第4話 縁切りバサミ 後編
どうも、伊達幸綱です。それでは、早速どうぞ。
「ふふっ……私、こんなに幸せで本当に良いのかしら……」
青白い月が空に浮かぶ夜、バスローブ姿の女性は見るからに高級そうな家具が並ぶリビングでソファーの背もたれに体を預けながら一人呟いた。その傍らには革のケースに入れられた『縁切りバサミ』が置かれており、女性は愛おしそうに『縁切りバサミ』をケース越しに撫でる。
「あのハゲ親父との縁を切った時は、どうなるか少し不安もあったけど、アイツは通勤時の事故で死んだし、私に言い寄ってきた身の程知らずは仕事で大きなミスをやらかして左遷されていった。
その後に私の邪魔になりそうな奴やイラッとさせた奴はどんどん縁を切ったけど、誰も私がこのハサミで縁の糸を切ったからだと気づかずにそれぞれ別の理由で私の目の前から消えてくれた。
まあ、今ではまだそんなに親しくない相手しかいないけど、そんなのはどうでも良いわ。私には運命の相手がいるんだもの」
頬を軽く染めながら女性が熱っぽく呟いていると、リビングのドアがゆっくりと開き、同じくバスローブ姿の茶髪の男性が中へと入ってきた。
「お待たせ。僕がいない間、退屈じゃなかったかな?」
「そんな事無いわ。この後に待ってる幸せの事を考えたら、待ってる時間すらも楽しいもの」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。でも、もう少し待っててくれるかな?」
「あら、まだ待たせるの? そんなに待たせる男は好かれないわよ?」
「ごめんごめん。でも、その後はしっかりと君を愛してあげるから待っててくれ」
「もう……わかったわ。でも、それなら貴方から注がれる愛情には期待しようかしら?」
「ああ、期待していてくれ」
二人はお互いにうっとりとした視線を向けると、静かに顔を近づけて唇を重ね、しばらく求めあうような口づけを交わした後、男性はドアを開けてリビングを出ていった。
「はあ……ハゲ親父と切った縁の代わりに繋がったのがあんなイケメンとの縁だなんて本当にツイてるわ。この後はどれだけ燃え上がれるかしらね……」
この後に待つ出来事を想像し、興奮からまるで唾液でコーティングするように女性が舌舐りをしていたその時、ふと棚と棚の間に何かが落ちているのが見え、女性は不思議そうに首を傾げた。
「あら……何かしら? 待ってる間は暇だし、少し見てみましょうか」
女性はソファーから降り、棚に近づくと、その間に手を差し入れて落ちていた物を引き寄せた。そして、それをしっかりと指でつかみ、見えるところまで持ってきた瞬間、女性の口から小さな悲鳴が漏れた。
「て、手錠……!? ど、どういう事よ……なんでこんな物がここにあるの?!」
その部屋には明らかに似つかわしくない物が姿を見せ、女性の顔に恐怖の色が浮かぶと、リビングのドアがゆっくりと開き、女性は震えながら振り向く。すると、そこには無表情で立つ男性の姿があり、その手にはスタンガンが握られていた。
「……ああ、そこに落ちてたのか。うっかりしてたなぁ」
「こ、これ……どういう事よ!」
「どういうって……決まってるだろ? 僕が気に入った人を逃げないようにするためさ。少し前に気に入っていたお人形をうっかり壊してしまってね、どうしようと思っていた時に君と出会ったんだ。これは本当に幸運だったよ」
「ふざけないで! 私からしたら最悪でしかないわ! こんなとこ、今すぐ帰ら、せて……」
女性の表情は怒りの色に染まっていたが、突然ふらふらとし始めると、その場にバタンと倒れこみ、すうすうと寝息を立て始めた。その姿に男性は嬉しそうに笑みを浮かべると、ゆっくりと女性に近づく。
「ふふ、料理に混ぜていた遅効性の睡眠薬が効いたようだね。念のためにスタンガンも用意していたけど、どうやら必要なかったようだ。さて……起きる前に縄で縛っておきたいが、その前に外部に連絡する手段は全て絶っておこうか」
そう言うと、男性はソファーの側に置かれた女性の鞄から携帯電話などを抜き取り、ソファーの上に置いていくと、ソファーの上に置かれた『縁切りバサミ』に目を向けた。
「これは……ハサミか。こんな物騒な物を置いておく神経がわからないけど、だいぶ高級そうだし、少し切り心地を確かめさせてもらおうかな」
男性は『縁切りバサミ』をケースから取り出すと、女性の鞄から抜き取った手帳のページに近づけ、軽く刃を入れた。しかし、紙に刃が触れた瞬間、『縁切りバサミ』は真っ二つになり、音を立てながらテーブルの上に落下した。
「……壊れてしまったか。まあ、だいぶ古かったのかもしれないし問題ないな。さて、それじゃあ彼女をお部屋に招待しよう。ふふ……これからしっかり可愛がってあげるからね」
男性がすやすやと眠る女性の顔を軽く撫で、その腕を掴みながらズルズルと引きずっていくと、テーブルの隣に突然青い渦が現れ、そこから橋渡し役の少女が姿を現した。
「……この子からのメッセージがあったから来たけど、どうやらあのお姉さんは自分にとって最悪の縁を結んでしまったようだね。
もしかしたら、今まで切ってきた縁の中には本当に良い物があったかもしれないのに、それすらも平気で切ってしまったから、お姉さんの事を心配してくれる人すらいなくなってしまった。
でも、それは自分から選んだ道で、誰も責められない。もっとも、責める他人すらもういないかもしれないけどね。さて、早くこの子を回収して御師匠様に見てもらおっと」
橋渡し役の少女は二つに分かれた『縁切りバサミ』を手に取ると、青い渦の中へと入っていき、渦が消えると同時にその姿を消した。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、また次回。