石垣島の貝殻~ゆうさんの話~
年末年始の慌ただしさがひと段落し、店の前の人通りもまばらになっていた。
ピザ生地の仕込みをしながら、窓の向こうに何度か目をやった。
電信柱の脇、さっきからずっと一人の男性が立っている。
こんな真冬に、あんな薄着で、あの人は寒くないのだろうか。
いや、よく見ると小刻みに震えている。やはり寒いのであろう。
待ち合わせでもしているのだろうか。
或いは、何か考え事をしている様子にも見える。
風邪でも引いたら可哀そうなのでとりあえず声を掛けることにした。
-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-
某運送会社で馬車馬のように働いていたゆうさんであったが、社員旅行で行った石垣島に魅了され、そのまま移住することを決めてしまった。
仕事が辛いとか、人間関係に疲れたとか、そう言ったネガティブな感情は無かったそうだ。
沖縄の人サイコー、泡盛サイコー、海サイコー、ゴーヤにがっ!という理由が全てだった。
結婚していたが、子どもはおらず、奥さんは横浜を離れたくないと言うので単身石垣島に住んだ。
しばらく続いた別居生活であったが、これでは結婚している意味が無いと言う奥さんの正論を考慮し離婚することになった。
当初、電話と郵送だけで離婚手続きを済ませようとしたが思うようにはかどらず、加えてすっかり沖縄時間に毒され、ダラダラしているゆうさんに痺れを切らし、とうとう奥さんが石垣島に乗り込んできた。
奥さんが石垣島に来てから1週間。
奥さんも泡盛サイコーとなり、そのまま二人で住むことになったそうだ。
満面の笑みで石垣島サイコーだろ、と言うゆうさんに若干イラっとしつつも、それ以上に石垣島の持つ魅力に支配されてしまったらしい。
ゆうさんは牛乳配達の仕事を見つけ、年収は1/3になったものの、毎日泡盛を飲み、ダラダラした生活を満喫しているそうだ。
ゆうさんの夢は泡盛も良いがたまには日本酒が飲みたい、ということだそうだ。
-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-
もはや石垣島から出ることも無いだろうと思っていたゆうさんであったが、親戚のおじさんが亡くなった為、帰省することになった。
通夜にも葬式にも参列せず、石垣島からご冥福をお祈りしていたところ、母親から電話が入り、劣化の如く叱られたらしい。
「あんなにお世話になったのに薄情だね、あんたは!なんでお葬式に来ないの?こっちから日程を伝えてわかったと返事をしたんだから、参列するもんだと思うでしょ。『お前のところの長男は来ないのか』ってたくさんの人から言われて恥かいたよ。せめて線香ぐらい上げに来なさいね。おばちゃんには事前に行く日を伝えておくんだよ。その前にお葬式に行けなかったこともちゃんと謝ってね。あと手土産も忘れないように、2.3000円ぐらいのでいいから」と、まるで頭上でドル箱でもひっくり返したように無数の言葉が降って来た。
「薄情じゃないよ、とても悲しんだ。でもそっちに行く金が無いんだ」と抵抗を試みるも
「あんたは本当にバカだね、こういう時の為に毎月貯金をしておくものなんですよ。どうせ頂いたお給料全部お酒代に使っているんでしょ。あんたは昔からそう。全然計画性が無い。突然石垣島に住むなんて言うし。母さんが死んだらどうするつもり?石垣島で葬式を上げたらいいのかい?父さんだって最近もの忘れがひどくなってるよ。老後の面倒を見てくれなんて言うつもりはないけど、今まで育ててもらった感謝の気持ちは無いのかね。自分のことばっかりで。母さんだってこの前自転車漕いでたら、止まっている車に自分からぶつかっちゃって手首捻挫したんだよ。ごはん食べる度に痛かったんだからね。車の修理代だって払ったんだから。」
ぶつかったのが車じゃなくてせめて壁だったら治療費だけで済んだのにね、と言うフレーズが頭をよぎったが、これを口にすると話が終わらなくなるので、すぐに削除した。結局、母親から飛行機代を貰い、横浜に帰省することになった。
-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-
