残酷なサンタの贈り物
走り抜ける道にはまばらに立っている化け物共を戦士が1つ、2つ、と順番になぎ倒していく。
先程見かけたあのガーゴイルのような怪物も1体だけだったが、攻撃を躱し、剣に光を纏わせ切り上げていた。
あんな大きな化け物にも果敢に攻めていくのは流石だと感心する。
「凄いな。あんなのまで倒せるのか」
「長い間戦い続けてましたから」
それでもあれだけ手際よく動ける自信は正直ないな。それとも動くぐらいなら意外といけるのだろうか。
今まで戦いなんて経験したことない。
喧嘩でさえ小さいときにあまり経験もしなかった。殴り合いなんてもっての外だ。
「俺もそれくらい戦えたら……」
思わず本音が漏れる。どうしても、自分の不甲斐なさを感じてしまう。
いくら元々平和ボケしてるような場所で育ったからと言って、いざこんな状況で何もできることがないというのはやるせなさを感じてしまう。
そんな感情が零れてしまった。
「……こんなことを言っても気休めにさえならないかもしれませんが」
前を向きながらポツリと話す。
「誰かのために恐怖と戦い、それでも立ち上がる人間というものは殆どいないものです。それは心の弱さとかじゃなくて、そういう節理なのです」
大抵の人間はそうだから気に病むことはないと言いたげなようだ。
どこの世界でもそうなのだろうか。
でも、例えそうだとしてもそれを自分の目で確認できなければ意味はない。
色々な場所を見ていればそう思えるのだろうか。
ほんの少しだけ気になった。
「私は、化け物の横をすり抜けて走っていくのを直前で見ているんです。必死で走るあなたを」
そうか。見られていたか。それはそれで少し恥ずかしいな。
「そんな人を、心が弱いだなんて思えませんね」
不覚にも少し笑ってしまった。
何となくだが、嘘ではないとは思った。でも確かに、今のこんな状況じゃ気休めにもならなかった。
気休めにもならなさ過ぎて思わずツボに入ってしまう。
「どうしました?」
「いや、本当に気休めにもならなかったなーと思って!」
「な?! 本当ですよ! 普通の人はこんな状況でも狂ったような臆病しかしないんですよ!……それに、そうやってあなたを駆り立てるのは、その人のことが好きだからですよね?」
それは事実だがそんな風に言われると流石に照れる。
ちょっとだけ顔を背けてしまった。
「そんな風に言われるとちょっとやだな!」
「ハハハ! 分かりますよ流石に! 僕も気になる人がいるので分かります。だから少し見捨てられないんですよ。」
俺は何で見ず知らずの、会ったばかりの男と恋バナなどしないと行けないのか理解に苦しんだ。
ただ少しだけ分かってしまったのは、意外とシリアスな場面程馬鹿話が活力になるのだと。
悔しいが、こういう話を切り出すのも戦闘経験という奴だろうか。等と考える。
ほんの少し後になって後悔したが、自分の話をしてしまった。
「今日、本当は、家族になるはずだったんだ……その為に色々考えてきてさ……だからこんな事になるなんて……せめて会いたいんだ、生きてる彼女に。もう一度だけ。せめて……もう一度……」
流線形に零れたのは自分の汗か、それとも涙か。
今の自分には視界が擦れて分からない。
きっと汗なのだろう。そういうことにしておこう。
一海の崩れた泣き顔を見る青年の顔は何故か暗い。
平凡な日常に終わりを告げられた男の悲嘆に感情が動いたのか。何かを申し訳なく思ったのかは分からない。
しかし、何かを決めたかの様に言葉を紡ぐ。
「そういえば、あなたの名前を聞いていませんね」
彼は何を思ったのだろうか。頭は働かないので、涙を拭いながら言った。
「劔 一海」
「わかりました。興味があるかは分かりませんが、僕の名前はユーリ。ユーリ・マグノリアと言います」
