第33話 メモリーイレイザー 後編
どうも、伊達幸綱です。それでは、早速どうぞ。
「はぁ……本当に幸せだなぁ」
窓から差し込む月明かり以外の光が無い薄暗い室内で、男性はベッドに座りながら幸せそうな表情で独り言ちた。月明かりで照らされた男性は腹部から下が毛布で隠れていたが何も身にまとっておらず、隣で毛布をかけて寝息を立てて眠る女性も肩や胸元は剥き出しになっていた。
男性は隣で眠る女性に視線を向けると、愛おしそうに見つめてからその頭を優しく撫で、肩の辺りまで毛布をかけ直した。
「これでよし。それにしても……『メモリーイレイザー』の力は本当に偉大だな。過去の失敗のせいでデートすらまともに出来なかった俺がここまで進めるなんて……あれが無かったら俺の人生は目も当てられない事になってたかもな。
さて……俺もそろそろ一眠りしたいし、さっぱりするためにシャワーでも浴びてくるか」
そう言いながら男性がベッドから体を出し、暗闇の中で浴室へ向かって歩き始めたその時、足に何か固い物がぶつかり、それと同時に足に冷たさがゆっくり広がり始めた。
「冷たっ……え、まさか『メモリーイレイザー』を蹴飛ばして溢したのか!? は、早く直さないと──あ、痛っ! こ、今度は何を蹴飛ばしたんだ……? まずい、このままじゃ『メモリーイレイザー』が無くなって、辛い記憶を消せなくな──」
その瞬間、男性はボーッとし始め、暗闇の中でしばらく立ち続けていると、物音で目を覚ました女性が声を上げながら男性の方へ視線を向けた。
そして、男性が立ったままで動かない事に疑問を感じると、ベッドからゆっくり体を出し、そのまま男性へと近づいた。
「そんなところで立ったままだと寒くて風邪ひくわよ。いったいどうしたのよ?」
「……わからない」
「え……」
「わからない……わからないんだ。俺は……いったい“誰”なんだ……?」
男性が頭を抱えながら苦しみ、その姿を女性が信じられないといった様子で見つめる中、外では『繋ぎ手』と助手の少年が立っており、『繋ぎ手』の手には蓋が閉められた『メモリーイレイザー』が握られていた。
「……あのお兄さんはダメだったね」
「そうだな……でも、どうしてこんな事になったんだ? あの人は『メモリーイレイザー』を悪用する気は無かったんだろ?」
「うん、それはたしかだよ。でも、過去の失敗を消しすぎて、その失敗のおかげで理解した注意しないといけない事まで忘れてしまったんだ。だから、暗闇でもそのまま歩こうとしたし、足に物がぶつかる可能性も考える事が出来なくなったんだよ」
「記憶を消し過ぎた結果、最後には自分がわからなくなってしまったのか……あの人、これから大丈夫かな」
「彼女さんが支えてくれるとは思うけど、失った記憶は戻らないから、また色々経験していくしかないね。まあ、名前を捨てた私達も一種の記憶喪失みたいな物なのかもしれないよ?」
『繋ぎ手』がクスリと笑いながら言うと、助手の少年は心配そうに『繋ぎ手』に話しかけた。
「……名前を捨てた事、後悔してるか?」
「ううん、全然。あの名前、すごく嫌いだったし、今みたいに『繋ぎ手』って呼ばれる方がすごく良いよ。お兄さんはどう?」
「……俺は後悔してない。天国の母さん達には申し訳ないと思うけど、新しい俺達になるために名前を捨てたわけだからな」
「ふふっ、そっか。そういえば、そろそろ学校に通えるみたいだから、学校で使う仮の名前を考えないとね。私と同じ学校だから、事情を理解してくれる子はいるし安心してね」
「ああ、わかった。それじゃあそろそろ帰るか」
「うん」
『繋ぎ手』が返事をした後、二人は現れた青い渦の中へと歩いていき、そのまま静かに姿を消した。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、また次回。