プロローグ1
プロローグ1
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「勇敢で、愚かで可哀想な少年よ────」
淡い光が立ち込める、小さな神殿。
「......ついでにゲームオタクで引きこもりの少年よ──」
フィクションでしか見ないような、白く輝く神殿。
──だが、実際はそれを模したミニチュアを置いただけの台の後ろで。
「──あなたにもう一度、新たな人生を歩むことを赦しましょう」
桜色髪の美少女が、仰々しく手を広げて語っていた.........。
「何やってるんですか」
──そして、それを見つめる俺。
呆れたような目で、眼前の美少女に問いかけた。
「雰囲気作りだよ雰囲気作り。それよりあんた、やけに落ち着いてるね。さっき死んだっていうのに」
───そう、俺──高天杏月は死んだのだ。
それも、道路に飛び出した仔猫を助けようとしてのこと。
何かのために命を張る。そんなこと考えたこともなかったが、なんだか不思議な気持ちだ。
「まぁ、なんでしょう、死んでもなにも無いもんで。俺、人生不幸で嫌なことばっかだったので、最後に仔猫の命を救えて幸運だったと思います──」
自虐を含み、誇らしそうにははっと笑う。
「......そっか、幸運。ふん。あんたがそう思っているなら、まぁ、それでいいと思うよ」
意味深に言葉を放つ女の子に、困惑する俺。
「......? ちょ、それどういう事ですか?」
「だってあの仔猫は......。ゴホン、いやなんでもない! それよりさっきの続きを話そっか!」
さらに意味深な言葉を残し、女の子は強引にも話を変える。
ヤバい気になる。この人絶対何か隠してるだろ!
そんな焦燥を無視して、女の子は続ける。
「高天小豆さん、あなたはもう一度人生を歩むことが出来るのです──」
──"人生をやり直せる„────。
そんな夢のような話を───だがそれよりも気になる所があった。
「杏月だ杏月! 豆にするなッ!」
何故名前を知っているかは分からないが、微妙に豆になってしまっている。
解れそうな身体に鞭打って、体勢を立て直す。
「──まぁオタクなキミなら分かると思うけど、いわば異世界転生ってヤツだよ」
いちいち癇に障る事を言ってくるコイツをぶん殴ってやりたい。
その衝動をギリギリで留めて、心を落ち着かせる。
「ふむ、なるほど──って納得出来るかっ! 異世界転生なんて現実であるわけないだろ!」
──だが冷静になると、途端に考えないようにしてたことが口から溢れ出た。
「なっ! あんたさっき落ち着いてたくせに、なに急に怒鳴っちゃってんの?! さっき説明したし、それに今現実で起こってるでしょうが!」
コントのようにずっこけそうになった女の子が、勢いよく台を叩いて吠える。
「おわっ! ...ぐっ、たしかに。信じるしかないのか......?」
台に仕込まれたバネによって飛んできた模型をギリギリで躱して、四つん這いになったまま。
「そういうことっ! ......はぁ、もう一回だけ説明してあげるからちゃんと聴いてよ?」
気にもとめてくれない女の子は、人差し指をおでこに当てて俺を見る。
「お願いします」
──一度聞いた説明は、途中で聴くのを諦めた。
だって女神様とかうんたらかんたらしか言ってなかったし。
「まず、あんたは死んだ。そして私が、ここ"天界„に連れてきた。おーけー?」
やはり、真面目に聞くと何を言っているのか分からない。
「のーおーけー。そもそも"天界„ってなんだよ、死後の世界ってことでいいのか?」
「ん〜〜〜〜.........。ちょっと違うかな。"天界„は神々の住む場所。死後の世界はまた別にあるけど、杏月からしたらここもそうなるよね」
「へ〜...。ってか死後の世界なんてホントにあるんだな〜......」
場所的に、天界ってどこにあるんだろう。
空の上だってよく聞くが、空あるしなぁ...。
なんなら、雲もあるしな。
──空を見上げ、ぼーっと見つめる。
──俺は、小さな庭程度の草むらの上で目が覚めた。
目の前──...
──.........。何だよ、理解するの諦めて回想に入ったわけじゃないから!
