Optical Camouflage
心のどこかで、やってしまったと後悔をしている。
きっと彼は知らないから。私の抱き続けている苦悩の本当の意味を。
一海には悪意なんてものはない。そう分かりきった話なのに。
なのに私は彼に一撃を喰らわせここまで無心に逃げてしまった。
恥を怖がり、目に怯え、迷惑という亡霊に取りつかれた私にとって、浸食する悩みの茨は一生私に纏わりつくと思っていた。
欲しいと思っても、ここまで追い詰められても他人より自分が可愛くて仕方がない、罪深いどうしようもない生き物が私だ。
結構な距離を走ったからか、膝に手を置くほど息が荒い。
少しずつ、息が整うと私は思わず草の座布団に座り、膝を抱えて枕にし顔をうずめた。
「スカポンタンは私よ……」
折角夢の一歩を踏み出したとたんに躓くとは何とも情けない。
あの人なら。魔法が使えない私を何の嫌悪もなく受け入れた一海ならもしかしてと思っていたのだが、それでも臆病な心が信じ切れず逃げ出してしまった。
私はこれからどうやって生きて行こうか。
私の知られたくない秘密と、あと何故かついでに下着の色がバレた今どうすればいいのか分からない。
恥ずかしさと申し訳なさで帰れそうにない。
しばらく己を戒めることしか自分に出来る事がなかった。
「折角仲間が出来たのに台無しにしちゃったな」
膝の丘陵から目を出して地面を見る。
しばらくその異変に気づきはできなかったが、謎の居心地の悪さだけは感じている。
何だろうと思い続けると、その謎を見つける。
「……影?」
私の座っている場所を含めた周辺は大きな影に包まれている。
何か嫌な予感がし、咄嗟に立ち振り返る。
しかしそこには何も存在しない。ただの風景があるだけだ。
「いない?」
吹く風が涼しく、何故か不気味で仕方がない。
何もないのだから気を付けることもないのだが、 頭の中は逃げろと囁く。
ここは危ないと警鐘を鳴らし続けている。
しかし理由を見つけられず逃げようなんて判断になれなかった。理由なんて見つけても意味がないのに。
本当に運良く、本当に運良くだが偶然私の目に理由が映る。
「……?!」
空中に浮かぶ謎の反射が目に入った時私はその場からバックに一度ステップしそこから距離を放す。
鱗に似た反射が気になった時、予測の話だが擬態している何かがそこにいることを察知する。
その間に地面には衝撃が走り私は風圧で更に遠く飛ばされた。
杖を支えにして立ち態勢を立て直す。
間違いない。そこに何かいる。
「おかしいですねぇ。完璧なステルスだと思ったんですがねぇ」
目の前の空白から発する声の主は次第に形を表し具現化する。
緑の鱗で生成されたその表皮ととさかの様に逆立つ背骨、猫背で極度に曲がった体をした二足歩行の爬虫類が現れる。
目は出っ張っていて渦を巻いているのが何とも不気味さを駆り立てた。
「魔物が、喋ってる?!」
衝撃だ。こんな魔物見たことも聞いたこともない。
その上人語も話せるときた。今までに味わったことのないプレッシャーが私を包んだ。
「ああ、逆光でしたか。これは迂闊なことをしました。これだから視界のいい真昼間は嫌いなんですよ」
こんな時に魔物と遭遇するなんて最悪だ。おまけに孤立している時なんて。
何とかして逃げないと。
「しかし魔法使い一人なら何とかなりそうです。それでは、私の糧になってください」
謎の爬虫類は言葉を言い終えると、口の中に手を入れ何かを掴むと、ゆっくりと赤い棒状のそれを引き抜く。
粘液に包まれた軟性の物体は体の長さを優に超え完全に引き終え振り払うと硬質化する。
相手はその場から動かず突きの動作に入った時、回避しろと頭の中が叫ぶ。
咄嗟に時計回りに回避を行う。
微かに目に入るのは、数メートルも離れ、武器の射程も届かないはずの距離で私のいた地点に棒の頂点が届いたこと。
「伸びた?!」
「おっと今の回避はお上手」
そこから行われる薙ぎ払い。体ごと飛び込んで必死に逃げるが、更に伸びることまでは想像できなかった。
棒の少し中央よりの側面に当たり逃げ込んだ位置から大きくかっ飛ばされる。
大きく転がった先で痛みを堪えながら立ち上がろうとする。
目の前には空とかなり小さく見える程距離の離れた怪物しか映っていなかったが、一瞬で赤い肉壁が視界を包む。
思わず身構えるがその位置からこれ以上近づいてくることはなかった。
そして赤い物体はまた縮小したのか姿を消した。
「ちっ、少し飛ばし過ぎましたねぇ」
私は何となく察する。これが相手の最長射程なのではないかと。
情報としては凄くありがたいものだ。だがその長さにも絶望さえする。
およそ20から30メートルと言ったところだ。人約18人分の長さが射程というのは恐怖を覚えるにはあまりにも容易だった。
しかし最長射程を知れたということは今がチャンスでもあると理解もしている。
私はその隙を付き全力で相手と反対方向に逃亡する。
「勘が良いのは面倒です」
化け物はポツリと呟く。
何とか今のうちに逃げないと。
街の近くにまで逃げなきゃ援軍さえ呼んでもらえない。
せめて少しでも街に近づかないと。
幸いにも進行方向はギアの街のある方角。
あと少し走りきれば一海やアントンとも合流でき・・・
そう思って戸惑ってしまった。
何を馬鹿なことを考えてるんです。
私が勝手に飛び出して、問題ができたらへこへこ助けてくれと戻ってくる?
