第42話 与命筆 前編
どうも、伊達幸綱です。それでは、早速どうぞ。
「ふむ……さて、どうしたものだろうか」
雲が青空を緩やかに流れていき、近くからは小鳥の囀りが聞こえてくる昼間、公園のベンチに座りながら和服姿の老人が深くため息をついていた。
「孫も大きくなり、話も出来るようになってきたが、孫は遊びに来てもワシと話すよりもゲームや携帯電話に夢中で話すらしようとせんのは少し寂しいものだな。
まあ、無理に話をしようとも思わんし、ゲームや携帯電話を取り上げる気もないが、大きくなった孫と話をしたいという気持ちに変わりはない。さて、どうにか方法はないものか……」
老人が難しい顔をしながら俯いていたその時だった。
「お爺さん、少し良いですか?」
「む……?」
突然聞こえてきた声に老人が顔を上げると、そこには青いデニムジャケットにベージュのスカート姿の少女とベージュのパーカーに青いスカート姿の少女がおり、見慣れない少女達の姿に老人は驚いたもののすぐに微笑んだ。
「何かね、お嬢さん達」
「お爺さんがなんだか落ち込んでいるように見えたのでどうしたのかなと思って」
「……見知らぬお嬢さん達に心配される程だったか。実は孫との付き合い方に悩んでいるのだが、ゲームや携帯電話に夢中な孫に対して強く言ったり取り上げたりするつもりもないから、どうした物かと考えていたのだよ」
「ふむふむ……つまり、お孫さんの興味をひける物があれば良いんですね。お姉ちゃん、バッグの中を見せて?」
「うん、どうぞどうぞ」
『繋ぎ手』がにこにこと笑いながらバッグを下ろした後、助手の少女はバッグのチャックを開けて手を入れ、中から一本の筆と黒いボトルを取り出した。
「それは……筆、かね?」
「この子は『与命筆』という名前で、このボトルの中にある墨を使って絵を描くと、その絵が紙の中で命を持ったかのように動き始めるんですが、お爺さんは鳥獣人物像戯画ってご存じですよね?」
「ああ、有名な物だからね。描かれた当時の世相などを動物や人間で表した墨画で、テレビや本などでも取り上げられる事はあるが、この筆はそれが本当に動いているかのような絵が描けるという事かね?」
「そういう事です。という事で、これはお爺さんにプレゼントします。大切にしてあげてくださいね」
そう言いながら『繋ぎ手』が『与命筆』と墨が入ったボトルを老人に手渡そうとすると、老人は驚いた様子を見せた。
「む、良いのかね?」
「はい。この子は店頭に並べられなかったり試作品だから渡しても良いって言われたりしている物なので」
「そうか……では、ありがたく頂くとしよう。どうもありがとう、お嬢さん達」
「どういたしまして」
「そういえば……お姉ちゃん、この子には注意点ってあるの?」
「うん、あるよ。この子で描いた物は私達みたいに自分の意志や考えというのがあるので、無理に自分の言う事を聞かせないようにしてください。そうじゃないと、大変な事になりますので気をつけてくださいね?」
「……ああ、わかった。それはワシも望んではいないからね」
老人が静かに言いながら頷くと、『繋ぎ手』は満足げな笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。それじゃあ私達はそろそろ失礼しますね。その子の事、大切にしてあげてくださいね」
「お爺さん、また会いましょうね」
「ああ、またな、お嬢さん達。気をつけて帰るんだよ」
そして、『繋ぎ手』と助手の少女が手を繋ぎながら去っていくと、老人は手の中にある『与命筆』と墨が入ったボトルに視線を向けた。
「……長く生きていると不思議な出会いがあるものだな。ワシの力では孫と話す機会を作れるかわからないが、どうかよろしく頼むよ」
『与命筆』へ向かって声をかけた後、老人は二つを手に持ったままふぅと息をつき、穏やかな表情で青空を眺め始めた。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、また次回。




