第5話 ウェザーマップ 後編
どうも、伊達幸綱です。それでは、早速どうぞ。
「ふんふ~ん♪ 御師匠様とのお出かけだ~♪」
雨がしとしとと降る中、少女が楽しげに若草色の傘を差しながら歩いていると、緋色の傘を差しながら隣を歩く女性はふぅと息をつく。
「やれやれ……そんなに私との外出が楽しい?」
「はい! 御師匠様は道具作りをしてる時以外は眠ってる事が多いので、中々一緒にお出かけ出来ませんし」
「まあ、たしかに。買い出しはいつも貴女にお願いしてるし、私が店頭に立ってお客さんの相手をする事も少ないから、こういう機会も珍しいかもしれないわね」
「えへへ、ですよね! なので、私はいつもよりテンションも高いです! それに、この『サウンドアンブレラ』もなんだかいつもより音が綺麗な気がしますし」
少女が差している傘に視線を向けながら言うと、女性は少女を見ながら優しく微笑む。
「その傘はいつでも綺麗な音を出してくれてると思うけど……もしかしたら、気分によって聞こえ方も変わるのかもね。私もその傘から聞こえてくるピアノの音がなんだかより綺麗に聞こえるもの。まあ、貴女がその傘を大事にしているのもあると思うけどね」
「この『サウンドアンブレラ』は私のお気に入りですから。雨だけじゃなく、自分に触れた水の音を指定した楽器の音に変えて聞かせてくれるのは本当に楽しいです。ただ、中々雨が降らないと不機嫌になっちゃうんですけどね」
「傘だけあって雨が好きみたいだからね。でも、あの道具と組み合わせればいつでも雨の時に差せるでしょ?」
「ああ、たしかに──って、あそこにいるのは……」
少女が視線を向けた先にいたのは、一本の傘に並んで入りながら楽しそうに話をするスーツ姿の一組の男女であり、二人は少女達にゆっくりと近づいてきた。そして、男性は少女に気づくと、驚いた様子を見せる。
「君は……」
「この前はありがとうございました。あれからあの子はどうですか?」
「ああ、毎日活用させてもらってるよ。天気が把握出来るだけでもだいぶ生活がしやすくなるからね」
「ですよね。あ、そちらはもしかして彼女さんですか?」
「あはは、残念ながら違うよ。彼女は会社の後輩でね、傘を持ってくるのを忘れたみたいだったから家まで送るところだったんだよ」
「は、初めまして。えっと……そちらはもしかして道具を作っているという方ですか?」
「はい。御師匠様、この前いらっしゃった『ウェザーマップ』と縁があった方です」
「なるほど。初めまして、『不可思議道具店』の店主を務めている者です。先日はご来店頂いたようで本当にありがとうございます。今後ともどうぞご贔屓に」
店主の女性が静かにお辞儀をしていたその時、少女は何かに気づいた様子でポケットの中を探り、ニッと笑いながら手をポケットから出すと、後輩の女性に話しかけた。
「お姉さん、何か悩みってありますか?」
「え……強いて言うなら、この引っ込み思案な性格を直したい……かな。私、あまり自分から意見を言えなくて、昔から他の人にくっついていく事ばかりだったの」
「なるほど……だから、この子が声をかけてきたんだ。お姉さん、この子を持ってみる気はありませんか?」
そう言いながら少女が差し出したのは仄かに赤みを帯びた透明な石が嵌まったペンダントだった。
「これは……」
「『ブレイブルビー』ね。これが嵌まったアクセサリーを身に付ける事で、所持者が挫けそうな時には勇気を与え、様々な状況において勝利をもたらす物だけど、手入れを怠って表面が曇り始めるとその効果が徐々に弱まっていくという注意点があるわね」
「はい。お出かけの前にこの子が連れていって欲しいと言っていたので連れてきたんですけど、お姉さんと縁があったからみたいですね」
「私と縁が……でも、すごく綺麗な物だし、私には手が出せない物なんじゃ……」
「いえ、これは差し上げますよ。元々これはこの子に縁がある相手に渡しても良いと言っていた物ですので、お代は大丈夫です」
「で、でも……」
「それに、ルビーは美や愛の象徴とされ、仁愛や情熱といった石言葉もあります。もしも貴女に想い人がいれば、この『ブレイブルビー』が手を貸してくれるかもしれませんよ?」
店主の女性が優しい笑みを浮かべながら言うと、後輩の女性は少し迷ったように『ブレイブルビー』に視線を向けた。しかし、程なく覚悟を決めたように頷くと、少女の手の中にある『ブレイブルビー』を手に取った。
「……そうですよね。このまま手をこまねいていてもチャンスを逃すだけ。それなら、自分から頑張るしかありませんから」
「はい、その通りです。では、そちらは差し上げますね」
「はい、ありがとうございます」
後輩の女性がお礼を言いながら頭を下げると、男性は後輩の女性に微笑みかけた。
「良かったな」
「はい。先輩……私、今はこのルビーの力を借りますが、いつかこのルビーの力が無くても自分から勇気を出せるようになりますね。そうしないと、欲しい物は手に入らないってわかってますから」
「ああ。でも、そんなに欲しい物ってなんだ?」
「……今は内緒です。でも、いつかしっかりと伝えますからそれまで待っていて下さい」
「……わかった。それじゃあそれまで楽しみにしてるよ」
「はい」
男性の言葉に後輩の女性が笑みを浮かべながら頷くと、少女と店主の女性は顔を見合わせて笑いあった後、男性達の方へ顔を戻した。
「それでは、私達はこれで失礼しますね」
「はい、わかりました」
「お二人とも、気をつけて帰ってくださいね。雨だと色々な危ない事も多いですから」
「うん、ありがとう。お二人もお気をつけて」
「ありがとうございます。では……」
そして、男性達と別れて歩き始めると、少女は女性を見上げながらにこりと笑った。
「あのお姉さん、想いが届くと良いですね」
「そうね。でも、彼女の言葉通り、いずれはあのルビーの力が無くても自分から勇気を出せるようになると思うわ。彼女からはそんな予感がするもの」
「ですね。さて……それじゃあ私達も早く買い物を終わらせて帰りましょうか」
「ええ」
女性が頷きながら答えた後、二人は楽しそうに話をしながら雨の中を歩いていった。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、また次回。