...それじゃ改めて.........。
──俺は、小さな庭程度の草むらの上で目が覚めた。
目の前には、模型を乗せた台と美少女。
髪と同系色の服を着て、神々しい光を纏う美少女は、まるで女神のように思えた。
辺りを見渡すと、白く大きな美しい建物が建っていた。
まさに“神殿„と呼ぶに相応しい建造物。
模型なんて用意しなくても良かった程に、だ。
今まで死後の世界なんてものを信じてこなかった俺だが、この光景を観ると信じない訳にはいかないようだ。
「まぁ、こればっかりは死なないとわかんないしね」
「それもそうだな」
上から俺を覗き込んで、女の子が言う。
「──あぁ、あと連れてきたってどういうことなんだ?」
一つ気になっていたことを聞いてみた。
「............。たまたまあんたが死ぬとこを見ちゃって、可哀想だから連れてきてあげたの」
一瞬の沈黙のあと、女の子はそう答えた。
「そんな捨てられた仔犬みたいな......」
それで──と話を続けようとした俺は、まだ女の子の名前を聞いていないことに気がついた。
名前を知らないのは、何かと不便だろうから。
「そういえば、お前は一体何者なんだ?」
「女神だって言ってるでしょうに」
「名前も聞いてないし、ここにいるってことは............」
「聞いてないし」
「神......いや悪魔だな」
オタクだの引きこもりだのという言葉を思い出した俺は、悪魔と断言して言い放った。
「───は?」
すると女の子は、キレた様子で俺の胸ぐらを掴んできた。
「......ねぇ、あんた今なんて言った?! あ、悪魔?! 悪魔って言った?!」
「言った」
「ぎゃあああああああ! キッショ! 悪魔キッショ! 穢らわ! 悪魔て! ふざけたこと言うんじゃないよ! 悪魔て!」
涙を浮かべた女の子の様子を見ると、どうやらタブーだったらしいが、今は近すぎる顔に動悸を隠すので精一杯です。
この女の子は顔だけは良いらしい。顔だけは。
「もう怒った! 色々説明が残ってるけど知らないもんね! べーっだ!」
──手を離し、少し下がった女の子は。
そういって舌を出し、何かを呟くと同時、突然足元に魔法陣が現れた。
白い光に纏われた直後、頭上に光の空間が現れた。
「え?! ちょ、な、なにこれ?! 俺どうなんの?!」
少しづつ宙へ浮かび、光に吸い込まれていく。
空中で慌てふためいている俺を笑いながら、女の子は言った。
「さっきも言ったでしょ? 異世界転生だって。あんたの好きなゲームのような世界に転生させてあげる! せいぜい長生きしなよー!」
ニヤニヤしながら手を振る女の子を見るに、何か企んでいる様にしか見えない。
だが詳細を聞く間もなく、視界は光に包まれた────!
●●●
「う......ん.........?」
次の瞬間には、俺は地に足をつけていた。
空気は熱されたように暑く、汗が溢れ止まらない。
さっきの眩しい光によって目を閉じていた俺は、不安と期待をもってゆっくりと瞼を開ける。
すると目の前には、口を開けた大きなドラゴンが───..................。
────ドラゴン......?
「え.........?」
どうすることも出来ず、俺はドラゴンに食された。
●●●
「あははははははは! あは、あははははは!」
俺の前で、女の子が笑い転げている。
何が起きたんだっけ?
──そうだ、俺はドラゴンに喰われて.....。
「ってそうだよ! なんでいきなりドラゴンに喰われたんだよ!」
目の前の殺人犯に向けて、状況が掴めないまま叫ぶ。
「ひー、ひー、お腹いたいお腹いたい......あ、食べられた感想どうだった?」
「どうもこうもねーよ! 漏らすとこだったわ!」
「ぶっははははははは! 漏らせば逃げれたかもね! あはははは!」
女の子はまたひっくり返って、地面を叩いている。
「おい、いつまで笑ってんだ! どうなったんだよさっきの!」
いつまでも笑っていて話が進まない!
ってかこいつの倫理観はどうなってんだ! 俺を殺してんだぞ!
神様のくせに、人の命を何とも思わないのか?!
......いや、神様だからこそ何も思わんのか?
