8『若者が去って』
連載戯曲 たぬきつね物語・8『若者が去って』
大橋むつお
※ 本作は自由に上演していただいて構いません、詳細は最後に記しておきます
 
時 ある日ある時
所 動物の国の森のなか
人物 たぬき 外見は十六才くらいの少年
きつね 外見は十六才くらいの少女
ライオン 中年の高校の先生
ねこまた 中年の小粋な女医
 
 
ねこまた: 行っちゃった……
ライオン: いいねえ……
ねこまた: 若いってことはね……やり直しがきく。
ライオン: 君のことだよ。
ねこまた: あたし!?
ライオン: 医者はいいよ。治れば感謝されるし、失敗すれば手遅れだって言えばすむ。
ねこまた: なによ、それ?
ライオン: じゃ、この旅立ちに責任が持てるのかい?
ねこまた: 治すのは、あの子たちの力。医者は、その手伝いをするだけ。
ライオン: なるほど。
ねこまた: もとはといえば、あんたの御立派な指導が原因でしょうが!
ライオン: おれの責任か?
ねこまた: そうよ。
ライオン: どこが!?
ねこまた: 「互いの身になって」じゃなく、「きつねとはどうあるべきか、たぬきとはどうあるべきか」そこんとこをきちんと教えなっくっちゃいけないのよ。
ライオン: そんなこと教えたら、マスコミから袋だたきの目にあう。
ねこまた: 組合もだろ?
ライオン: 森の動物教組なんてどうってことないけど、このごろの教師なんて左にならえだからな。
ねこまた: 右へならえじゃないの?
ライオン: 森の広場で集会やると正面が南なんだ。
ねこまた: それが?
ライオン: 勤務時間内に組合活動はできないから、集会とかは夕方になるんだ。で、そこで右にならって並んじゃうと西日がきつくってさ。で、六十年以降は「左にならえ!」って、ことになってる。
ねこまた: うらやましいもんね。今度のことも……
ライオン: うらやましいと思ってんの、おれのこと?
ねこまた: そーよ。世のため人のため子供のためって、適当にやってりゃ、身分は安定、退職金はガッポリ。世間じゃそう思ってるわよ。そこいきゃ、今日びの医者は客商売みたいなもんだから……
ライオン: 教師だってね、ちょっと本気でやれば、やれセクハラだ、暴力教師だって言われるし、モンスターピアレントの相手はしなくちゃならないし……ストレス多いんだぜ。オレも肝臓いためちゃってよ……長生きはできねえなあ……
ねこまた: だめだめ、そんな弱ぶって見せても。あんたのことはお見通し……
ライオン: こっちこそ……あんたの言葉の裏の裏まで……
ねこまた: 古いつきあいだものね……
ライオン: お互い……
 
間
 




