プロローグ3
プロローグ3
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「え?」
「え?」
「え?」
「いや、こっちが聞きたいんですけど」
「いや、同意見ですけど......」
「.........」
「.........」
は? 俺、死んだの? あんなに感動的に別れたのに?
ナニソレ恥ずかしっ!! 顔向け出来ない!
「え〜っと〜......これには私も驚きなんですが......」
「......俺も驚き」
なにか作業をしていたのか、顔だけをこちらに向けて呆然と俺を見る御神乃。
「さっき別れて五分も経ってないんですが......」
動きの止まった身体で、口だけを動かして。
「......とても......早いですね.........」
もう、こんな感想しか出てこない。
「......え? 死んだの?」
「...そうらしい」
未だ信じていないのか、確認とばかりに問う御神乃に。
信じたくない俺は、答えを濁す。
「......え? どうやって? 私ちょうど観てなかったんだけど」
「......スキルが発動しなくて──ってちょっと待って?! 観るってなに?!」
御神乃の気になる一言で、俺は生気を取り戻した。
「え、気づいてなかったの? 一回言ったし、なんなら初めっからずっと観てたよ。挑発して炎吐かれてちびってたのも、主人公みたいにカッコつけてたのも」
「か、カッコつけてないし、そもそもちびって無いから!」
──少し湿っているのは気にしないでくれ。勘違いだ。
「『魅せてやる』ってとこまで観てて、大丈夫そうだなって思って観るのやめた途端にこれだもんね。ぶっ」
「笑うな!」
思い出し笑いで、御神乃が吹く。
「ぶふっ...だって、よくあんな恥ずかしいこと言えるね......」
「ぐぅっ.........ってかほんとに観られてたのか......恥ずかしっ...」
御神乃の言う“恥ずかしいこと„とやらが頭に浮かんで、俺は顔を隠す。
「ぶはっ! そっか、観られるの知らなくて私の『ばいばい』で何か浸ってたの! あははははは!!」
「おい笑うんじゃねぇ! お前がこんなだだっ広い所でぼっちになるのが可哀想だと思ってただけだから! 浸ってないから!」
熱い顔を認識しないよう、大声でまくし立てる。
「はぁーいざんねーん! 私は知り合いが遊びに来るから寂しくありませーん! あんたの方こそ生前からぼっちじゃん! ドラゴン倒すの諦めて友達になってもらえるように交渉したらー?」
──こいつ...ッ!
「お前なぁ! 好き放題言いやがって! ていうか俺はぼっちじゃねーし! 生前にも友達いるし異世界でも友達出来ますー! あと誰が人喰いドラゴン友達にするかッ!」
煽ってくる御神乃に、俺は全力で抵抗する。
「あはははははは! 唯一の友達候補倒しちゃうつもり?! やめときなってー!」
「うるせぇあいつは許さねー! ってかなんでスキルは発動しなかったんだよ! どうせあれお前がなんかやったんだろ?!」
なおも止まらない御神乃に、俺は諦めて話を逸らす。
「はぁ?! 言ったねあんた! なら今ここで使ってみなよ! 私はなんにもしないから!」
俺が文句を言うと、御神乃は心外だとそう提案してきた。
「え...、いいのか?」
「いいって言ってんの。早くして」
御神乃の言い方がいちいち頭にくる。
だがここは紳士な俺が我慢してやろうと思う。
「分かったよ......じゃあ......」
また、さっきのように両手を突き出して──。
「──“水舞„────」
──スカ......と、そう聞こえたかと思うほど、スキルは少したりとも発動しなかった。
「ぶはっ! ねぇ待って! あの後そんなことを言ってたの?! 私に厨二病なんて言えないじゃん! “水舞„なんて厨二病じゃなきゃ思いつかないよ! あはははっ!」
もうやめてくれと腹を抱える御神乃。
「はぁ?! ど、どこが厨二病だよ! かっこいいだろうが!」
「自信無いじゃん! 隠さなくてもいいのに!」
「隠してなんか──ってそうじゃなくて! 発動しなかったじゃん、チート! チートっていってもあんま役に立たねーな!」
「何言ってんの、“創造ノ世界„はちゃんと使えてるじゃん!」
チートを貶され、不貞腐れたように頬を膨らませる御神乃。
「......え? なんも出てないけど」
「はぁ? ちゃんと話聴いてた? “創造ノ世界„はスキルを“創造„するスキルだよ?」
御神乃が何を言いたいのか、あまり理解できない。
「......? あぁ、わかってるけど。でもお前制限は無いって」
「もっちろん! 制限なんて無かったでしょ?」
御神乃は、腰に手を添えて胸を張って。
「いや、使えてないんだが......」
......話が通じていないのか?