よろしく、とは誰も言わなかった。しかし二人の間には何か思うことはあったのだろう。
きっと心の中で挨拶は済んだ。そんな感じがした。
ーーーーーー
数年前、この公園の隣には大規模なタワーが建設された。
昔あった電波塔がインターネットの進化に伴いアップデートするために再度新しいものが作られた。
塔の完成に伴い観光に来た人間が、「大迫力でツリーを堪能できるスポット」として人々から人気を集めたスペースが今到着したここだ。
ほんの少しだけ思い出す。
ここは彼女と結ばれた場所なのだ。
人混み嫌いでインドア派の由奈を外へ連れ出すのは
中々骨が折れたものだ。
それでもいい景色、最高の場で告白してこそ彼女の心に残るのではないかと若き自分が必死に考え抜いたデートプランだった。
そんな場所はあの時の面影はなく、唯々悍ましい世界へと変貌していた。
「由奈ーーーー!! どこだーーー!!」
大声で呼ぶ。
声がない。
まさか何かあったのか。不安が募る。
「由奈ーーーー!! 由奈ーーーーーーーー!!」
もう一度叫ぶ。
頼む、ここまで来たんだ。
無事であってくれ。
もう一度。
もう一度。
声が枯れるまで。
「一海?!」
聞き覚えのある声がした。
その方向に向く。
そこにはトップスにハイウェストのロングスカートの姿をした女性の姿が木陰にあった。
ああ、間違いない。あの黒のミドルヘアのあの人は。
思わず全速力で走った。
さっきまでも走り続けてきたが、今までの疲れなんて知らない様に駆け抜けた。
今まで積もった思いが触れ合うまでのその時間を緩やかにした。
赤に染まる都市、
荒れた自然、
夕焼けに照らされたように灯す業火、
その中で平然と聳え立つ電波塔、
そして再開に喜び抱き合う男と女
それは物騒な風景には到底合わないような優雅な時間だった。
彼らは何度も生きていると実感するように名前を呼び確かめ合う。
ああ、良かった。
本当にそう思う。
もう一度強く抱きしめた。
ーーーーーー
「水を差して本当に申し訳ないのですが」
感動の再開に終わりを告げたのは別の違和感。
ダークな世界に合わない優雅な二人を妨害するは冒険譚。
言われて二人はハッとする。ラブコメディなどやってる場合ではないと。
「今は早く安全な場所に行かなければ」
もう少し堪能させて欲しかったが、確かに彼の言い分も正しい。
「そうだったな。悪い」
「気にしないでください。良いものが見れましたしね」
多分奴には他意はない。
ただ冷やかしに言ったようにしか見えない。
ふと服が引っ張られる感覚があると気づく。
その場所を窺うと由奈がそわそわしている。
「あの勇者みたいな人は?」
耳打ちでそう聞いてきた。
まあ確かに気になるな。
普通の人間なら目を合わさない。
興味のある人間はコスプレとでも思う。
これが俺たちの常識だ。
「途中俺を助けてくれたんだ。本当に戦士みたいだぞ」
「そうなんだ!」
そういうと俺の体から離れた。
少し興味があるのかにこやかだった。
「ありがとうございます。私たちを助けていただて」
「いえいえ、僕の性分なので。それより、早く抜け出しまし」
その大きな揺れは最後まで言葉を続けさせることはない。
幸せというものは波があるものだ。
大きな幸福の後に待ち受けるのは、その分貯めこんだ不幸だけなのだから。
「地震?!」
思わず全員屈む。
このタイミングで地震だなんて偶然があり得るのか?
いや、必然なのかもしれない。
今は現実に非現実が迷い込んでいるような珍事だ。
こんな最悪のタイミングで都合よく地震なんてありえない。
でもこれはなんだ?自発的に起こせるものなのか?
いくら頭を回しても分からないことばかり。
状況の把握さえ難しい。
そんな状況でも時は誰も待たず刻まれる。
次第に揺れは大きくなっている。
……大きくなっている?
何かが近づいているのか?