どっちにしろムカつく。
──...暫くして、女の子は呼吸を整えて立ち上がった。
ふざけんなよ、一発ひっぱたいてやろうか。
「はーー。疲れた。鬱憤晴らしもこのくらいにしといて──」
「おい」
手やスカートをはたいて、スッキリした様子で。
「どうしたも何も、喰われて死んだんじゃん。悪魔だとか言ってくるからそうなるの」
さらっと殺しましたよって......。
「やっぱ俺今死んだのか......」
「そう。反省した? 反省したなら謝って」
正直、思い出したら震えてきた。
でもコイツに謝るのは俺の沽券に関わる。適当に誤魔化しておこう。
「反省した反省した。それで、俺はこれからどうなるんだ?」
「もっかいドラゴンの前に送ろうか?」
「ごめんなさい」
とても自然に、俺は土下座を繰り出した。
「それでよし。さっき説明しきれなかったからね。まずはそこから──」
「あっ、その前に名前教えてくれよ」
......転生した後に悪名として広めてやろう。
「なに、もしかして惚れちゃった? そりゃあこんな美少女ならね。いいよ、教えたげる。しっかり頭に刻んで毎日崇めてね。そうすればちょっとくらい好きになったふりくらいは......」
「はやく教えろよ」
こいつはいちいちうるさいし諄い。
めんどくさいし可愛げもない。
全く、これだから若いのは──
「なに?! 偉そうに! それが教えてもらう側の態度? だから彼女いないどころかモテもしないんだよ!」
おっと!? 心が痛い!
「もっ、ももモテるし! 彼女作ってないだけだし!」
なんでそんなことまで知ってんだよ! もう泣いちゃう!
「うわ〜......。まさにって感じ。でもまぁいいよ、自己紹介してあげる」
メンタルをゴリゴリに削っていく女の子は、両手を広げた後、左手を胸に当て、ポーズを決めて。
「私の名前は御神乃! 御神乃様とお呼びなさいっ!」
──フフンと、胸を張ってそう言った。
どこか、聞き覚えのある名前なのは気の所為だろうか。
「御神乃......。ありがとう。続きを話してくれ」
名前を聞けたことに満足し、続きを催促する。
「えっと〜あんたは──って違うよ! え? ちょっと待ってそれだけ?!」
見事なノリツッコミだ。100点中30点!
......これは俺の独断と偏見とその他諸々を含みます。
「他に何があるんだよ」
「いや〜、“らいん„とか聞いてくるのかと思ってた。あ、言っとくけど私やってないからね」
どこからともなくスマホを取り出して、不思議そうに見つめる。
「聞かねーよ! そんなナンパ男みたいなことしないから!」
「ヘタレだもんね」
「へ、ヘタレじゃないし! やるときゃやるし!」
「ふーん。ま、どうでもいいけど」
使い方が分からずイラついたのか、ぽいっとスマホを捨てる御神乃。
──完全に舐められている。
いっちょなんかやってやろうか?
ス、スカート捲ってみたり? いや、む、胸揉んでやるとか?
──そんなことを考えている間に、話は始まった。
「それじゃあ続きね。あんたは私の御厚意によって、死後の世界ではなく別の世界───すなわち異世界に転生出来るの」
「へぇ」
草むらであぐらをかきながら、話を聞く。
「ちなみに転生者はあんたが初なんだよ?」
「そうなのか?」
という事は、俺とジャポントークを交わせる人が一人も居ないのか。
「そう。それで、その世界は地球にあるゲームのような世界なの。つまり剣と魔法の世界。魔物もいるし魔王軍だっていちゃう......。あ、待って忘れてた......───」
──御神乃が、台の前に移動して。
何かを思い出した様子で、御神乃はまた手を広げた。
そして迫真の演技と共にこう語り出した──!
「この世界、“フィオレニア„はッ! 今ッ! 魔王軍の手によって窮地に立たされているッッ!!」
それは、まるでゲームのオープニングのように───。
「そんな世界を救えるのは──そう、勇者として選ばれた貴方ただ一人だけ────」
勇者に選ばれた記憶はないがまぁそれは置いといて───!
「魔物蔓延るこの世界を、信頼し得るに値する仲間達と共に冒険し、手を取り合い、どうか救ってはくれまいか────!」
それは、まるで王様からの強制的なお願いのように────!!
「おおっ! い、いいなコレ! テンション上がってきた! 俺が魔王を倒して勇者になれるのか?!」
その言葉にテンション最高潮の俺は、そんな未来を想像し胸が騒いだ。
「無理です」
「えっ」
「無理です」
「いや聞こえてるわ! それより俺は、やっぱり勇者にはなれないのか?」
御神乃の一言が、グサッと胸に突き刺さる。
「なれません。というかテンション上がりすぎでしょ。言っちゃえば台本ですし、定石ですし......」
誰かに書いてもらったらしい台本をペラペラ捲り、ポケットにしまう御神乃。
分かっていた事だが、俺には主人公属性は無いらしい。
なら異世界での生活も、現実と同じただの引きこもり生活になるんじゃないか?
