初めてのパーティーメンバーはこの薄暗い路地裏で!
第二話 初めてのパーティーメンバーはこの薄暗い路地裏で!
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「助けるったって、なにしたら......!」
突然の事で何が何だか分からない──!
俺の腕の中には、恐怖のせいか震える少女。
狭い路地裏に漏れる薄明かりが、薄紫色の少女の髪を優しく照らす。
俺は動けずに、どうしようか戸惑っていると──。
「いた──! .........? ......、なんだお前は」
──現れたのは、白色長髪の美少女。
...どういう状況かは知らないが、可愛い女の子に頼られたんだ。
俺が、どうにか護ってやらないと──!
「通行人だ。お前こそこんな少女を追いかけ回して何やってんだ」
少女を後ろへ回し、相手の前に立ち塞がる。
背中籠る強い力、俺は決意を固める。
喧嘩なんてしたことないが、どうにかなるんだろうか。
──いや、どうにかするしかないんだ。
美少女だろうが関係ない、俺はたたか───
「ほう、邪魔する気か。それも丸腰で? 随分舐められているな。──でも、これならどうだ?」
そう言ってポケットから取り出したのは──なんとナイフだった。
いや、いやいやいや。無理ですけど。
こんなもん素手でどう戦えってんだ。
──どうしよう、もの凄く逃げたい。
「どうした? 汗が凄いぞ? 貧弱そうなお前だが、それでもこの世界に生きる男だろう? 多少はやるんだろうな」
いや、何勝手に誤解してんの?
なんにもやれないけど?!
この世界の男は逞しすぎるだろ、ナイフ相手にどうやって生身で勝つんだよ!
「......。お前、本当に汗が凄いな...。......おい、相手するのも可哀想だから見逃してやる。その代わりお金だけ置いて行け」
え! 本当に?!
──いやいや、ダメだろ。
ここで逃げたら人間失格だ。男としてお終いだ。
──男には、やらなければならない時がある。
......それが今なんだろう。
俺は、拳を握って────
「こいやあああああああああああ!! やってやらあああああああああああああ!!」
──声を裏返しながらそう言った!
「ふっ、それは残念だったなあああああああああああ!」
それを聞いた女の子は、ナイフを輝かせながら走ってきた──!
●●●
「んーー、ひょっほまっへ」
──......気がつけば、俺は天界にいた。
「んっ......く......、よっ! 一日ぶり!」
クッキーか何かを食べていたのか、口元にカスを付けたまま。
テーブルに洒落た椅子にパラソルまで。
──女子会か何かか?
皿もカップも椅子も二つあるところを見るに、さっきまで誰かいたんだろう。
───ちなみに、俺はどこにいるかと言うと。
────地べただ。
「よっ! じゃねーよ、よっ! じゃ。なんだあそこ、魔界かなんかかよ」
手に草がちくちくして痒い。
「あははっ、そんなんじゃないよ」
嫌味ったらしく零す俺に、御神乃がつっこむ。
「じゃあとんだ物騒な街だな。はじまりの街のくせに、その中で殺されたよ。魔王軍の手が〜ってのは、ありゃ本当だったな」
御神乃への評価がころころ変わるが、まぁしょうがないことで......。
「ん? 杏月、殺されてないよ?」
──...なんだって? 今聞き捨てならない事を聞いたような......。
「え? だって俺、ナイフで......」
舌なめずりをするナイフが頭を過る。
そんな凶悪なナイフを手にする女の子に、俺はそのまま──...
「あれおもちゃだよ」
「えっ......?」
衝撃の返答に、耳を疑う。
「まさか覚えてないの? あんたはナイフを避けようとして、躓いて階段に頭打ったんだよ。そのまま死亡」
「まじ......?」
「まじ」
「「............」」
「あははははははははっ! 杏月ってばどんな死に方してんのさ! ぶははははっ!」
「笑うなああああああああああああああ!」
俺の死因は、とんでもなくダサいものだった......。
──てか俺躓きすぎだろうがッ!
「じゃああの女の子は何なんだよ! おもちゃなんか用意して!」
恥ずかしさを誤魔化すため、怒鳴るように問いかける。
「あの二人は街じゃ有名だよ。あんたが見かけない顔だからつけられてたんだろうね!」
笑い転げたせいで、椅子やらパラソルやらを倒した御神乃。
「いや、何の意味が.....」
せっせと立て直す御神乃を薄目で見ながら、俺は聴く。
「えっとね、たしか借金を負ってるとかなんとか。だからどうにかしてお金を稼ごうと」
また椅子に腰掛け、ぽんと手を打って御神乃が言う。
そんな腑抜けたな音で言うことじゃないだろそれ!
「とんでもねー奴らだな! なんで誰も捕まえないんだよ!」
脅して金稼ぐやつが有名になるんじゃないよ。
いくら剣と魔法の異世界だからってそれは──
「二人はあの街の英雄らしいよ。だから大抵の事はスルーされてる。逆に街の人はお金をあげようとしたり食べ物をあげようとしてるけど、断固として受け取らないんだって」
「なんでだよ」
「ちなみに二人の恫喝が成功したことは無いっぽいね」
「なんなんだよ」
異世界ってわからんな。
なんかどうでもよくなって──
「いや待ってくれ。今気づいたんだが、二人二人って、まさか──...」
「ん〜? まさかもなにも、二人ともだよ二人とも。それ以上でも以下でも超過でも未満でも♪」
──そん、な...、バカな、あの少女も仲間だったってのか...?!
未だ疑う俺の視線にミカノが合わせ、肯定とばかりに笑顔を向ける。
...嗚呼、女って怖ぇ。信じらんねぇ。
「でもまぁ、人殺しとか、事件起こしたりはした事ないから、別に何も悪いことしてないよ」
「借金負ってる時点でしてるだろ! ってか俺死んでるだろ、事故だとしても!」
後頭部をさすさすしながら俺は吠える。
それに対し、ミカノは面倒くさそうに答える。
「確かに。でも詳しいことは知らないから、興味あるなら自分で調べてみたら?」
いいです。もう聞きたくないし興味無いし怖いし...。
「調べねーよ......。それよりさ──」
「チートの事でしょ? 私も腹たってんだよね」
俺の言葉を先回りして、御神乃が言って腕を組む。
「お、おう。お前、一応女神だろ? 呪いの話、詳しく話してくれるか?」
──細めた目に気圧され、少し言葉に詰まる。
俺にかかってた呪い──それもチート級の呪いを使えるやつがあの子以外に居たりするのか?
「一応じゃなくてちゃんとした女神。──残念だけど、呪いは解けないんだよね〜」
空気感を察してか、伸びをして緊張を解す御神乃。
─────......。
───...。
.........。
──ん?