ひとしきりの行事を済ませ、おじさん宅を出るとあたりは薄っすら暗くなっていた。
石垣島の生活では防寒具を必要としない。その為、コートやジャケットを所持しておらず、Tシャツにトレーナー1枚と言う格好で真冬の横浜に立っていた。手は悴み、体は小刻みに震えていた。
早くお酒を飲んで温まりたいと思っていたのだが、母親から酒代までは貰っていない。
実家に帰れば酒ぐらいあるだろうけど、説教を聞きながら飲むのも嫌だなと思った。
ホテル代を削って飲むか、急いで石垣島に帰って泡盛を飲むかの二択で悩んでいた。
そこにぼくから声を掛けられたというわけだ。
-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-
「どこかお店をお探しではありませんか?」
「ちょうど酒を飲みたいなと思っていました。」
「良かったら是非いらしてください」
「いいんですか?」
「もちろん。すぐそこです。」
「自分、お金持っていませんよ。かくかくしかじかで。」
「全然持ってないんですか?」
「使える現金は600円ぐらいです。」
「なるほど」
「600円じゃ厳しいですか?」
「そうですね~一杯ぐらいになっちゃいますかね」
「あっじゃあこういうのはどうでしょうか」
「どういうのでしょう」
「自分、石垣島に住んでます」
「はい」
「石垣島戻ったら貝殻送ります。」
「はぁ・・」
「それを飲み代に出来ませんか?」
「貝殻ですか?」
「貝殻です」
「貝殻が貨幣だったのは原始時代の話ですよ」
「なるべく綺麗なやつ送ります」
「貝殻ですか・・」
「大きいやつも送ります」
「貝殻ですよね・・」
「長靴一杯送ります」
「・・わかりました。いいですよ。」
「えっ!?いいんですか?いや~言ってみるもんだな」
「何か面白そうなんで」
「じゃあ、早速行きましょう。早く酒飲みたいんで。」
「いい意味ですごい図々しい人ですね」
「よく言われます。さぁ行きましょう。」
-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-
「改めていらっしゃいませ」
「自分飲兵衛なんですけど、どのくらい飲んでいいんですか?」
「この際なんで、飲み放題でいいですよ」
「えっ。怖いお兄さんとか出て来ませんよね」
「ぼったくるほど持ってないじゃないですか」
「何でも飲んでいいんですか」
「まぁ、ハイボールとかウーロンハイを中心に飲んで頂けると有難いです。」
「日本酒ありませんか?安いやつでいいので。」
「獺祭ならありますけど・・」
「獺祭!銘酒じゃないですか、あぁ~飲みたいなぁ」
「出来ればハイボールかウーロンハイで・・・」
「獺祭飲みたいなぁ、いっつも獺祭飲みたいなぁって思いながら泡盛飲んでいるんですよ。」
「そんなやついます?」
「獺祭って、『酔う為、売る為の酒ではなく、味わう酒』がコンセプトなんですよ」
「よくご存じですね」
「味わいた~い。味わうお酒を味わいた~い」
「わかりました。獺祭も飲んでください」
「イエー!獺祭イエー!」
「何か、ゆうさんみたいな人が増えればいいなと思います」
「石垣島は自分と同じようなやつばかりですよ」
「それはそれで嫌ですね」
-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-
「・・というわけで今は嫁と石垣島で暮らしているわけです」
「へぇ~なんて言うか、平和なご夫婦ですね」
「おれたち夫婦だけじゃない。近所の人も全員平和」
「いいですね、石垣島」
「隣に住んでいる人なんて毎日魚をくれるんだよ」
「なんの魚ですか」
「それはわからない。たぶんスズキ的な魚」
「わからないのに食べちゃうんですか」
「そう。それでたまに腹壊しちゃう」
「あらら」
「しばらくすると隣の人が来るんだよ」
「謝りに来るんですか?」
「いや、腹が痛いから薬くれって」
「みんな腹壊してるんですね」
「そう。運命共同体なんだよ」
「運命共同体かぁ・・」
「次の日にまたスズキ的な魚を持って来るんだよ」
