第34話 トゥルースライト 後編
どうも、伊達幸綱です。それでは、早速どうぞ。
「ふぅ……食った食った」
辺りがシンと静まり返り、人気の無くなった夜の校内。宿直室内のテーブルの上に置かれた空の弁当容器を見ながら男性教師は満足げに腹を撫でた後、ごちそうさまと口にしてから後片付けを始めた。
「とりあえず仮眠は取ってあるし、夜に起きていられるだけの元気もある。後は何も起きない事が望ましいけど……それに関してはなんとも言えないし、まずは宿直の仕事をしっかりとこなすか。俺には『トゥルースライト』もあるから、暗闇も平気だしな」
独り言ちながら片付けを終えた後、男性教師は体を軽く伸ばしてから『トゥルースライト』を持って宿直室を出て、校内の見回りを始めた。
明かりの点いていない校内は月明かりと『トゥルースライト』の光で照らされている以外は薄暗く、遠くで走る車の音以外に聞こえてくる音もなかった。
「……相変わらず夜の学校って不気味だな。けど、学生の頃は夜の学校って妙な特別感があったから、行ってみたくて堪らなかったなぁ……ほんと、あの頃は今思えば不思議だよ」
そんな事を独り言ちながら男性教師が歩いていたその時、向かい側から歩いてくる人影が見え、男性がビクリと体を震わせていると、人影は階段がある方へ歩いていった。
「……なんなんだ、あの人影は。もしかして……不審者でも入り込んだのか? だとしたら、捕まえて通報しないといけないし、まずは追ってみよう」
男性教師は頷いてから走りだし、そのまま階段を駆け上がっていくと、人影が屋上のドアを開けて出ていくのが見え、男性は同じように屋上のドアを開けて外へと出た。
すると、そこには制服を着た少女の姿があり、少女は『トゥルースライト』に照らされて眩しそうにしながらも涙を溜めた目で男性の事を睨み付けた。
「君は……ウチの生徒のようだけど、どうしてこんな時間にここにいるんだ?」
「……先生には関係ないじゃないですか」
『今から飛び降りようとしているんだから邪魔しないでください。どうせ私の事なんて誰も大切には思っていないんだし……』
「と、飛び降り……!? お、おい……思い直した方が良いぞ! 何が理由かはわからないけど、そんな事したって誰も得しないぞ!」
「そんなのわかってますよ! でも、もう耐えられない……こんな人生なんていらないんですよ!」
『いじめられても見てみぬフリされて、家でもそんなのお前が悪いんだって言われて……私が死んだって誰も悲しまないし誰も苦しまないなら、生きてたって死んだって同じじゃないですか! 私は……友達と楽しく話したり恋人を作ったりして充実した毎日を送りたいだけなのに……!』
少女の表と裏の涙混じりの声に男性教師は哀しそうな顔をしながら止めようとした手を下ろし、小さく息をついてから少女にゆっくりと近づいた。
「こ、来ないで……!」
『い、嫌……来ないで……!』
少女の表と裏の声が共に拒絶する中、男性教師は少女の目の前で足を止めると、その頭にポンと手を置いた。
「え……」
『な、何を……?』
「……そういう事なら、第一段階として俺と友達になるか?」
「と、友達……?」
『先生は何を考えているの……?』
「友達と楽しく話したいんだろ? だったら、俺が友達になってお前の日常的な事や悩みまで全部聞くよ。まあ……俺も常に構えるわけじゃないと思うけど、関わると決めた以上はちゃんと最後まで関わるし、お前が充実した人生を送れるようにする。
こんな言い方も気持ち悪いと思うかもしれないけど、ここで出会えたのも俺とお前に縁があったからなんだと思う。だから、その縁を簡単には手放したくない。ここでお前を放っておくのは、教師としても人間としても最低だからな」
「先生……」
『……信じられない。どうせ後で簡単に裏切るんだ……』
少女の影が警戒した様子で言うと、男性教師はため息をついてから静かに口を開いた。
「……だったら、俺がお前を裏切ったら生徒に淫らな行為をしようとした奴として訴えても良いぞ? ここで出会ったのは俺達以外に誰も知らないんだし、お前がそう言ったらみんなお前の言う事を信じるだろうしな」
「え……」
『……なんで? どうして、そこまで……』
「……さっきも言っただろ? ここでお前を放っておくのは教師としても人間としても最低だし、関わったら最後まで関わるのが大人としての責任だ。
まあ、恋人までは紹介出来ないけど、話を聞いて自分なりの意見を言う事は出来る。だから、飛び降りるのは止めて、今日のところは帰っておけ。この世界はお前が思っているよりもまだまだ楽しい事や面白い事で溢れてるんだ。それを無駄にするのはもったいないぞ?」
「先生……」
『……今度こそ信じても良いの? 誰かを信じても……良いの……?』
「ああ、信じてもいい。だから、泣くのは止めて笑っとけ」
男性教師の言葉に少女の目からポロポロと涙が溢れると、少女はわっと泣きながら男性教師へと抱きつき、男性教師は声をかけながらその背中を優しく叩いた。
そして、その様子を『繋ぎ手』と助手の少女は扉を軽く開けながら見守っており、助手の少女は安心したように息をついた。
「よかった……これであのお姉ちゃんは安心出来るよね」
「そうだね。悪い先生ではないわけだし、あの子も先生の弱みを握った形にはなった。まあ、それを使う事は無いだろうけど、前よりは良い人生を送れるようになるんじゃないかな?」
「そっか……」
「妹ちゃんも今度から新しい学校に通うわけだし、良い先生に出会えるようにしたいね」
「うん、そうだね。さてと、それじゃあそろそろ帰ろっか、お姉ちゃん」
「うん」
『繋ぎ手』が返事をした後、二人は扉を静かに閉め、暗い校舎をゆっくりと歩いていった。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、また次回。