解けないんだよね〜って、呑気になに言ってんだ?
何で、解ける解けないの話になってんだ?
もう解けてるだろ、流石に。
.........。
...だよな?
「あの...理由を聞いても?」
俺一人緊張が増して、問う。
「あんたが掛けられた呪いって、随分強力みたいでさー」
テーブルに突っ伏して、足をばたつかせて。
「死んでも消えない呪いとか、勘弁して欲しいよ全くぅ.........」
..................。
.........は?
「ちょ、ちょっと待ってくれ、どういうことだ?」
「どうって、そのまんまだけど。死んだぐらいじゃ消えないんだよ」
そんな軽い話じゃないだろ!?
呪いの装備とかならまだしも、俺自身にかかった呪いだぞ?!
規格外な異世界スケールが、重荷すぎて潰れそうだ!
「かけた張本人を殺すしか.....」
──御神乃が、ぼそっと呟いた。
「い、いや、それは......無理だろ。物理的にも、精神的にも......」
俺はまだ、あんな美少女を殺せるほどの力量はない。ついでに挑む度胸もない。
「まぁ...その、てことは、これからチート無しで頑張ってかないとダメってことだよな。いいよ、覚悟も出来たし」
なんの覚悟かは、伏せておくとして。
もう面倒事に巻き込まれたくない俺は、平和を願う者にでもなろうと思う。
勇者の皆様方どうか頑張ってください。
「まぁー持ち主がそう言うならいいけどさ〜.........」
大きくため息をついて、御神乃は魔法陣を出現させた。
あからさまに機嫌が悪い御神乃に、かける言葉は見つからず。
ただただ静かに、魔法陣に吸い込まれた。
「それじゃ、気をつけて〜.........はぁ......」
「.........おう......」
●●●
「おい、大丈夫かコレ。死んでるんじゃないだろうな。どうするんだ」
「......わかんない。でもこれだと私達が殺したみたいに.....」
「なっ!? ただでさえ───」
帰ってきた。死んでも生き返っても空気悪いな。
仲良さそうに話すこの少女がグルなんだよな。
この世界......恐ろしいわ......。
「おい! 起きろ! 死んでないんだろ?!」
叫ぶ女の子の声に、焦りが乗っているのがよくわかる。
「.........とうッ!」
「おわッ! なんだ、びっくりさせやがって!」
俺はバッと跳ね起きて、二人と対峙する。
あいつが持っているナイフは偽物らしいし、怖いものは無くなった。
ここからは俺のターンだ──!
「悪い悪い。そんなちんけなナイフで主導権を握っているつもりなのかと思ってな」
上から目線で、俺は煽る。
「な、なに?! そんな口きいてると──!」
俺の突然の変化に、女の子は動揺を顕にして。
「きいてると? なんだ? やってみろよ、やれるもんならやってみろよ!」
ここぞとばかりに、俺は攻める。
「くっ──! 良いのか? 本当に良いのか?!」
俺が退くと思っているのだろう、ナイフをチラつかせる女の子。
──だが生憎、俺はその正体を知っている。
「良いっていってんだろ?! そのおもちゃで何するか分かんねーけどな!」
「なっ! 何故それを──ッ!」
後退りをした少女に、勝ちを確信した。
「ふ、俺を舐めたのが敗因だったな。ここからどうしてやろうか──」
何をしようかと、色々と考えている間に────。
「くぅ......お願いだ! お金を置いていってくれ!」
「えっ?!」
ド直球!
いきなり女の子がお金をせがんできた。
なんだ、頭がおかしくなったのか?
「いやいや、置いてくわけないだろ! てか俺も持ち金ほぼ無いんだよ!」
──そう、さっき気づいたが、俺のお金は底をつきかけていた。
予想はつく、おそらくぼったくりの宿屋のせいだろう。
「お願いだ! なんならとんでもなく妥協してお前のパーティーメンバーにだってなってやるから!」
──なに? パ、パーティーメンバーだと?
それって、ゲームでよくある...!
いやそれより今とんでもなく妥協って言った?
少し心が騒ぐ──俺は───
「断る」
「なっ?!」
──その申し出を、断った。
「何驚いてんだよ、誰がこんな芝居してまでお金せびってくるやつをパーティーメンバーにするんだよ!」
冷静に考える間もなく、俺は答えを出した。
「お、お願いだ! こんな事出来るのはお前しかいないんだ!」
ナイフを仕舞って、懇願してくる。
「罠に嵌めれそうなやつって意味だろ?! ダメだ断る!」
「私からも頼むわ! あなたしかいないのよ!」
白髪の女の子と言い合っていると、今まで黙っていたもう一人の少女からも声が上がった。
薄紫色の、ボブのこちらも美少女である。
背が低く、中学生くらいの少女。
見ろよ、この子さっきまで涙目で助けてって言ってたんだぞ?
