも、伊達幸綱です。それではどうぞ。
「はぁ、僕は本当に幸せ者だなぁ……」
ある日の夜、少年はリビングのソファーに座りながら恍惚とした表情を浮かべていた。テーブルの上にはかつて家族と恋人だった者達の頭部と『生命香』が載っており、『生命香』の力によって頭部達は少年に話しかけた。
「ねえ、いつまでこの生活を続けるの?」
「いつまでもだよ。自分が愛した人達の一部と共に生き、看取られながら死を迎える。実に素晴らしいだろう?」
「たしかに家族や恋人に看取られるっていうのは、憧れる人が多いと思う」
「けど、お前がやってる事は死んだ俺達や生命への冒涜に過ぎない」
「だから……お願い、もうこんな事は止めて?」
「……止めないよ。止める理由がないのに、止めるなんてあり得ない。僕はこのままみんなとの生活を続けるんだ」
少年は静かに答え、ソファーから立ち上がる。そのままテーブルへと近づいて『生命香』に視線を向けると、漂う香りを吸い込んでから四人の頭部を見回した。
「みんなが止めてほしいと思っているのはわかってる。けれど、この欲求は抑えられないんだ。好きな人達をずっとそのままにして、そばにずっといてもらいたいというこの欲求は。そのためなら、僕は鬼にでも悪魔にでもなるよ」
「……そっか。それなら、私だって同じだよ」
「え……?」
少年が疑問の声を上げると、いつの間にか赤いリボンをつけていた少女の頭部は大きく息を吸い、大きな声を上げた。
「貴方に出会ってしまった事は本当に不幸だった! これも全部この『エンゲージリボン』のせいだ!」
「いきなり何をいっ──ぐうっ!?」
『エンゲージリボン』が仄かに紫色の光を発すると、少年はよろめき、テーブルに強くぶつかった。すると、その衝撃でテーブルの上の『生命香』は大きく動き、そのままテーブルの外に移動すると、重力によって床に落ち、パリンという音を立てて二つに割れた。
「『生命香』が……! くそっ……お前、なんて事をしてくれたんだ!」
「……効果、あったみたいだね」
「は? い、一体何を……って、よく見たらそのリボンはいつの間にか無くなってたはずの……!」
「そう。この『エンゲージリボン』は私と貴方の縁を結んでくれた物で、私が貴方に気絶させられた時にこれをくれた子が回収していった物。
でもね、貴方が留守の間に私がこんな目に遭った事を謝りに来てくれて、この『エンゲージリボン』をもう一度くれたの。今度は注意点をわざと無視しても良いって言って」
「そのリボンの注意点……」
「……本来、このリボンは結ばれた縁の相手がどんな人でも文句は言えないし、不満があってもこのリボンのせいには出来ない。
でも、それを無視したら、私に好意を持ってくれている人全員からの好意は消え、憎しみを持つようになって、永遠にその人から好意は向けられなくなる。こんな目に遭っても貴方の事を嫌いになれないから、正直辛いけどね」
少女の頭部がどこか哀しげな表情をし、少年が憎しみのこもった視線を向けていたその時、床に落ちていた『生命香』は白い光を発した。
その光を見た少年が驚く中、『生命香』はゆっくりと炎を纏い始めると、徐々に近くにある物を燃やし始めた。
「な、何が起きてるんだ……!?」
「……これがその『生命香』の注意点を破った罰」
「この子に『エンゲージリボン』を私に来た際、あの子、『救い手』さんは『生命香』の注意点を破った時に起きる事も教えてくれたんだ」
「破った瞬間に炎を纏って自分が置かれている建物に存在する物を燃やし始め、それらが全て完全に燃えるまで炎は絶対に消えず、その中にいる生命はそこから逃げる事は出来ない」
「…………」
「ごめんなさい、私達が救われるためにはもうこの手しかなかったの。貴方ごとこの家を燃やしてしまうこの手しか」
少女の頭部が哀しげに言うと、少年は目を瞑りながらクスリと笑い、少女の頭部を持ち上げてその額に口づけをした。
「えっ……?」
「……負けを認めるよ。正直、『エンゲージリボン』のペナルティで君が憎らしくてたまらないけど、それでも君や家族の覚悟は素晴らしかった。君に出会えた事は本当に良かったと言えるのだろうね」
「君……」
「僕がこんな性質じゃなかったら、きっと僕達は今でも恋人同士で共に生きている状態で幸せにしていたと思う。だけど、もう僕は君や家族には会えない。今頃、四人とも天国にいるだろうけど、僕は地獄行きだろうからね。おとなしくそれを受け入れ、このまま炎の責め苦を受けて死ぬ事にするよ」
「……うん」
「さようなら、愛しかった人達。もし、もしも来世で会えたら、その時こそ本当に幸せに──」
その言葉を最期に少年は倒れこみ、四人の頭部も幸せそうな表情を浮かべながら喋らなくなった。その燃え盛る家の様子を『救い手』は哀しげに眺めており、その手には割れた『生命香』やお香などが入った袋と『エンゲージリボン』が握られていた。
「……これで、ボクは彼らを救えたのかな」
『俺はそう思うぞ、『救い手』。お前もこの件は気にしてたし、結果としてこれで良かったんだ』
『そうだな。だいぶ遅れたけど、殺された人達の火葬も出来て、『エンゲージリボン』の“縁者”の行方も遺族は知る事が出来るはずだからな』
『貴女からすれば、もっと良い結果があったと感じるかもしれませんが、これが私達に出来た精一杯です。どうにかしてあげられたという事だけは喜んで良いと思いますよ』
「……うん、ありがとうね、みんな。それじゃあ、ボク達は帰ろうか。消防に通報はしたし、コピーの二人やマスターにもこの件は伝えたいから」
『ああ』
『おう』
『はい』
『コピーカメラ』達の返事を聞いた後、『救い手』は赤い渦を出現させ、その中へ足を踏み入れた。そして燃え盛る家に視線を向け、声に出さずに何かを言った後、そのまま赤い渦の中へと消えていった。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、また次回。




