友の思いと勇者の産声
俺がすべてを思い出した時、窓の外の景色はあの時と同じ様に漆黒の夜を炎の赤で彩った、不快な夜空に変わっていた。
どうしようもない現実を。
何も変えられなかった不甲斐なさを。
あの時味わった悲しみを。
それを表す様に残酷な色に染め上げている。
「俺は……どうなったんだ?」
目の前の女に問いかける。
「結論を言うと、あなたはまだ死んでません」
「あんな状況で俺は死んでないのか?」
「はい」
「何故俺は助かった。あのまま倒れていたら怪物たちに襲われているはずだ」
あんな場所で倒れ続ければいずれ化け物に見つかり殺される。そんな想像は容易についた。
「あの後、ユーリが立ち上がり、あなたを安全な場所に逃がしたのです」
「生きていたのか?!」
思わずその情報に食いつき前のめりになる。
「ええ、あなたが倒れるのと同じ時に目覚めました」
「そうか……生きていたのか。良かった。無事だったんだな……」
俺はほんの少し後悔していたんだ。俺が由奈を助けようとしたせいで。
結局彼女も助けられず無駄死にさせてしまったのではないかと後悔していたんだ。
あいつにも大切な人がいるって言ってたから……。
「あいつはどうしてるんだ?」
女神は沈黙で答える。
「何だよ。教えてくれてもいいじゃないか!」
「……死んだのです」
「……え?」
彼女は何を言った?
俺が倒れた後に目覚めたんじゃなかったのか?
「……私は、あなたに伝えなければいけません。何故あなたは生かされたのか。あなたの星に何があったのか。その全てを伝えなければいけません。」
女神は一つ一つ話していく。
全く頭が追いつかないが、あんな凄惨な出来事があったなら理解するしかない。でも、なぜ俺が生き残り彼が死んだのか。そんな事実はあまり認めたくなかった。
「あなたは、彼がどこで生まれたと思いますか?大体で構いません」
それは唐突な質問だった。
俺が応えれる範囲であいつの何を思ったかと言えば。
「……俺たちの世界以外か?」
こくりと女は頷いた。
「正確に言うとカナンナという星で生まれたのです。もっと言い換えると、別の次元の人間なのです」
正直驚きはするが何となくは察していた。
「彼はそこで大きな宿命を背負いながら育ちました。戦士として戦うしかなかったのです。そんな彼はとある事件をきっかけに、ある任を王から託されました」
「託された?」
「はい。彼はとある国王から全ての王国領の頼みとして、魔王討伐軍として打ち倒せと」
「……はい?」
正直いきなりゲームの話をされたのかと思った。
何だ? RPGか?
ぶっ飛びすぎてて話が追い付かない。
「……ふざけてるのか?」
「残念ながら大真面目です。私たちの世界には突如強大な力を持つリベリオと呼ばれる者に世界は狂わされたのです。彼が現れてから日に日に力は増し、全ての世界を混沌へ導きます」
呆然と俺は聞く。
「その討伐隊に選ばれたのがユーリでした。そうやって戦士として経験を積んだ彼は魔王リベリオに対抗しようと攻め入ったのですが、そこで絶望的な真実を知ってしまうのです」
「何なんだそれって」
「世界を喰らってたのです」
「喰らってた?」
「文字通りです。リベリオは異世界を移動する力を持ち他の星……世界を喰らってたのです」
「……喰らった?!?!」
ここにきて更に突拍子もない話が出てきた。あってもアニメや漫画で話すようなスケールだ。
「理由は? 何でそんなことするんだ?!」
「理由は分かりません。ですが世界を一つ飲み込んだ後は力が増幅したのは確かなのです。そして、その為にあなたの星が襲われたのも事実です」
「俺の星?……待ってくれ……。じゃあ俺の星は……地球は……?」
嫌だ。そんなはずはない。そんなはずは……
知りたくもないのに聞かざるを得ない。
ああ、嘘だ。それだけは違うと言ってくれ!
「はい。あなたの星は滅びました」
「ちょっと待てよ……じゃあ……死んだのか?由奈以外にも俺の……家族とか……友達とか……?」
「そんなレベルの話じゃありません。あなたの住んでいた故郷自体が存在を消しました」
こんなふざけた話信じられるわけがなかった。
信じられるはずがない。信じられるはずが。
でも俺は知ってしまっている。
目の前で起きた非日常を。一瞬で攫っていったあの残酷さを。
どんなに否定しようとしてもこびりついて剥がれない、あの時の悲しみが。
「何で、何で……何で俺たちの世界を……」
あまりにも突端な話に涙さえ流れなかった。
出るわけがない。だって、行われた規模が常軌を逸してるのだから。
涙も出なければ動けるわけもなく、自問自答を繰り返しただ呆然と立ちながら考えることしかできなかった。
ああ、何でこうなったのだろうか。
俺に訪れる幸福が、希望が、全部崩れ落ちてしまった。
それも世界を喰らいたかっただけ?