「てめー急に口開きやがって、二対一で言ってきても無駄だからな! 俺は帰る! バイトでもやってろ!」
唾を吐き捨てようとして踏みとどまり、俺は二人に背を向ける。
「バイトはもうやってる! でも終わりが見えないんだ!」
「少しだけでいいから! お願い!」
お願いとか頼むとか、プライドが無いのかプライドが。
「少しでもあげたら俺が死ぬわ! そんなヤバイ借金あって生きていけてるだけマシだろーが!」
俺はイラつき向き直って、代わりに別れの言葉を吐き捨てる。
衣服は綺麗めだし、やつれているわけじゃないし、別に死ぬほど困ってるって訳じゃないんだろう。
俺自身のお金が無くなればそれこそ終わりだ。
「「お願いしますぅー!」」
───俺は心を鬼にして、二人の元を去り路地の出口を目指した。
〇〇〇
「お、あった」
道なりに進んでいると、路地の終わりを見つけた。
さっきの二人が頭にちらつきながらも、考えないように歩く。
俺は路地を抜け、ようやくちゃんとした道に出ると───。
「わっ!」
「うぉわっ! びっくりした! ......って、ミカノ?!」
──そこには、ミカノがいた。
「退屈だから来ちゃった!」
元気よくピースサインを作って、ウインクを決めるミカノ。
「は?! いや、来ちゃったって、どうやって?!」
「まぁ細かいことは気にしちゃダメ! ていうか結構待ったんだからね、いつまで話し込んでたのさ」
ミカノは、右手にりんごの芯、左手にちょっとだけ残っている瓶ジュースを持ちながら。
ほんとに長い間待ってたんだな...。
「いやぁ、なかなか強烈な二人だった...」
俺は後ろをちらっと見て、思い返して身震いする。
「ふーん......お金貸してあげても良かったんじゃない?」
ミカノも同じく路地を覗いてから、俺を見る。
「やだよ...。さっきも言ったけど俺が死ぬ」
後ろめたさを残して視線を戻し、もう忘れることに決めた。
「なら私が稼ごうか?! ここでマッチ売りの少女として、泣きながら道行く人に声をかけるの」
「やめろ! 恥ずかしいわ」
りんごの芯をぽいとゴミ箱に捨て。
いつの間にか着た頭巾を深く被って、ポーズを決める。
「一本いる?」
「いらんわ」
てかなんでマッチなんか持ってるんだよ。
「あっ、そうだ! それよりなんかあるんでしょ? 冒険するために行かないとダメなとこ」
「え? あ、あぁ、それって......ギルドか? よし、俺も最後に行こうと思ってた所だ、行くぞっ!」
「おー!」
残りのジュースをぐいっと飲んだミカノ。
急かすように言ってきたミカノに、少し戸惑ったものの。
ギルドに対し胸が騒ぎ、さっさと切り替えた俺は。
──冒険の始まりの証として、高く拳を挙げた。
●●●
「ようこそ冒険者ギルドへ! 本日はどうされましたか?」
.........ほう。なかなかどうして美人である。
大きな瞳にぷるんとした唇。
白とピンクの雑把な長髪、色気を増す眼鏡。
空いた胸元から覗く底の見えない程の深潭。
同時に、それは絶景としても捉える事ができ。
まるで一種の催眠かのように、視線は絶景に集まっていく。
ふむ、ここで働かせているのが勿体な痛い痛い痛い。
「おい、なにすんだ」
絶景を見ていると、ミカノに小突かれてしまった。
「あんたの汚ったない目で困ってるじゃん。目瞑ってて」
汚物でも見てるかのように、ミカノが俺に視線を送る。
「汚いって言うなよ。折角かっこよく良い感じに表現してたんだから」
例えば深潭とか絶景とかおっぱいとか。
「知らないよ。いいから黙って」
気づけば猥褻物でも見下しているような哀憐な目を向けられていた。
悲しい。そんな目で見なくても...。
「えぇと......どういったご要件で......」
胸の揺れたお姉さんは、困った様子で再度問いかけた。
...色々と思う所はあるが、進まなそうなので本題に入ることにした。
「冒険者登録です。ここで出来るんですよね?」
「はい、出来ますよ。初めに登録料1500フローかかりますが、よろしいですか?」
正直宜しくないが、仕方がない。
「はい、......二人合わせて3000......。どうぞ」
痛い出費だが仕方がない、これも冒険者になる為だ。
──が、もう残り3000フローしか残っていない。
「はい、確かに。......では、こちらの紙に手を置いて、強く“ステータス„と念じてください」
お金を受け取ったお姉さんは、茶色の紙切れを取り出してカウンターに置いた。
A4くらいか? 項目が細やかに書かれている。
「そういうのがあるんですね、...えっと......こうして......」
俺は紙の上に手を置いて、言われた通り“ステータス„と念じた。
............。
......──だが、何も起きることは無かった。
「.......? あれ? 何も起きませんけど......」
紙の上で手のひらを翳すなんて、中学一年生の自由研究でやった魔術以来だな。
.........最悪だ、沈黙のせいで恥ずかしい思い出を蘇らせてしまった。
「あら、珍しいですね。スキル“ステータス„を持っていないんですか。では少々お待ちください」
俺の心内を知らないお姉さんは、そう言い残して受付の奥へ行ってしまった。
──何が起こったんだ?
「ミカノ、スキルのステータスってなんだ?」
スキルも、知識すらない珍しい俺は、小さな声でミカノに尋ねた。
「ゲーム好きならだいたい察せるでしょ。この世界の生き物って、基本、“ステータス„ってスキルを持って生まれてくるの」
「ほう」
ステータスは自分の能力値や状態の事だろうけど、それのスキル?
普通はキャラのステータスは、初めから見れるものだからな。
それがスキル化されているのは、ちょっと面倒臭い仕様だ。
そんな設定のゲームはしたことが無いが、この世界ではそれが常識なんだろう。
「全く、杏月のゲームスキルはタコ糸みたいに細くてか弱いんだね」
「タコ糸言うな。──ちなみに普通じゃないからな、この要素。フィオレニアを創ったヤツってのは、どっかズレてんだな」
「んッ......! こ、こほんこほん...」
──? 変にむせたのか、咳をするミカノ。
──と、ミカノを見ていると一つ思い出した事がある。
「そういやお前、俺の身体をこの世界に適応させたって言ってなかったけ」
言語がわかるってのはわかったが、それ以外はどうなんだろう。
ミカノもよく知らんって言ってたし...。
「うっ、痛いとこ突いてくるね、忘れてたんだ。まぁ別に珍しいだけでおかしくないから、気にする必要ないよ」
隠したかったのか、早口で捲し立てるミカノ。
──ふーーーむ......。
「そんなもんなのか」
「そんなもんだよ」
俺たちが喋っていると、お姉さんが戻ってきた。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
お姉さんに連れられ、別室へ移動することになった。
──途中、酒場スペースを通り掛かると。
「おう兄ちゃんたち! あんたら冒険者になえるつもりか? そんな弱っちい身体じゃすぐ死んじまうぜ!」
いかつい顔をした酔っ払いに声をかけられた。
──初めて感じた“ありがち„なセリフに、俺の胸は躍り。
「こう見えても意外とやるんだよ、直ぐにあんたを追い抜いてやるさ!」
引きこもりな事を忘れ、意気揚々と言い返す。
「あんたこの私を見下してたら痛い目遭うからね? こんど蹴散らしてあげる!」
ミカノは元々の性格通り、楽しげに会話している。
「ハッハァ! 若いもんは元気があってたまんねぇな! おうネーチャン酒もう一丁!」
「はいはい、三つくらい持ってくるね。てかあんたマッサージ師でしょうに」
さすが定番の酔っ払いだ。
ファンタジー感があって気分が良い。
──...ん? マッサージ師?