そもそも生きていく術も───
「......でも、そんなあなたにも朗報があります!」
「えっ?」
──タイミングを見計らったかのように、御神乃が言う。
──そして、俺の身体を指さして。
「何気無く、そして違和感なく動かしているその身体。あんな死に方したのに肉体があるのおかしいと思わなかった?」
「.......たしかに」
俺は猫を助けたとき、トラックに轢かれて死んだ。
...それはもう、想像したくもないくらい悲惨な死に様な筈である。
直前の記憶からすると、頭は巻き込まれたはずだから、あのスピードで轢かれては.........これ以上はやめておこう。
「あんたの身体は、フィオレニアに適応できるように私が再構築したの。どう? 凄いでしょ!」
.......つまり? どういう事だろう。
───つまり、そういう事だろう。
「お、おう。確かに凄いけど、それでどうなるんだ?」
「魔法とか使えるんじゃない? 知らないけど」
「知らないのかよ」
腐っても神なのか、どうやったのかは知りもしないが、どうやら俺はフィオレニアに適応出来るらしい。
適応とは、フィオレニアの言葉とかが分かるようだ。
そのくらいらしい。
──いや、“そのくらい„じゃないんじゃないか?!
それってつまり、地球で考えれば英語を習得したってことだよな?!
ぽんぽんと溢れてくる情報量の多い話たち。
ショートしそうになる頭をどうにか保って、整理しようとする。
──が、まだ終わりでは無いらしい。
御神乃がソワソワしだして、俺に近づいてくる。
これが本命だと言わんばかりに、驚くだろうなと思っている表情が、目に見えてわかる。
「でね! 言いたいことはそこじゃなくってね、身体を再構築したときに...ちょっとだけイイコトをしてあげたの」
「い、いいこと......?」
──その言葉に、ゴクリと唾を飲む。
「........なに、えっちなことでも考えた?」
ニヤニヤして、御神乃が言う。
「誰がお前なんかで痛い痛い痛い! 口引っ張るな!」
頬を膨らませ、涙を浮かばせながら無言で口を引っ張ってくる御神乃。
.........正直えっちなこと考えました。
「......ふぅ。反省してよね。それでいいことっていうのはね────あなたの身体に、この私、御神乃の力の一端.........、“チート能力„を授けてあげたのです!!」
──その一言に、思考が止まった。
「...............」
「ふふふ、嬉しさのあまり声も出ないのかな?」
「...............」
「......ん、なんか言ったら? ゲームオタクで引きこもりのあんたなら泣いて喜ぶ場面でしょ?」
「...............」
「ちょ、なんで黙り込むの? なんか怖いんだけど」
「...お.........」
「え?」
「...お、......おま......」
「な、なに......?」
「お前ふざけんなよ!! ゲーマー舐めてんのか?!」
「ひぅっ?!」
止まっていた思考が動き出すと同時、俺は御神乃の胸ぐらを掴んでいた。
「チート?! チートって言ったかオイ! ゲーマーのいっちばん嫌いなことはな! チートを使う事なんだよ! ゲーマーの鉄の掟と俺の鋼の心に誓ってチートなんて使わないんだよ!」
声を荒らげてそう怒鳴ると、御神乃の頬に涙が伝った。
それを見て冷静になった俺は、言い過ぎたと謝ろうと──。
「あっ、その今のは──......」
「うわぁぁああああああああぁぁぁっ!! そんな怒鳴らなくてもいいじゃん! 喜ぶと思ったの! ゲーマーの嫌いなことなんて知らないもん! そんなにチートが要らないなら、チート使わずに生き延びてみなよ! 何回でも送ってあげるから!」
泣き叫ぶ御神乃は、また魔法陣を唱える。
つまりまたドラゴンの元へ───!
「え? いやその悪かった! 悪かったって! だから魔法陣を出すな! ちょ、やめ.........」
二度目でも慣れない浮遊感。
身動きが自由に取れず焦る俺に、御神乃が言った。
「ぜっったいにチートを使わせてやるからああああああああああああああ!」
「いやああああああああああああああああああああああああああああああ!」