ふざけるな。
そんな道理が通るわけがない。
「……憎いですか?」
ポツリと発した女神の言葉。
「……憎い? 憎いに決まってる。俺の持ってるもの、故郷全部奪っていったんだ。恨まないわけがない」
「……もし、あなたに魔王を倒す可能性があるならどうしますか?」
「ふざけてるのか?!」
今まで味わった辛さがここで堪えきれなくなった。
憎しみ、怒り、悲しみが噴火し、涙と共に激昂してしまう。
あまりに馬鹿げた言葉に言葉は止まらなくなる。
「殺せるわけがないだろ! 何もそんな訓練をしたことのない俺が。そんな星を食べて成長する化け物に敵うわけないだろ!!」
今にも殴りかかりそうなほど俺の心は参っていた。
黒い悪意を今にも吐き出しそうだ。
「それが可能性があると言ったらどうしますか?」
「ふざけてるのか?!」
「いいえ、悪ふざけではありません。私たちはあなたを巻き込んでしまいました。あなたには私から全てを聞く権利がある。しかしそれはあなたが聞かなければならない義務でもあるのです」
出鱈目のような言葉に俺は何も返せずにいた。
もう何もかも意味が分かってないのだ。
信じたくもなく、信じようとしても現実味が全くない。
口を閉ざすしか方法がなかった。
「先ほどの話に戻しましょう。何故ユーリは死んだと思いますか?」
「……何でだ?」
「彼が見つけてしまったからです。最後の希望を。……あなたという存在を」
「俺?」
俺が何かしたのか?あの時したことと言えば・・・化け物を倒したことか?
「彼は見ていたのです。あなたが戦う姿を。あの力はたった一人という大層な物ではないのですが、誰でも使えるような物ではないのです」
あの力か。あれには驚いた。だけど。
「それはユーリだって使えていたはずだ。ぽっと出の俺である意味がない」
そう、俺はあの時確かに光を操った。しかしそういった観点で見てみればユーリだって同じことをしていたのだ。違う理由が分からない。
「それは確かです。でも規模が違う。例え戦闘経験の差があろうと、ハンドレッグを一発で切り倒す力は彼にはありませんでした」
「……あいつにさえできないのか?」
「私を手に取った時全てを感じました。あの力は魔力とは別の特殊な元素を利用するしか使えないのですが、あなたはその元素を彼の数倍、いえ、数十倍近く持っていました」
ゲーム染みた話だと思っていたがいよいよ俺がそんなバカげた存在になり始めていた。
つまりこいつは俺のことを世界に光をもたらす勇者だと言いたいわけだ。
全く実感が湧かない。
ん?
ちょっと待てよ。それ以上に気になってしまった。
剣の話をする時自分口調じゃなかったか?
何で体験したように話すんだ?
いやまさかそんなファンタジーのような。
RPGの様な話になってきているがまさかこいつもそんな展開の一部だったりしないよな?
怖い。でも気になって仕方がない。
恐る恐る口を開く。
「なあ、そういえば、あんた何者だ?」
「私ですか?……そういえばまだ名乗ってませんでしたね。私は精霊。というのが近いでしょうか。剣の中に眠る精霊。私はカナンナで光の剣と呼ばれる武器の意志。それ自身です」
俺は空いた口が塞がらなくなった。
「カナンナでは、魔術という技術の発展によって栄えた世界でした。その中で私という存在は、もう誰にも作ることのできない切り札、オーパーツとして存在し、私たちの世界で力を最大限に使える人間。それがユーリだったのです」
剣の精は淡々と話を進める。
「でも先ほど言った通り、魔王リベリオの力は私たちの力を遥かに超え誰も止められない状態になっていました。そんな絶望的な戦況に一つの作戦が持ち上がるのです。それは、この剣が持つ力で私たちも異界に渡り、同じように新たな勇者候補を探すという話になったのです。そして私たちはその命を果たせず朽ちるその前で……あなたを見つけたのです」
ああ、これでようやく話が理解できた。
あの瀬戸際で俺が剣を持ってしまったが故に俺は勇者として選ばれてしまったのか。
そうなると俺は今いる場所は……
「私たちはもう、あなたに賭けるしかなかった。そして私たちは、あなたをカナンナへ転移させました。彼も瀕死の状態。光の力もある程度使用している状態で枯渇している。そんな状態であなたをせめて安全な場所に送るために……命を捨てました」
やはりそうか。俺は今カナンナという場所で眠りについている。
そしてこの彼女との思い出のタワーは俺の深層意識で彼女が話しかけているということだ。
ああ、全くふざけている。
あの化け物も、魔王も、そしてこいつらも。
「ふざけるな……こんな酷い目にあわされた挙句世界を救えだって? 身勝手な話にもほどがある!!」
理解できていなくても苦しかったが、理解できても苦しかった。
俺が望んだのは平凡な日常だったんだ。
他愛のない話で笑って生きていたかったんだ。
「本当に申し訳ありません。わがままだとは思っています。理不尽だというのは充分招致しています。だからあなたは選ぶこともできる。世界を救うことも。殺すことも」
沈黙の時間が訪れる。
俺に選べと?
生かすか?
殺すか?