──そうしている内に、俺たちは部屋へ到着した。
「それでは、こちらの水晶に触れて下さい」
部屋には、大男程のでかい水晶が置いてあった。
淡く光る水色の水晶は、なんとも幻想的だ。
さっきとは打って変わっての神秘的な雰囲気に、俺は息を飲む。
「こ、こぅ──うおぉっ!」
「まぶしっ」
──触れた途端、青白く光り輝いく水晶。
たっぷり数秒、手が離れず触れ続けていると、やがて光は収まった。
──だがそのまま固まる俺に、お姉さんが微笑みながら。
「はい、もう手を離しても良いですよ。先程のカウンターまでどうぞ」
〇〇〇
「それではもう一度、この紙に手を置いて“ステータス„と念じてみてください」
俺は紙の上に手を置いて、“ステータス„と強く念じた。
──すると、さっきとは違い紙に文字が現れ始めた。
名前、性別、身長、体重、その他諸々.........。
その名の通り、“ステータス„が文字や数値となって現れた。
「おぉ......すげ......」
その様に、思わず声を漏らす。
「もう大丈夫ですよ」
そう言われ、手を離した紙を、お姉さんが上から下へと目を通し。
──俺のとんでもないステータスが現れ、大騒ぎに........。
「えぇと.......どれも平均に届かないくらいですね..........」
......はならず、俺の夢は砕け散った。
「...........」
「ぶふっ! 平均届かないんだって! あはははははは!」
堪えきれず、ミカノが吹き出す。
「おい笑うな! ちょ、ちょっと、何かいい所とか無いんですか......?」
顔の熱い俺は、必死になってお姉さんに問う。
「どうせ何にもないって! あはははは!」
「うるせぇ黙ってろ! ど、どうですか?!」
いつまでもうるさいミカノを押しのけて、最後の望みを────。
「うーん......そうですね......知力がそこそこ......あ、登録前でレベル19なんてそうそういないですよ。何か特別な事でもしたんですか?」
「えっ? なにか───あっ」
思ってたのとちゃう........。
──だが、レベルに関しては心当たりがある。
多分、というか絶対ドラゴンを倒したせいだろう。
「──ん」
──ミカノが、小さい声で隠しとけと言ってきた。
というか、紙にドラゴン倒したこと書いてないのか?
隠す理由は分からないが、取り敢えず言われた通りにしておこうか。
「た、多分変なものでも食べたんじゃ無いですかね?!」
「なるほど! 食べ物でレベルアップを図るとは、なかなか裕福な家の出なんですか?! 実は貴族だったりして!」
「えっ?! そんなことないです!」
なんで真面目に受け取られたんだ?!
「ふふ、そうですか。それでは隣の方も、どうぞ」
もう一枚の紙を置いて、お姉さんが言う。
「ん、そっか私もやるのね! 任しときなよ」
なにを任せるのか知らないが、その意気込みと共に無い袖を捲り。
自信満々に、紙の上に手を置いた。
──ミカノもまた、自身の情報が紙に現れる。
「あー.......。ミカノさんも、能力値は平均ほどですね」
大変言いにくそうに、だがキチッとホントの情報を言ってくださった。
俺は、反撃のチャンスを逃さぬよう───。
「なーんだ、お前も変わんねーじゃんか。人のこと笑いやがって」
吐き捨てるようにそう言って、ミカノの反応を待つ──が。
「ねぇ、勘違いしてない? いわば私は分身体なの。本体は天界にいる私。この私は本体の力の十分の一にも満たないんだよ」
「えっ?!」
──突然、そんな訳の分からないことを言ってきた。
分身? 十分の一?
何言ってんだ?
「い、いや嘘つくなよ。強がらなくてもいいって」
「嘘じゃないけどねっ」
頬杖をついて、ぷいっとそっぽを向くミカノ。
なんだあれか、思ったより低くて自信失ったのか。
まぁしょうがないさ。そういう時もある。
「ま、まぁ、お二方とも、レベルを上げれば成長はしますし、上位職業にもなれる可能性もあるんですから。あまり気を落とさずに......」
弛れる俺たちを見かねたお姉さんのフォローで、少しだけやる気が湧いてきた。
「そ、そうですよね! 俺頑張ります!」
お姉さんにそう伝えると、ミカノもこっちを向いて。
「まぁそういう方がワクワクするよね!」
やっぱり、気にしてんだ!
「では、こちらはギルドで保管しますので、お二方にはコンパクトサイズの方をお渡ししますね」
お姉さんは、俺たちの情報が書かれた紙にさらさらと何かのサインを書いた。
──すると、小さな魔法陣が展開され、その中にサインが吸い込まれていく。
三重、四重と重なる魔法陣は───やがて形を成して。
小さいサイズの、カードの様なものが現れた。
「こちらは『討伐モンスター』『スキル一覧』『レベル』『スキルポイント』『職業』など、最低限の情報が書かれています。無くすと大変ですので大事に持っておいてください」
カードを手に取って、説明を入れるお姉さん。
「ほぉぇ〜.......なんかすげーな」
それくらいの感想だが、結構感動ものだな。
初めて魔法らしい魔法を見た気がする。
「ウ〜ン、これがこれで.........」
ミカノはどういう物かは知っていたのか、既にカードを弄り始めている。
「──それでは! アズキ様、ミカノ様。ようこそ冒険者ギルドへ! あなた方の冒険のご無事を祈っております!」
───そんな、お姉さんの定型文を挟んで。
「「「行ってらっしゃいませ!」」」
俺たちは、この世界で冒険者になった────!
〇〇〇
「なぁミカノ」
──カウンターを離れて。
「なに?」
俺は、ステータスに関して不思議だったことを聞いた。
「なんで俺のチートスキルとか、ドラゴン倒したことは紙に現れなかったんだ?」
カードのスキル一覧にも、討伐モンスターの欄にも、バレたら危なそうなものは書かれていない。
「あぁ、それはアレだね。“ステータス„のスキルをまだ持ってなかったからね。それ以前の情報は“ステータス„には保存されてないから。チートに関しては呪いのせいじゃない?」
「なるほどな........」
運が良かったのか。上手い具合に噛み合ってくれていたみたいだ。
幸運値はひっくいけどな!!
「そういうこと〜。それで、これからどうするの?」
後ろ手に手を組んで、ミカノが尋ねる。
「ん、そりゃ決まってるだろ。冒険だよ冒険。クエストを請けよう!」
カウンターを離れて、そのままクエストボードまで来ていた俺は。
ビッと指をさして、高らかに。
「そっか、クエスト! それでお金を稼ぐんだもんね! じゃあこれとか!」
ざっと全体を見回したミカノは、どうやら目に付いたものがあったようで。
「んーっと? なになに.....」
ミカノが渡してきた依頼は───。
近くの森に現れた突然変異種モンスターの討伐、報酬20万フロー、難易度上級...........。
「ってなんだこれ?! 無理に決まってるだろ!」
思わず依頼書から手を離してしまった。
汗を垂らして、俺は丁寧にクエストボードに戻す。
「えー、高い報奨金なんだからさぁー! 一気に稼いじゃおうよ!」
駄々をこねる子供のように、服を引っ張ってくるミカノ。
「バッカ、そもそも勝てねーよ!」
「アズキが絶望的に弱いからだよー!」
ミカノがぶーぶーと言ってくるが、こいつ自分の能力値知ってんだろうな?
