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那由多の剣と魔導士の卵  作者: ナンプラー
序章  血のクリスマス
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災禍、想起す



 目が覚めるとそこはエアポートの搭乗口の様な、一面ガラス張りの窓に綺麗な弧を描いた廊下だった。

 凄く懐かしい感じがするが、何か思い出せない。

 いつだったか、一度行ったことがある気はする。

 そんな懐かしさを覚えつつもどこか妙な不安も共に感じていた。


「痛っ……」


 頭痛がした。何となくそれは何かを思い出したくないかの様に拒んだ気がした。


 何か思い出すかもしれないと思い廊下を探索する。

 目に映る広告の役目をする等身大の掲示板や快晴で彩る外の光景はどこか心に引っかかりを感じるものがある。

 そして歩き続けて一つの小さな販売所が目に入った時、ここが何かを思い出した。


 少し前、東京に建った観光名所である大きなタワーだ。

 自分の立っている場所が何かわかると謎の恐怖を感じてた理由も芋づる式に理解する。


「誰もいない」


 タワーには絶対、閉鎖しているわけでもなければ1人もいないなんて事態は起こらない。

 ましてや、今目の前にある小店にシャッターの空いた状態で店員さえいないなんておかしい話だ。


 凄く嫌な予感がする。

 一粒の汗が顔に流れ、何かが起こっていると心が俺を焦らせた。


 まず一つの疑問を解消するべく、俺は記憶の通りにエレベーターがあるはずの場所に向かう。

 到着すると降下のボタンを押す。

 ボタンはその命令を無視し点灯してくれない。

 何度も試してみるものの無視を決められる。

 階数表示される電子盤を見ても表示さえされない。

 これで分かったのは自分は監禁状態にあるということだ。


「もしかしてデスゲームとか始まったりするのか?」


 なんていうそんな疑問を思い浮かんで口にする。

 でも何となく人のいなさにそうじゃない気がした。

 ああ……頭の中が上手くまとまらないな。

 何となく方向性が違うと思った。

 ただ考え方は悪くないはずだ。

 創作物が好きな傾向があるせいか、クローズドサークルだから絶対悪いことしか起きない等へんなことだけは頭に浮かんだ。


 しかしそんな知識も意外と役に立ったのか、確認事項がもう一つ出てきた。


「最後何してたかな」


 ここにくる直前の記憶を思い出すことだ。

 これもミステリーの鉄板で、突然閉鎖空間に閉じ込められた時はまず最後の記憶を掘り起こすこと。そして更に、


「……覚えてない」


 そんな状況は記憶を失っているのも鉄板だ。

 胸がざわついたのは自分に何があったのかを思い出せないからだけではなく、おまけに不幸の金一封が付いてきたからだ。


 自分の名前さえ思い出せない。


 参ったな。いざホラーな事態に巻き込まれると悍ましいものを感じてしまう。

 これは想像以上に厄介そうだ。

 ため息が出そうだ。というか今出たなため息が。

 そうなってくるとまず全体の確認をした方が良さそうだ。

 何もなさそうだけど探さないと何も始まらない。


「もう少しのようですね」


「うべぇ?!」


 後ろから聞こえた声に思わず妙な驚きをして振り向いてしまう。

 目線の先にはさっきまでいなかったはずの場所に、ギリシャ人の様な服を纏いサテンの生地で作られた布を肩に羽織った女性が立っていた。


「誰だ?」


「私ですか……?それを話すにしても、まず貴方に思い出してもらったほうがいいでしょうね」


 恐る恐る俺が聞いてしまった質問に対し、女は少し困ったような気がした。


「あなたは今、記憶が不安定な状態なのです」


「不安定?」


「思い出したいことを上手く思い出せないと言いますか……どちらかというと思い出したくない状態なのかもしれませんね」


 またとんでもない状況だな。

 それが本当ならかなり参ってしまっているのか。

 考えたくもないな。

 だが情報が何もない今、何かを探し続けなければ話にさえならない。

 とにかく分かるのは、今はこの敵か味方かもわからない女性の話を信じ、話を進めなければならない。


「どうすれば良い?」


 その応答に彼女は、ほんの少しニコッとした。


「慌てなくても大丈夫です。落ち着いたらあれを覗いてください」


 彼女が手を向けたのは観光用望遠鏡。あれを覗けということらしい。


「……ああ」


 呼吸を整える。

 怖い気持ちの方が大きいが、何も分からないのも不安なせいで俺は歩むしかなかった。

 少しずつ距離を近づけ、望遠鏡を恐る恐る覗き込んだ。