それだって理不尽じゃないか。俺は世界を救えるほど力を持っていない。
だからといって見殺しだなんてことも生ぬるい世界で生きた俺には選べない。
「……どうしろって言うんだよ」
その選択は、俺に起こった出来事の中で決断をするにはあまりにも短すぎた。
「直にあなたは目覚めることになるでしょう。その時私は訳あってあなたと話すこともしばらくできません。でもこれだけは忘れないでください。例えどんな選択をしても私たちの罪であると。その時も、私はあなたを終焉までお守りしましょう」
精霊は背中を向け去ろうとする。
「あと、私の魔法でユーリから伝言を預かってます。メモリーロードと唱えれば流すことができます。彼の……私の大事な人の最後の言葉です。良ければ聞いてあげてください」
光の剣は焔に照らされた暗い塔の中を歩き去る。
俺はしばらく泣き崩れた。
ーーーーーー
劔は涙を流しながら目を覚ました。
その場所は貴族の寝室の様に立派で豪華な部屋だった。
赤をメインにしたカラーリングに白を主に金をアタッチメントに置いたエレガントなクローゼットや家具の数々。
ある意味居心地が良くない。
見知らぬ部屋でもなければ自分になじんだ装飾でもないというのはやはり居心地は良くない。
部屋を見渡して実感するのはやはりここは自分の世界ではないということだ。
新しい雰囲気はあるのにデザインがどこか中世的。
夢から覚めても正に夢。
現実だと実感させられる。
そんな時ふとベットの横に立てかけられてある剣に目が行った。
劔は最後の精霊の言葉を思い出す。
出来ることも何もなかったので近づき剣を取る。
例えこんな状況にしたのが彼だとしても、仮にも命を助けてもらった身だ。
最期の言葉は聞いてあげたいと一海は思っていた。
「メモリーロード」
聞いたとおりに呟いた。
剣の柄に小さな魔方陣が現れノイズを発する。
「ーーーー聞こえるかい?」
少し雑音交じりだが確かにこの声はあの青年の声だ。
「ーーーーこの話を聞いてるということは、多分僕はもうこの世にはいないと思うし、君は凄く怒ってしまってるかもしれないね。こんなことに巻き込んでしまって本当に申し訳ない」
全くだ。身勝手にもほどがある。
「ーーーーでも僕は、それでも君に生きていて欲しかったんだ。これは、僕の本当の気持ちだ。例え、魔王を討伐しなくても僕は君をこの地獄で死なせたくないと思ったんだ。……本当に」
静かに聞く一海。
「君と話したあの瞬間は久しぶりに楽しかったんだ。僕は今までの人生で友達なんて殆どいなかった。出来たとしてもその場でさよならするか……戦いで死ぬかでいなくなった。それに一人で異世界も転々としていたから、ここ数年は本当に寂しかったんだ」
ーーーー。
「ーーーー君とは友達になれそうな気がした。この戦場から抜け出したら君と一緒に旅が出来ればと思う程だ! 思う程だった……」
その声が段々と擦れたのは雑音か泣いたからか分からない。
「ーーーー 一つだけお願いがあるんだ。これも勝手で申し訳ないけど、僕には妹がいてね。僕の唯一の、たった一人の血縁なんだ。もし会うことが出来たらその子に手紙を渡してほしい。会えたらでいい。別に渡さなくてもいい。僕のわがままだからね。でも……君も知ってると思うけど残念ながら僕で渡すことができない。その手紙は君のポケットに入れてある」
大きな爆破音が聞こえた。ユーリも少し黙り込む。
「ーーーそろそろ時間がないみたいだ。君には選ぶ権利がある。僕たちのせいでね。だから、何をしても文句は言わないよ。僕は君を助けたいと思っただけだから。でも僕は、君がかっこよく見えたんだ。光の剣で戦ってる君が輝いて見えた。僕は……そんな君の未来が見たい!」
そんな言葉だって身勝手じゃないか。期待してるなんて言葉……言わないでくれ
俺はこの短期間でどれほど泣いてしまったのだろうか。それもこんなにもボロボロになるまで。
「ーーーそれじゃあさよなら一海。僕の友達よ。君が僕の……いや、全世界の救世主たらんことを僕は望んでいる!」
ここで会話が途切れ魔方陣が消える。
感情がこみ上げてくる。涙腺のダムが崩れボロボロと止まらない。
心のどこかで俺も、彼とは仲良くなれると思っていた。
彼の人生に何があったのか。どんな世界を切り抜けてきたのか。
聞きたかった。
友達になりたかった。
「馬鹿野郎……友達にそんな無茶振りしてんじゃねえよ……!!」
一海は大声で泣いてしまう。
剣にもたれかかるように頭をつけて、子供の様に泣きじゃくる。
その声に気づいた召使達が部屋に駆け付け大騒ぎになる。
一人は一海の安否を確認しながら一人のメイドに言伝し、勇者が目覚めたと報告してと伝える。
この城の召使たちはこの日大騒ぎで仕事をすることとなった。
この日勇者が誕生する。
悲しみの涙で産声を上げる泣き虫勇者が誕生した。