「違うから。断じて違うから。カード見返せ」
「もー、じゃあもっと普通のでいいからー!」
...こいつ、今話逸らしたな。
雑な口笛を吹く呑気なミカノに、俺は息を整えて。
「そうだな、定番といえばやっぱスライム───」
──言って、はたと止まる。
「どうしたの?」
「........俺見たく、最初にドラゴンに出会ったスライムとかいないよな?」
とあるお方が頭に過ぎって、恐る恐る聞いてみる。
「分かんないなぁ。でも、スライムって弱いし、出会っても負けちゃうじゃん」
──甘い。甘すぎる。
モロッコヨーグルの一段階上くらいには甘いッ!
──いや、だが......。
「流石に考えすぎだな。請けるとしたら........えーっと.......これとかかな」
「森に現れたスライム討伐........へぇー、良いじゃん」
初心者用と書かれたクエストボードから、一番難易度の低いスライム討伐の依頼書を手に取る。
「腕試しにはちょうどいいだろ。いざ、冒険の始まりへ!」
「おー!」
●●●
──街を出て東、木が生い茂る森の中を俺たちは歩いていた。
...のだが、しばらく歩いてもモンスターの気配は無かった。
「......なんにもいないね〜......」
つまらなそうに、葉っぱをめくりながら歩くミカノ。
「いや......そんなことは────ッ! お、おい、あそこ! あの草むらなんか動いた!」
五メートル程先の草むらが、ガサガサと動いた。
「えっ? どこどこ? こっちの方?」
ミカノは、俺が指さした方向へ歩いていく。
「お、おい危ねーって! あんま行くなよ!」
「えーっ。大丈夫だよ弱っちいしー」
ダメだこいつ。危機感全く無ぇ。
「い、いやゲームならともかく、現実となるとな......」
スライムといえど、それでも魔物なんだ。
チートという絶対の力はもう無いから、どうしてもビビってしまう。
「それに、死んでも生き返るし、気にしなくていいよ」
「死にたくねーよ! ドラゴン戦でトラウマになったわ!」
未だに目に焼き付いているドラゴンの姿。
それと口の中。
「ふーん......、スライムちゃーん、そこにいるのー?」
俺の心の叫びを軽く流し、ミカノが草むらの前にしゃがんで──話しかける。
...あぁ、嫌な予感しかしない。
「ほらほら、私は女神様だよー? 怖くないから出てき───うぶっ?!」
「あっ!」
言わんこっちゃない!
案の定草むらからスライムが飛び出して、ミカノの顔にまとわりついた。
スライムはなんとも恐ろしい知能を持っており、ミカノの鼻も口も塞ぎ、呼吸を出来なくしている。
俺は慌ててミカノに駆け寄って、どうにかスライムを引き剥がそうと試みる。
「んー! んーー!! ア、アズっ、んっ、し、しぬっ」
「ちょ、ちょっと待ってろ、もう少しの辛抱ううううううう、な、なんだコイツ! 全然取れねー!」
──だが、スライムはちっとも離れようとしない。
ミカノは全身をバタつかせ、白目になりそう。
「い、いててててててて、も、もっと優しく──!」
「そうは言っても、全然取れないんだよ! ど、どうしよう──」
みょーんと伸びたスライムは意地でも離れないらしい。
このままだとミカノがスライムに殺されてしまう。
...それはなんと不名誉なことだろうか。想像するだけで恥ずかしい。
「あっ、ぐっ、と、取ってー!」
ミカノはもがき苦しんでいる。
徐々に萎んでいく声に血の気が引く。
俺はどうするべきか分からず、混乱していると───
「そらっ!」
後ろから伸びてきた手が、スライムに強烈なパンチを浴びせた。
──すると、ゼリー状だったスライムが、動かなくなって溶けだした。
両手から液体が滴り、地面には水溜まりが出来ていた。
──恐らく死んだんだろう。
それを認識してから、俺は声のする方を見る。
「えっ?! お、お前はっ!」
──そこには、路地裏で会った白髪の美少女と、薄紫髪の美少女がいた。
「フッ、また会ったな」
偶然会ったとばかりに鼻を鳴らす美少女A。
仮に、白髪の美少女をA、薄紫髪の美少女をBとおいておこう。
「まぁほんとはついてきたのよね。ここで逃したらもう次は無いかもって言うから」
「そっ、それを言うな!」
偶然では無かったらしく、美少女Bにバラされ、たじろぐ美少女A。
「お、おえ〜......。死ぬかと思ったんだけど......」
軽い咳をしながら喉を押さえるミカノ。
呼吸を整え、AとBを見る。
「あなたたちが助けてくれたの? ありがとう...」
目を潤ませて、ミカノが言う。
今にも泣き出しそうなミカノを見るに、相当なトラウマを背負ったらしい。
まぁ無理もないか。死にかけりゃ誰でもトラウマになる。
「.........」
──ミカノと目が合った。
これで、俺の気持ちも多少は分かってくれたのか?
──と、そんなミカノに、AとBは。
「どういたしまして。私はカトレア、こっちはエリカだ。これからよろしく」
そう言って、手を差し出す。
AがカトレアでBがエリカというらしい。
「よろしくね♪」
B──...いやエリカも、カトレアに倣い手を伸べる。
「私はミカノ。こちらこそよろしくね!」
それに応え、ミカノは片手ずつ手を取って、へたり込むのをやめ立ち上がった。
まるで旧友にでも会ったかのように、仲良さげに話す三人。
うんうん。あのミカノに友達が出来るなんて...少し感動してしまうな。
カトレアもこれからよろしくと言っていたし......
──ん?
ちょ、ちょっとまて、なんでこいつらこんなに意気投合してんだ。
これからって...まさかだよな。
──って! カトレアが怪しげな握手をしようとしているッ!
「おい! なにさらっとパーティー組もうとしてんだよ!」
俺は慌てて止めに入る。
「ダメなのか?」
「ダメだろ! なんで借金負ってるやつらと! ミカノもなんか言ってやれ!」
きょとんと惚けた顔をするカトレア。
俺の言いたいこと分かってやがるくせに!
──俺は、反射的にミカノに問う。
そして気づいた、これ失敗だったかも。
「別に良いんじゃない? 楽しそうだし、仲間がいた方が面白いし心強いじゃん」
そらきた! こいつ賛成側だ!
「これで三対一ね。さぁどうするのかしら? えーっと、名前聞いてないや」
エリカはちょちょいと煽ってくる。
「俺は杏月だ! くそっ、どうしたものか!」
名前を叫んで、考える。
どうにかパーティーを組まないで済む方法...。
相手が嫌がればいいのか? 俺が脱げばいいのか?!