 公園が見える。あの公園もどこかで見たことがある気がする。

 いつだったかな。大切な何かを行った気がする。

 何だったかな……


 突如頭に電撃が走った様な痛みを感じ、それは長く続く。


「ウッ……アアッ!!」


 万力でゴリゴリと締め付けられる様な鈍痛と耳鳴りが俺を苦しめる。

 頭の中に膨大な記憶を無理やり植え付けられる感覚は、無理やり物を入れられて封をされた容器の気分になる。そしてその激痛は急速に鎮静し、そして




 劔 一海(ツルギ カズミ)は全てを思い出した。


 俺は日本の都心部で平凡な暮らしをしている漫画編集者で26歳だ。

 一体何があったのか。その日地球で起こった最悪の一日とは何か。

 それを物語るのは俺の最後の記憶、2019年のクリスマスについて語らねばならない。





ーーーーーー





 喧騒とした夜の繁華街の中を、一人の男がはしっている。人の群れをかき分け一心不乱に走る剱 一海は左手の腕時計を気にしている。


「間に合うかなあ……」


 この日一海には世界の危機を捨ててでも、会わねばならぬ人がいた。

 片岡(カタオカ) 由奈(ユナ)。大学時代から6年も付き合っている、いや、伴侶になる人だ。


 自分が今日急いでいるのは、早く会いたい。それも一つの理由だが、1番は準備した作戦。これが一番大事なのだ。

 何せ伴侶になるはずだった人になりかねなくなる。それはまずい。


 編集者という仕事の都合上、残業になることも理解はしてくれているが。決めた段取りだけは待ってくれない。


 残業があると想定した計画にしてはいるが、全て想定内に行くかはわからない。出来るだけ誤差は小さくしたいのだ。


 ひたすらそんな気持ちを胸に込めて走り続ける慌てん坊。

 早く帰れるように念入りにシミュレーションし、上司や同僚の悪意を掻い潜ってきたのだ。走るのが辛いなんてことはないと強がる。


「持ってくれ俺の足いいいいい!!」


 誰かが見た気がする。冷たい目で見ている気がする。いやどう見られてもいいさ。そんな痛さ、これから起こる幸せに比べれば些細な物。幸せな不幸である。




ーーーーーー




 人の騒めきが強くなった気がする。


 信号で止まっている時にそう感じた。辺りを見ると皆携帯電話を見ている。よくわからないまま彼女からの連絡はあるか携帯を手に取る。


 偶然だった。普段は目にもしない最新の連絡アプリの呟きに答えはあった。


「各地に出来た浮いた穴」


 この話題で持ちきりだった。空中に謎の亀裂状の穴が出現したらしい。

 記事に載っていた写真もCGの様に見えるが全くの無編集とのこと。


 どうなっているのだろうか。まあ今は彼女からの連絡を確認し、


「なんだあれはあああ!!」


 人々の話し声を裂き、悲鳴に近い声が空間を支配する。目線は空の先。捉えるはいくつもの鳥の影。...いや、鳥の影にしては少し大きいか?

 とにかく蠢く影と、


 -----星が見当たらない。


 空には雲ひとつない。なのに星が、月が見えない。

 あまり考えないように、理解できないものを無理に理解しないように剱は逃避しようとする。

 それでも何故という疑問が脳を走り続け、


 見つけてしまう。

 星が見えないのではない。

 今日が新月なのではない。


 何かが仕切りとなっている。


 -----あの画像を見なければよかったと後悔した。


 星と自分たちの間にあるのは丁度今知った浮いた亀裂状のそれ。

 その数百数千、もっと多くを倍にした大きさの穴だった。


「何だあれは……」


 次第に謎の影もボウフラの様にウジャウジャ溢れている。

 あの穴から出てきているところを見ると、それはワープゲートの様な役割をしているのだろう。

 その雰囲気は正にサバトを思い浮かべるように不気味な物だった。


 そして、幾つかの影が彗星のように流れて、


 その内の1つが


 少し遠目にいる若者の方へと舞い降りる。


 周りにいる人間は、影が羽ばたいた風圧で少し騒めく。


 今でもその時の衝撃は覚えている。

 何せその降りてきたものは控えめに言っても化け物だ。


 爬虫類のような綺麗な鱗の肌を持ち、足と腕は長い。

 少し曲げた状態で膝を抱えるような立ち方は、陰湿さや狡猾さを思うほど不気味。

 何より人の形をしているのに悪魔の様な羽を持ち、鼻と口元が内側から叩いたかの様に突出し嘴の様に口が尖っている。


 どこかで見たことがある気がすると思っていたが、海外の雨樋やゲームで見るガーゴイルによく似ている。


 辺りには、静寂が広まった。

良ければ感想、評価、ブックマークしてくれると作者が歓喜の舞をすると思います。

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