「走れ! 下だ!!」
勇者の咆哮に全て理解する。
なるほど、地下から近づいて来たのかと。
全員その場からダッシュで散開する。
土のビックリ箱から出てきたのは電柱を二回りも何重にも大きくしたような長い何か。
それが勢いよくロケットの様に噴出する。
飛び出ては少し遠めの場所でまた潜り、もう一度顔を出す。
やはり俺たちを襲ったのは非日常だった。
こんなにも巨大な生物はゲームとかでしか見たことがない。
蟻が人を見るのはこれ程の気持ちなのかと思うほどだ。
その巨躯は背景に添えたタワーに巻き付けるほど大きく、何より長い。
足は百という数では物足りない。
自分たちの世界で言うならそれはまさしく「百足」と呼ぶ生き物に近いだろう
俺たちがいつも見つけるのも苦労するような生物がこちらを覗いている。
世の中は狭い。フタを開ければこんなにも知らない事実が転がり込んでくるのだから。
唖然として立ち尽くしてしまう。
「ハンドレッグまでいるのか?!」
どうやらあの化け物の名前らしい。
しかし名前が分かったところで自分たちには何もできるわけがなかった。
最初の目標は俺たち二人。
飛びついてくる速さに対応できず、俺は彼女を抱きしめる。
遂に自分たちの奮闘記もここまでかもしれない。
攻撃の合間に割り込んだのはユーリ。
瞬間に移動し相手の突進を剣で薙ぎ払う。
振った場所には何かしらの衝撃波でも出たのだろうか。
百足は明後日の方向へ飛んでいく。
お互い身構えていた状況から前を向き、守られていたことに気づく。
「凄い……漫画みたい……」
由奈は現実ではありえない光景に感動する。
自分は先程思い知っていたはずと思っていたのだが、まだ全ての凄さを堪能できていないみたいだ。
「劔さん!! 彼女を連れて逃げるんだ!!」
「でも!」
「早く逃げるんです! こいつは流石に守りながら戦えるか分かりません!!」
そんな。俺たちのために全力で助けてくれたのに見捨てろだって?
出来るわけがない。見ず知らずの俺の無茶を何もない顔で受けてくれた恩人を捨てるなんて。
「え……でもあなたは」
心配する由奈。
「そこまでして戦わなくていい!! お前も何かの為に戦ってるんじゃないのか!!」
そうだ。戦力にもならない俺たちの人身御供になる意味なんてない。
ハンドレッグはUターンし今度は戦士に襲い掛かる。
それをひらりと躱し蹴りを一発。その力は想像以上に強いのか、大きく相手ははじかれる。
「それは私が許せません」
その言葉からは先ほどの青年のような優しさの感じるような言葉ではなく、今までの幾多もの戦場を駆け抜けた重厚な信念を感じた。
そのまま青年は背中で言葉を重ねる。
「人の、いいえ、全てが節理を守り生存できる世界の為に戦うしかなかった、たった一つの僕の生き方なのです。残念ながらそれは、一瞬話しただけで理解できるものじゃありません。今ここで自分たちを見捨てろというのは、僕に死ねと言ってる事と心得てください」
その背中は凛々しく、男の俺でさえも惚れてしまいそうな勢いだった。
彼は、一体どれだけの修羅場を超えたのだろうか。何が彼の心を作り上げているのだろうか。
いつか聞ける時が来るだろうか。そう思った。
「それに、あなたたちが離れれば一人でも大丈夫です。後で追いつきますから」
なんの屈託もない笑顔でユーリは返した。
……そこまで言われちゃ信じないわけにはいかないよな。
分かった。その漢気、潔く買ってやろう。
「……その言葉、忘れないからな。」
「ええ、嫌でも覚えてもらいますから。」
さあ、と言って彼女の手を引っ張る。颯爽と俺たちはその場を去っていく。
ーーーーーー
百足は倒れた体をもう一度起こす。
ふう、とため息をついたのは戦士の青年ユーリ。
「……少し、見栄を張りすぎたかな」
物思いにふける青年。
少し大きく伸びをし戦闘態勢を取る。
開戦のゴングが鳴り響いた気がした。
ーーーーーー
二人のカップルが公園の道を走り続ける。
あの別れから何分ほど時間が経っただろうか。
逃げてきた方向からはいかにも戦闘しているという衝撃音がここまで響いてる。
ユーリは大丈夫だろうか。
いや、そんな雑念が混ざっては彼の意志を裏切ることになる。
とにかく今は自分たちの事だ。
少し走り続けているので安全を見て一度止まることにした。
正直自分も事件が起こってからずっと運動の連続でかなり参っている。
二人はゼイゼイと息を吐き整える。
「大丈夫だよ」
口を開いたのは由奈だった。
「あの人滅茶苦茶強かったもん。きっと公園を出るころにはバビューンって飛んでくるよ」
恐らく俺が心配してたのを察したのかもしれない。
こんな時に不安を悟らせてはいけないなと後悔した。
なんせあんなダンディズムを見せられたわけだ。
かっこよさが霞んでしまう。
「ありがとう。俺は大丈夫だから。それよりここから早く出よう」
こくりと由奈は頷いた。俺たちは歩き出した。そして。
逃亡を邪魔するかのように悪夢の流れ星が一つ流れた。
俺たちの間を遮るように降りたのは雨樋の悪魔。
その衝撃に思わず身を構える。
ああ、最悪の状況だ。分断されては守ることもできない。
おまけに初めに目を付けたのは彼女、由奈だった。
ああ、まずいまずい。何とかしないと!!