──おい待て落ち着け俺。そんな事したらパーティー解散どころか存在が霧散する。
そんなことになれば、今後一生背負っていく業の出来上がりだ。
そうだな...それかこいつらに───
顔を上げた俺は──そこで固まった。
──────
────...
──.........
「──って、お、おいお前ら後ろ! やべーのがいる!」
五秒ほど経って、俺はどうにか叫ぶことに成功した。
「「「えっ?」」」
振り向いた三人の後ろには、高さ二メートル程のデカい牛ようなモンスターが、鼻息を荒立て立っていた。
「こういう時は逃げるに限る!」
「あっ! おい待て一人で逃げるな!」
「置いていかないでよ!」
後ろからなにか聞こえるが、気のせいだろう。
「二人も早く行くよ! 走って!」
俺が全速力で逃げ始めると、それに続いて三人も走り始めた。
ついでに牛も走り始めた......!
「ちょ、俺とおんなじ方向に来るな! その牛お前らのこと狙ってるだろ! あっち行け!」
金魚のフンのように後を追いかける三人に、俺は絶叫する。
「この男酷すぎるわ! 女の子見捨てて一人生き延びようなんて!」
ミカノがうるさい。
「くっ、こんな男と分かってはいたが、それでも借金生活のほうが嫌だ!」
カトレアが変なものを天秤にかけやがったらしい。
誰が借金とトントンの男だよ。
──だが...ッ!
「分かったよ! お前らには金をやるからもう来ないでくれ!」
パーティー解消の兆し! みすみす逃すものか──ッ!
「ほんとか?! それは良かった!」
「やったわ、これで私達も!」
良ぅしッ! 狙い通りの神展開だ!
まぁ、どれくらい期待されているか分からないが、手持ちは3000フローだ。文句は受け付けん。
俺はポケットからお金を取り出そうと──!
「えっ?! 二人ともパーティーになってくれないの? せっかく仲良くなれたのに」
「「「えっ?!」」」
──ミカノが、少し悲しげな表情でそう言った。
「そ、そんなこと言われたら......」
「カトレア、ミカノがそう言うなら...良いんじゃない?」
エリカとカトレアが、ミカノの言葉に揺れる。
「うおぉぉい! 落ち着け! なんで出会ったばっかでそんな仲良くなってんだよ、早えーよ!」
縺れそうになる足を必死に回し、牛から逃げながら。
ヤツのスピードは差程速くは無いので、まだ逃げ回れているが。
体力が尽きる前に、森を抜け出さないと!
そう例えば、ここで転ぶなどあってはならな────
「いいか、俺は反たうぅォ───ぉッ!」
──...、足に引っ付いたスライムに転ばされてしまった。
そうですよね、俺もそうなるって思ってました!
スライムの吸い付き力は凄まじく、ちっとも剥がれない。
「ちょ、やばい! コイツ離れない──...ってあー! 牛も迫ってきた!」
──くそッどうなってんだ?! 力が強すぎる!
藻掻く俺の元に、牛より先に三人が追いついた。
「た、たすけて! どうやって剥がすんだ?!」
立ち止まった三人に、仕方がないが助けを乞う。
ドスンドスンと近づいてくる音に心拍数を上げながら、ミカノ達の顔を見上げ────
「この男はほっといて逃げよっか。囮作戦よ囮作戦」
「「賛成」」
「えっ?!」
そう言って、三人は走り出した。
しっとりと、三秒ほど俺を見つめて、呆れ顔で提案するミカノと。
冷たい顔で賛同するエリカとカトレア。
......さぁーせんっしたァァァ!
「おい! ちょっと待て悪かった、謝る! 謝るからぁ!」
ついに俺を追い越して行った三人に、泣きつくように謝る。
「あの?! ほんとにお願いします! どうかーー!」
振り向いてもくれないミカノ達に何度も叫ぶ。
「......はぁ、そのスライムは衝撃に弱い、思いっきり殴れ!」
ようやく折れてくれたカトレアが、対処法を教えてくれた。
「な、なるほど! おらっ!」
力一杯殴ると、スライムは溶けて死んでしまった。
「はぁ、はぁ、あいつら、もう遠くのほうまで...」
慈悲を掛けてくれない、パーティーを組みたいくせに仲間思いじゃないお友達に嫌気がさして。
そしてあいつらとは違う方向へ逃げると、牛は俺を目掛けて走ってきた。
「だぁああああああなんでだよッ! 俺そんな悪いことしたかッ?!」
真剣に神様に懺悔でもしようかと考えたが。
すぐに三人の方へ方向を変え、どうやって擦り付けるかを思案する。
奴の好物でも与えてやるか?! いやでもそんなもん知らねーし!
ていうかなんで俺の事狙うんだよ、あいつらの方が美味いだろうに!
打開策は? ...なんも思いつかない。
──足が重い、頭も回らない。
────と、ふと。
「ん......あれ...?」
──俺は、後ろを振り返った。
「牛...いなくなった......」
あの巨体が、いつの間にかいなくなっていた。
辺りを見回しても、空を見上げても、草むらをかき分けても、どこにもいない。
よく分からない状況で、俺は三人の元へ向かうことにした。
──落とし穴なんかも無かったし、どうやって消えたんだ?
いやだが、ここはフィオレニアだ。なんでもありだ。
透明になるやつもいるだろうし、瞬間移動するやつだってきっといる。
まぁともかく。難は去ったようで良かった良かった。
──そして、俺の目に三人の姿が映った。
「おーい! さっきの牛いなくなったみたいだー」
俺の声に、三人が振り返る。
「えっ、ほんと?! 良かったー、もう走れなかったから!」
ミカノがよろよろしながら俺に纏わり付く。
...うざったいような、ちょっと嬉しいような。
「ふぅー......。これで難は去ったみたいだけれど、これはちょっと...体力つけないと......」
エリカが、思ったよりも大きかったソレをたゆませながら、肩で息をする。
目が離せん。三人の中で一番じゃないのか?
──まぁ、それはそうと。
「俺と思考回路同じだな」
「は?」
二つの怒りを込めて睨んでくるエリカに、俺は目を逸らす。
「しかし、ここは何処なんだ? 帰れるのか? 慌てて逃げたせいで、道が分からなくなってしまった」
全くもって息を切らしていないカトレアが嘆く。
帰りの心配よりカトレアへの恐怖が勝った。
この人怖い。ここに置いて帰ろうか。
「そこは心配しなくていい。ゲームオタク舐めんなよ?」
俺は息を整えて、立ち上がる。
──漸く、異世界モノっぽくなってきたじゃねーか...。
前世の知識や能力で、無双してく作者得ファンタジー。
俺が胸張って得意だと言い張れるのは、唯一“ゲーム„のみ!