そんな俺の視線を睨み返して、御神乃。
「......ねぇ、もっかい言うよ? “創造ノ世界„は、スキルを“創造„するスキル。“創造„するスキルは何でもいい、何でも“創造„出来る。魔力の消費も無しでね。だから制限がないの」
──そんなことは、とっくに分かっている。
「あぁ、だから......」
──続く俺の言葉を遮って、御神乃が半眼で告げる。
「──でも、“創造„したスキルを使うのに魔力がいるのは、当然の話でしょ?」
「......!」
その言葉で、俺と御神乃との認識のズレは、ピッタリと重なった。
──俺は勘違いしていたんだ。制限が無いなんて言われたから、“創造ノ世界„で“創造„したスキルを発動するにも、制限が無いと思っていた......。
だがあくまで、“創造ノ世界„はスキルを“創造„するスキル。
“創造„した後は、当たり前のように世界の理が働く。
───つまりは、そこには魔力消費があると......。
でも、それって御神乃の説明不足ゲフンゲフン。
「納得いったみたいだね。あんたがそのスキルを使えなかったのは、あんたの魔力が足りないから。.........でも、対処法だってあるんだよ」
人差し指を立てて、片目を瞑って俺を見上げる御神乃。
「え! 何なんだ?!」
俺の反応を楽しんでいるのか、にこにこしながら。
「それは簡単。“創造ノ世界„はどんなスキルも“創造„出来るのよ? 水舞一回分の魔力を肩代わりしてくれるスキルだって創れちゃう!」
盛大なSEを空耳して、御神乃が輝いて見えた。
「おぉ! なるほど! 初めてお前が賢いのかもって思ったよ!」
「はぁ?! 賢いんですけど!」
「ははっ。それじゃ早速......」
「はぁ......」
“創造ノ世界„を発動し、“水舞の一回分の魔力を肩代わりする„スキルを“創造„した。
御神乃に『馬鹿正直だね』と言われたが、褒めてるのか貶しているのかよく分からなかった。
「...これで、やっと......」
スキルを創れた事を確認して、深く息をする。
「はぁ、ほんとにこれでお別れだよ? 私は“天界„で観てるけど、まだ異世界の生活は始まってないんだからね?」
うっ、御神乃が痛いところを突いてくる。
「......たしかに。先が思いやられるな......」
「まぁ、ドラゴンの元に飛ばしてるのもただの嫌がらせだし。でもいい修行になったんじゃない? 結果オーライ!」
───は?
「嫌がらせだったのかよ?! じゃあ別の平和な所にも──!」
「飛ばせるよ」
「くっそがぁぁああああああッ!」
俺は御神乃の頭をひっぱたいてやろうと──。
「で、でも言ったでしょ? 魔王軍の手によって窮地に立たされてるって。へ、平和な所なんてないんだから!」
「...そんなことも言ってたな......」
頭を押さえる御神乃の言い分に、俺は手を下げた。
「......そういうとこだよね」
「おい何か言ったか」
「い、いや何も?! ま、まぁ気負わなくても、チートがあるんだし!」
「......そうだな! 俺にはこれがあるし!」
「そう! 私の力の一部なんだから! 舐めないでね?」
──遂にこれで、本当に異世界生活が始まるんだ。
異世界は、フィオレニアは───俺が救うッ!
「あぁ、こっちは任せとけ」
「あ.........うん。任せた」
やる気に満ちた俺とは裏腹に、少し言葉を詰まらせた御神乃に俺は気付かず。
「それじゃあ、頑張って」
魔法陣が現れ、俺の体は宙に浮かび──。
「神は、私は、いつでも貴方のことを見守っています────」
四度目の転生──今度こそ────。
○○○
杏月をフィオレニアに送り、天界には御神乃が一人。
消えていく魔法陣を眺めながら、御神乃はぼそっと、呟いた──。
魔力無限のスキルでも創ればいいのに──と────.........。
杏月のアホ面を思い出して鼻で笑う。
勢いで鼻水が出そうになったが、出てないのでセーフ。ご愛嬌ということで。
御神乃はこの後来る友達との女子会のため、椅子や机を用意しながら。
「最初に教えてあげれば良かったかな? 死にまくってるのは心に来るな〜......」
さすがの私も心が痛むと、そう呟いて。
お菓子にパラソルと、準備を進める中御神乃は、空を見上げ一つ誓った。
「自分で気付くまで、絶対に教えてあげない──.........」
御神乃の悪戯心は──緩まなかった───.........。
●●●
「......四度目だ」
赤く畝る炎を取り巻き、こっちを見据える紅色のドラゴン。
「お前に三回食われて! 俺はまた戻ってきた!」
ビッと指を指し、訴えるように話す。
だが、ドラゴンは意に返さず呑気に欠伸をしている。
「......仏の顔も三度までってことわざ知ってるか?」
トーンを落とし、ドラゴンを睨み、威圧感に汗をかきながら話を続ける。
「知らねーなら教えてやるよ.........“どんなに優し〜い俺みたいな人だとしても、三回も鬱陶しいことされりゃあキレちまう„って意味だ!!」
早口で、しかも噛まずに言えた俺を褒めてやりたい。
だがドラゴンの表情──が有るか無いかは知らないが変わることは無く。
「何が言いたいかって......?」
......うん。正直何も言うことは無い。
雰囲気に流されよく分からないことを話し始めてしまった。
──どうしよう、オチがない。
だって何か話した方が良さそうだったんだもん! そういうのあるじゃん!