何か。何かないのか?!
劔の目に映ったのは、レンガの道がこの騒動で割れているせいかその破損で出来上がった当たれば少し痛そうな石だった。
なるようになるしかない。
咄嗟にいくつか気が引けそうな石を複数かくまい、そのうちの一つを眉間と思わしき場所に投げつけた。
ガーゴイルはこちらを見る。
よし! 気は引けたみたいだ。後は。
「離れるんだ由奈! こいつくらいなら何とかでる!!」
この状況はあまり自信はない。しかしやるしかない。
自分が狙われてても横を通り抜けるしかない。
あくまで態勢を整えるだけだ。隙をついてそっちに向かう。
そう、隙をついて、狙って。
俺はじりじりと後ずさりながら期を窺う。
背後からでた衝突音が聞こえるまでは。
「何だ?!」
背後をみるとそこには気を背後に倒れこむユーリの姿だった。
「ユーリ?! 何でここまで!!」
咄嗟に体を動かし駆け寄った。
「大丈夫か! おい!!」
返事をかけたが応答がない。呻きながらぐったりとしている。
倒せそうな勢いだったのにどうして?!
状態を確認する。
右の肩と腕に1本ずつ矢が刺さっているのを確認する。
「矢……あの百足はそんな器用なことできないはず」
おそらく街中で見かけた小鬼の仕業だと悟った。
あいつは確かそういう武器みたいなのを持っていたのを見ている。
きっと弓矢を持っているのも居たんだ。
そいつらに不意打ちで狙われたのかもしれない。
そして、ユーリがここに飛んできたということは……まずい!!
「由奈!! 今すぐここから逃げろ!!」
「でも!!」
「あいつが来る!! 早く逃げろ!!」
少し揺れてきている。あいつがそろそろ来る。
由奈はしばらく考えてこくりと頷くと、颯爽と走り出した。
無事に逃げてくれと祈る。
しかしその祈りは届かなかった。
その姿は何かに躓いたかのように大きくこける。
「へ……」
何が起こったのか。分からない。
少し目を凝らしてみると、彼女の足には細長いつまようじのような物が刺さっている。
矢が刺さっているんだ。
「ああ……やめてくれ……」
嫌な予感がする。
悪寒がした。
冬の寒さも怯えるほど背筋が凍り付く。
次の瞬間。
地面から這い上がる何かが作る衝撃音は聞こえない。
それは自分の心が閉じたからかそれとも……何だろうか。
その感情を言葉にできない。
這い上がった場所は彼女の足元。
雪が降り始めた。吹き上がった土も雨の様に降ってきて汚い雨の様になる。
紅く照らされて少し奇麗に見える。それが焔によって照らされてなければ最高だと心から言えたのに。
雪に染まるは炎か鮮血か。それは俺にも分からない。
世界の涙か、俺の涙か。
残酷なサンタの贈り物は終焉。それを告げるは血のクリスマス。