だがその力を最も発揮できるのは、今のこの状況ッ!
ゲーマー特有の能力の一つ...ここで解放するっ!
「俺に任せろ...。“マッピング„くら────」
──シャンっ...と。
「...え?」
......俺たちの目の前に、突如牛が出現した。
........................。
............。
...。
「ふぇ?」
「ぶぉん」
──────。
「逃げろぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
絶叫しながら、俺たちは走り出した。
〇〇〇
木々を避けながら走る俺たちとは裏腹に、牛は木々をもろともせず破壊しながら進んでくる。
「やべーよ! このままだと追いつかれる!」
飛んでくる木片が頭上を掠め、血の気が引く。
「そうだ! 誰か倒せる人いねーのか?!」
横一列に走る三人に問いかける。
「戦闘経験ナシ」
「同じよ」
「なんて言ったー?」
そんなことだろうと思った。全員戦闘力ゼロじゃん。
どうしようか、二手に分かれるか?
助けが呼べれば良いんだが、帰り道分かるの俺だけっぽいし。俺もう走れんし。
どうにかして隠れるか?
──いや、牛の視界から外れるのはもう無理か。
それならもう、俺が────
「きゃっ!」
「えっ?!」
「エリカ?!」
「どうしたの?!」
──突然、少し遅れていたエリカがすっ転んだ。
それも顔からべしゃっと、痛そうな音を立てて。
その原因は、俺には分かる。
身に覚えが、ある...。
そう、ぷにぷにの...液体と固体の中間のような──
「...スライムに引っかかった......」
申し訳なさそうに、何故か照れくさそうに。
「やっぱりかーッ!」
頭を抱えて、俺は叫ぶ。
「えええぇぇええぇ! やばいよこれどうするの?!」
ミカノも、同じように騒ぎ立てる。
エリカの足には、数匹のスライムがふよんふよんと。
全部倒しても間に合うかどうか──。
牛の勢いは変わらず止まらない。
スライムの死体をものともせず、さらに加速している。
このままだと、エリカは牛に轢かれて──!
「──エリカッ!!」
俺が飛び出すより早く、カトレアがエリカに駆け寄った。
「カトレア逃げてっ! 巻き込まれるわ!」
エリカがカトレアを突っぱねる。
「......ダメだ」
カトレアは動じず、歯軋りを。
......だが、そうしたところで状況は変わらない。
もう既に、スライムを倒してい間に合わない。
──それは、カトレアも分かっているはずで。
エリカもカトレアも、俺もミカノもこんなやばいモンスターと戦う術は無い。
反射的に身体はエリカに近づくが、だからといって助けることは出来ない。
「カトレアッ?! どうして、まだ間に合う!」
俺の知っている無表情なエリカが酷く取り乱してて、カトレアを掴む。
そんな空気を読まず、無慈悲にも──牛が迫ってくる。
勢いを増し、真っ直ぐ俺たちを見据え突進してくる。
このまま仲良く、四人同時に死ぬんだろうか。
「死ぬ時だって一緒って、あの時約束しただろう」
カトレアの話は俺には分からない。
...いや、分かるハズがない。
過去に何があって、どうして二人がここまでの関係性なのか。
──そう、今は──まだ。
何も知らない俺はただ、茫然と眺めるだけで。
──だけどそこには、絆以上の何かがある気がして。
「でもっ.....!」
エリカの目尻からは、涙が零れる。
カトレアはエリカを抱いて、強く──静かに見つめている。
「楽しかったよ......ありがとう」
死が目前に迫っているというのに、女神よりも女神っぽく、明るい笑顔で。
「カトレア───ッ」
──俺は、エリカの泣き顔を最期に目を閉じて、死を覚悟する。
正直死んでも生き返れるけど、やはり死ぬのは怖い。
聞こえてくるのは、大きな地響きとびちゃびちゃというスライムの死体の音。
「えいっ」
そしてもうひとつ、えいっと言うミカノの声......。
「えいっ......?」
目を開けると、何やら火のついたモノを牛の足元へ投げたミカノがいた。
それはゆっくりと、正確に落ちていき......。
「はっ?!」
地面に触れた途端、牛の下半身が燃え──爆発した。
「ふぅ〜......。助かったね」
ミカノがおでこの汗を拭く。
「......え、今何が......」
目をぱちぱちさせ、唖然と口を開く俺。
そのまま目だけをスライドさせ、エリカとカトレアの様子を伺うと──。
「なっ、なによこれ?! ちょっ、服がっ!」
「なにがどうなってる?! ああっ服が燃えてるっ!」
その光景に──俺はもう理解が出来ず、考えるのをやめた......。
〇〇〇
「............」
──何故か牛は、下半身が爆散し死んでいる。
そして何故か、エリカはズボンから靴下、靴までが燃えて無くなり、足の素肌部分に軽い火傷跡が。
カトレアは右の手に少し火傷を負い、靴が燃えて無くなっていた。
パンイチのエリカはなんだか可哀想だったので、俺はジャージを脱いで腰に巻き付けといてもらった。
どうにか会話出来る状況まで落ち着いたので、いろいろ聞きたいことを聞こうと思う。
「えっと......ミカノ、どうやってアレを倒したんだ?」
アレ...そう、アレである。
もはや元の姿が分からない──アレである。
俺の後ろにいるとてもグロい牛の死体は、見るとしばらく食欲が無くなりそうだ。
「ふふん、聞きたい? ねぇ聞きたい?」
焦点を当てられたのが嬉しいのか、面倒くさく聞いてくるミカノ。
「いいよもう.....聞きたい聞きたい」
「でぇーつれないなー」
俺の反応に肩を落とすが、エリカとカトレアの目に当てられ、姿勢を正す。
「あのスライムの死体ってね、実は可燃性と爆発性があるの」
「はぁ」
ぶーと聞こえそうな顔のまま、ミカノが言った。
そのまま俺の耳元までやってきて、エリカとカトレアには聞こえないよう囁く。
「まぁとは言っても、地球の話とは違うから、あんまりごっちゃにしないでね」
──なんて、そんなことを言ってきたが。
「はぁ...」
地球の話での可燃性や爆発性を詳しく知ってる訳ないし。
あまり気にせずにいようと思う。
「ミカノ? どうしたんだ?」
カトレアが問う。
「あっううん、何でもない!」
ミカノは慌てたように否定して。
「アズキと隠し事かしら、私たちには教えてくれないの?」
エリカが不服そうに口を尖らせる。
「まぁまぁエリカ。誰だって秘密はあるだろう、私たちだって同じだ」
「あっ、やっ、でも...」
「確かに。ごめんねミカノ、変に探っちゃって」