そんな身勝手で我儘な仲間なんて要らないに決まってる。
私がここでくたばってしまった方が誰も被害に遭わないかも・・・
いや、それも馬鹿な考えだ!あんな妙な奴、どの道近くの村を襲い始める。
ならそれこそ援護がもらえる状況を作るしかない。
でも、どんな顔して会えば・・・
そんな不安の種も、足場の大きな影を見て吹き飛んだ。
思わず見上げた上空には、あの巨躯の化け物が舞っている。
「そんな?!」
着地地点を大まかに予測し足を止める。
目の前に振ってきたそいつは地面を大きく揺らし着地する。
「中々良い判断です。ですが少々面倒なのでお遊びはここまでです。私、足が遅いものでして」
怪物は棒を構え私に突き立てようとする。
ああ、そうか。これは私への罰なんですね。
無力で不甲斐ない私の罪なのだ。
ああ、何の役にも立てずに死んじゃうのはやだな。
ごめんなさい、臆病で。
お兄ちゃんとの約束も果たせなかったな。
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
絶望を切り裂く時の一声に目を覚ました。
目の前の魔物はその声に反応し、私への攻撃を中止してそちらに臨戦態勢を整える。
その一撃は踏み込んだ後の上空から切りかかる男の姿だった。
相手はその振りかぶりに対し棒の柄の部分で防御し武器同士の衝突音が響き渡る。
そして、
「腹ががら空きだぜ」
一瞬にして相手の足元にまで接近するもう一人の剣士が抜剣する。
私の目には何も映らなかったが、その姿はすでに剣を振り切っており、後に相手の腹部表面から複数の裂傷が発生し血が噴き出した。
「なあ?!」
化け物は咄嗟にバックステップで後退し距離を取る。
剣士二人は私の目の前に立ち庇う。
私はその二人を知っている。その二人の事を知っている。
一海とアントンだ。
「大丈夫か、ミカ?」
うんと言葉を言おうとしたがまだ少し気まずくて首を縦に振るしかなかった。
お互い態勢を仕切り直していると、二人の剣士に続いて更に二人、ナナミとレフェリーが加わった。
レフェリーが呟く。
「お前ら俺たちの身にもなってくれ」
「しょうがねえだろ。一海が突っ走るからよお」
何故か分からなかった。
もう少し街の近くで練習していたはずなのに。何故彼らがここにいるのだろうか。
そうだ、手に入れた情報だけは伝えないと。
「気を付けてください。そいつ消える上に棒を伸ばせるんです」
「消えるってマジか?」
アントンは神妙な顔で聞く。
「はい」
「棒が伸びるの?どれくらい?」
今度はナナミが尋ねる。
「ここは余裕で届きます。それもかなりのスピードで」
「ひゃあ、そりゃ今ピンチだね、俺ら」
「如意棒みたいな物か」
一海の言った如意棒が何かは分からないけど、全員理解はしてくれたみたいだ。
「まあとにかく状況は分かった。あいつ倒してくるからミカちゃんを頼むぞ!一海!」
「ああ。」
そういうとアントン一行は前線に走り出す。
遂に始まる魔王軍との攻防戦!
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