ドラゴン自体は多分チートで一発だと思う。
だからその......間とか?
色々考えたけどもう持たん! あぁーどうしよう!
沈黙が続き、いつの間にか汗は冷や汗に変わっていた。
ドラゴンは俺の事は全く気にも留めていない様子。
......もういいだろう。俺とドラゴンの闘いに、終止符を打とう。
今後語られるだろう俺の魔王討伐目録の、その第一章第一話は、お前とのこの闘いだ。
未来の勇者の、初めの糧はお前だ!
熱で上手く頭が回らず、一歩踏み出すと同時、俺は────
「.........俺が仏だあああああああああああ!!」
──意味もわからず、そう叫んだ───!
○○○
「くっそてめぇ! 炎吐いてくんな!」
何か危険を察知したのか、炎を吐き始めたドラゴン。
避けるのに精一杯で、思うような体勢をとれない。
「これじゃあカッコつかねー!」
......何も取り柄もなく、何事もタイミングが悪く、不幸体質で、引きこもってゲームをするしかしてこなかった俺だけど───。
──柄にもなく、漫画のような“主人公„に憧れた。
「いだっ!」
──またもや躓き、転ぶ。
そんな俺を見たドラゴンは、余裕綽々で、嘲笑うように口の中に炎を溜める。
思考が加速したのか、落ち着いてきたからなのか。
走馬灯のように思い出されるのは、嫌な思い出ばかり。
今ではしょうもなかったなと思える嫌な思い出達が。
積もりに積もって、最終的には──逃げるように引きこもって。
──結局、チートがあってもなくても、俺はダサくて主人公にはなれないのだろう。
「......はぁ、気が変わった」
──それならそれでいいじゃねーかと。
ダサくてカッコ悪いのが、“杏月„という名の“主人公„だ───と。
柄にもなく、いいこと言うじゃんか俺────と!!
確実に仕留める気なのか、ドラゴンは逃げ場の無いよう広範囲の炎を放った。
地面に座り込む俺目掛けて、ドラゴンの炎が迫ってくる。
「覚めることのない夢の中で、終わらない苦しみを、味わってろ───」
だが俺は冷静で、焦りのひとつもなく。
右手を突き出し、全身を巡る慣れない感覚に。
おそらく魔力だろう、代替スキルが発動したらしい。
初めての感覚に若干の嫌悪感を覚えながらも、落ち着き、一呼吸を。
──そして、対ドラゴン用のスキルを、発動した─────
「──“水舞„────ッッ!!」
その瞬間、俺の背後から龍の貌をした水の塊が。
──ドラゴンの吐いた炎ごと、ドラゴンの全てを飲み込んだ。
地面に大きな穴を開けながら、真下へ進む二体の龍。
穴を覗くと、なんというか、まぁ......その。
──水龍が、文字通り......ドラゴンを、喰っていた......。
一度喰われた腹いせに、こっちも喰ってやろうとスキルを創ったけど......なんかリアル過ぎる.........。
空洞に響くドラゴンの声は、なんとも助けを求めているようで......。
そんな声のせいか、妙な感覚と共に俺の心臓が大きく拍動した。
───目を逸らして数秒、聞こえなくなった声につられて様子を見ると、水龍が既にドラゴンを喰い殺した後だった。
それと同時、役目を果たした水龍は、水蒸気ように霧消して、消えていなくなってしまった。
──あっという間の出来事だったけど、俺はドラゴンに勝ったんだ。
「勝っ.........た......」
──だが喜ぶ暇もなく、忽然と全身の力が抜けた俺は、足を踏み外し穴の底へ落ちていった──...............。
●●●
「んーと......、ひとまずおめでと? 死んだけど」
目を覚ますと、俺は草むらの上に寝転がっていた。
御神乃が覗き込むように俺の顔を見て、そう言った。
「死んだのか......? また......?」
「......う、うん。...でも一歩前進じゃんか! ドラゴン倒したんだから!」
......どうやら俺は、五度目の死を迎えたらしい。
「五回目......か......」