エリカとカトレアの会話が続く中、ミカノは不自然におどおどしている。
俺と二人を交互に見て、言いたいことがありそうな様子で。
──特に、俺に何かを訴えかけてきているようで。
...さっぱり分からんが。
「ミカノ、続き話してくれよ」
「うぅ...」
色々と考えていることがあるようだが、何でもかんでも察せるわけがない。
それに、二人には言いづらくて、俺に言いたいようなことなら、二人がいない時にでも話せばいいし。
ミカノも、そんな俺の様子に気を取り直してくれたようで。
「えーっとね、もう一回言うけど、この液体には可燃性と爆発性があるの」
持っていた空き瓶に、たっぷりと液体を詰めて蓋をして、カトレアに渡す。
「そんなスライム...私は聞いたことないな」
しゃばしゃばと中身を振ったり眺めたり。
「私も知らなかったわ」
「俺もー」
カトレアに続き、俺とエリカも口を揃える。
「ミカノ、お前はなんでそんなこと知ってんだ?」
誰も知らなかったスライムの情報を、なぜミカノは知っているんだろうか。
俺はともかく、この世界の住人であるエリカとカトレアも知らない話を。
はじまりの街周辺に沢山いるスライムだぞ? 情報が出回ってないことはないだろうに。
「まぁまぁ、それより今は続きを聞いてよ! ここからが面白いんだから」
ぱんっと手を打って、ミカノが続ける。
「この液体はね、少量だと燃えるだけだけど、ある一定量を越えたら爆発するんだよ!」
なぜかどやっと、胸を張って。
「そりゃまた...」
「面白い性質ね」
ここらにいたスライムは、かなり特殊なヤツらしい。
そのため珍しく、この辺りにいるのはおかしいらしい。それも大量に。
「それで、これを使ったの」
「ん? なんだそれは、見たことないぞ.....」
「ちっちゃい棒かしら。赤いのが付いてるけど........」
「なるほどマッチか! ミカノのくせに良く考えたな」
ミカノの手には小芝居のために持っていたマッチがあった。
「くせには余計。感謝しなさい? たまたま持ってきてたのが功を成したね」
「マッチ? 聞いたことないが.....」
「火打石見たいなものだよ」
「へぇ......ともかくそれで助かったのね。礼を言うわ」
「どういたしまして! 素直に感謝してくれるのは気持ちがいいね!一本あげる!」
残りは一本だけだったらしく、箱ごとカトレアに渡すミカノ。
「こっち見んな。てか、なんで燃えたのに広がらないんだ? ここら辺草と木で燃えるもんばっかなのに」
「それはスライムの性質が普通じゃないからね。燃えるのはスライムの死体の液体だけ。その液体についた火は同じ液体にしか移らないの。液体から草には移らないけど、草から液体には移るから気をつけてね」
正直何を言っているのかあまり分からなかった俺は、とりあえずそれっぽい顔をしておいた。
「なるほどな〜......。普通じゃないなこの世界........」
「世界に普通とか普通じゃないとかあるのか?」
「.......気にしないでくれ。それで、お前らこれからどうするんだ?」
「えっ、パーティー組んでくれないの?」
「さっき決めたじゃないか」
「勝手に決めた事にするな。却下だ却下」
「アズキ......ダメなの?」
ミカノが俺に近づいて上目遣いで見上げてきた。
顔だけは良いミカノに内心ドキッとする。
でも、それで折れる俺じゃない。
「うっ.....そんな目で見てもダメだ」
「ちっ」
「おい今舌打ちしたか?」
「してない」
「いま──」
「してない」
顔を背け目を合わせようとしない。
よし、帰ったら覚えとけ。
「ところで、なんでお前らはそこまで冒険者になりたいんだよ」
「冒険者が一番一発逆転の可能性があるからだ。でも冒険者になるには一人1500フロー、私達二人で3000フロー。......現状そこまで出せないんだ」
とんだ貧困じゃないか。いや俺も人の事言えないけど。
「街の人達は優しい。お金をくれようとしたり食べ物をくれようとしたりしてくれる。でも! それはなんか、その、プライドが許さん! 分かるだろ?!」
身振り手振りとカトレアは大袈裟に。
「分かんねーよ、貰えるもん貰っとけ!」
「なっ! 心が痛まんのか!」
「痛まんわ! それに借金負ってるやつに言われたくねーよ!」
「しゃ、借金を負ってるとは言っても悪いことはしていない! 緊急事態でクエスト失敗してしまっただけだ!」
「.....なに?」
「詳しい事は話せないが、結果として街の皆を守ることをしたんだ」
「.......ふむ」
「だから皆は英雄と呼んでくれる。でも本当はたまたまな出来事だったんだ」
「.......ほう」
「そういう理由で、物を貰ったりは出来ない」
「.........なるほど」
空っぽすぎる内容の話だが、嘘を言っているわけではないらしい。
「クエスト依頼主が営んでいる飲食店で、私達はバイトをしている。二階の余った部屋を貸してもらいながら、賄い(・・)を食べて最低限生きては行ける。......でもそれだけなんだ。それ以上の事は何も出来ない」
...............。
「──......その、私達も一応年頃の女なんだ、遠くに冒険しに行ったり、オシャレなんかもしたりして、楽しく生きたいんだ」
「カトレア.....」
「ねぇアズキ、あんたが思ってた事実とは違ったみたいだね」
「そ、そうだな......」
「女は10代が一番楽しいんだと、母さんも言っていた。だが私達はこうだ、エリカなんて先程の戦いでズボンが燃えて無くなった。エリカが持っているズボンはあと一着しかないんだ。新しい物を買うお金もな────」
「ああぁぁあもうわかった! パーティー組んでやる!!」
「本当か?!」
「良いの? あんなに拒んでたのに」
「うるせぇ! 精神攻撃やめろ! 気が変わったんだよ気が! そんだけで良いだろ!」
「.......あぁ、ありがとう.......!」
「ありがとうねアズキ。私も強がってたトコあるから」
エリカは小さくはにかんで、心の内を明かす。
カトレアにあまり心配をかけまいといていたらしい。
「じゃあこれからは皆同じパーティーメンバーなんだね! 改めてよろしくね、エリカ! カトレア!」
「よろしく!」
「よろしくね!」
三人が仲睦まじそうに円を描くように手を繋いではしゃいでいる。
そんなテンションにはどうにも着いていけない俺は、その三人を見守りながら───
「はぁ.......なんかすっげー疲れた.......」
───やつれた顔で街へ帰った.........。