「......あ、あれ? き、聞こえてないの? おーい......」
横でぶつぶつ何かを言ってる人がいるが、よく分からない。
「もう......そろそろ............」
「......何か体がぷるぷる震えてるんですけど。もしかしておもら──」
「くどいわぁぁあああああああああああああああああ!!」
○○○
「おう。誰かと思ったら御神乃じゃんか」
叫び始めた途端に、うるさいと頭を引っぱたかれた。
おかげで俺は一応正気を取り戻したみたい。
「何で分かんないの......ってそれよりどうだった? ドラゴン倒した感想!」
ドラゴンを討伐した感想......。
脳裏には、あのグロい光景が浮かび上がった。
「何か......綺麗ではなかったけど、スッキリはしたよ。超気持ちいい」
「うんうん、水舞もあんたにしては以外と良かったじゃん! 迫力あったし!」
目をキラキラさせる御神乃は、本音で褒めてくれているらしい、が。
「にしては余計だ。でもあれの良さを理解できるとはお前もなかなかなもんだ」
「でっしょ?! そういうとこだけは認めてあげなくっちゃね」
舐めてんのか。
......本音でこう言ってるのが腹立つよな。
「だけは余計だ。......あっそうだ、次戻る時街とかに送ってくれよ、あんなとこいても死ぬだけだし」
確か他の場所にも飛ばせるって言ってたし。
「ん〜......しょうがないね。なら、ピッタリな場所に送ったげる」
「ピッタリな場所?」
「うん。ゲームでもあるでしょ? 周りに弱いモンスターしかいない、いわゆる“はじまりの街„ってヤツ!」
そのワードに、俺は興奮を隠せずに。
「おぉっ! まさにじゃねーか! そういうのだよそういうの、俺が求めてたの! 開始と同時にドラゴンと戦闘なんてクソゲーにも程がある!」
チート必須の負けイベなんて意味がわからん。
「でもチートがあるでしょ? そんなとこ行っても面白くないじゃん」
「バッカ言え、こういうのって雰囲気というか、流れってのがあるだろ? それが大事なんだよ。あとしばらく強いのと戦いたくない」
「......最後が本音でしょ。チートあるのにビビりとか、この先大丈夫?」
御神乃の指摘に、声が上擦って。
「大丈夫だし! ちょっと休憩するだけだし!」
「ならまぁ良いんだけどさ。それじゃあそこに立ってて」
御神乃が離れ、小さく唱えると、足元に魔法陣が浮かんだ。
「これにて長いチュートリアルは終わり! ってところかな?」
大きく手を広げ、明るい笑顔でそう話す。
「ああ、とんだチュートリアルだったけど、これはこれで良かったよ」
同じく笑顔でそう返す。
「しばらく戦う予定も無いし、チートも使えるようになったから、多分もう会うことは無いと思う──」
喉元に詰まる言葉を、だがやはり、言い出す事は出来なくて───......。
「その、なんだ。チート、ありがとな。短い間だったけど、楽しかったよ」
──数秒の沈黙は、とても長く感じられて。
俺はどうにか別の言葉を紡ごうと────。
「はーい、どういたしまして! それじゃあ今度こそ本当に、行ってらっしゃい!」
「えっ?! 素っ気な! え、ちょ待っ」
鮸膠もしゃしゃりも無い御神乃は、さっさと魔法を発動して。
慌てて止めようとしたがしかし。
──言い終わる前に、俺の意識は数瞬、暗転した──............。
●●●
肌を撫でるような温い風。
何時ぶりか分からない新鮮な空気。
高鳴る胸を抑えながら、大きな期待を持って、ゆっくりと、その目を開いた──......。
「おぉ......ここが......」
お決まり中世風レンガ造りの建物に、腰に剣を携えた見るからに冒険者。
地球とはまるで違う、空気も違う、道行く人の服装も違う、女の人の顔のレベルも違う! 可愛い人多い!
何もかも違う、ここが、こここそが.........
「異世界だあああああああああああああああああああああああああああああ!!」
両手を挙げ、力いっぱいそう叫んだ─────!!