「1回当たるとさすがに怖くないですか?」
「怖いよ。って言うかコイツどういう神経してるんだって思ったよ」
「そうなりますよね」
「でも今日のは絶対旨いから一緒に食おうって言ってきてさ」
「食べるんですか?」
「最初は警戒するんだけどね。でも泡盛飲んでるとどうでもいいやってなる」
「泡盛の力凄いですね」
「そうやって生き方がどんどん雑になっていくんだよ、石垣島にいると」
「沢木耕太郎も同じようなこと言ってましたね」
「その日の魚と泡盛がうまけりゃもういいやってさ」
「へぇ~おもしろい」
「隣の人がいる限り食うには困らない」
「主に魚しか食べてないんですか?」
「あと道を歩いていると、おばあがゴーヤをくれる」
「ゴーヤ」
「みんなゴーヤ育ててるから、みんなくれるんだよ。持ってけって」
「スズキ的な魚とゴーヤで生きているんですね」
「そう。あと牛乳配達をしているから牛乳はただで手に入る」
「何気に栄養バランス取れてそうですね」
「あと、梅干しを作ってる。大量に作るからそれはみんなに上げる」
「へぇ~健康的」
「そういえば風邪も引かなくなったかな」
「食費も掛からないし、健康的だし最高ですね」
「家賃も安いし、衣料費もほとんど掛からない」
「コスパいいですね、石垣島生活」
「本当サイコーだよ。移住してよかった」
-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-
「掛かるのは酒代くらいですか?」
「そうね。でも酒代もあまり掛かってないかな」
「普段は飲まれないんですか?」
「いや、毎日飲む。毎日どこかで宴会やっててね、そこに飛び込むんだよ」
「知らない人たちの宴会に飛び込むんですか?」
「全く知らないわけじゃないけどさ、名前は知らなかったりする」
「都会じゃありえないですね」
「最初は抵抗あったんだけどね。もう慣れた」
「すごいですね」
「人の家勝手に入ってさ。ここ空いてますかって」
「あははっ。家なんですか?居酒屋とかじゃなくて?」
「そうだよ」
「そんなことあります?」
「あるある。逆もあるよ。自分の家で飲んでると誰か来ちゃう」
「知らない人が勝手に入ってくるんですか?」
「そう。気づいたら人増えてるなって」
「へぇ~」
「給料入ったら酒を買えるだけ買ってね、来た人と一緒に飲むんだよ」
「すごいですね」
「自分ちの酒が無くなったら他の人の家行って飲むんだよ」
「運命共同体ですね~」
「毎日が修学旅行みたいだな」
「楽しそうですね」
「楽しいよ。収入は1/3以下になったけど、全然金には困らないし」
「精神衛生上も今の方が断然良さそうですね」
「それは自信を持って言える。今のおれは心身共に健康体だ」
-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-
「今の話を聞くと、本当の絆って石垣島の生活にあるような気がしますね」
「そうかもね。飲み仲間に80歳のじいさんも居てさ」
「幅広いですね」
「80歳のじいさんが毎日元気に酒を飲んでる姿を見てると、老後の不安なんて消えるんだよね」
「どんなおじいさんなんですか?」
「陽気なじいさんだよ。今日も酒が旨い!明日死んでも悔いなし!とか言ってる」
「いいなぁ~それ」
「じいさんは年金暮らしなんだけどさ」
「はい」
「年金で買える分だけ酒買って、無くなったら誰かの酒を飲んでいる」
「他の皆さんと同じなんですね」
「そう。酒を買ってみんなに上げて、無くなればみんなから貰う」
「へぇ~素敵」
「唯一の違いはスズキ的な魚を食っても腹は下さないところぐらい、じいさん」
「たくましいですね」
「じいさんの姿が未来の自分の姿なんだと思うとさ、なんか安心しちゃって」
「それだけ周りと支え合っていれば安心しますよね」
「都会だとさ、孤独死とか、介護問題とか、老人になるのが不安になるじゃん」
「実際ぼくも不安ですよ」
「おれも都会で暮らしてた時は老後が不安だった。年金だけで暮らしていけるかなとか」
「石垣島ではそれが解消されたんですね」
「解消された。周りとの絆で老後の不安は解消されるんだなって思ったよ」
「素晴らしいですね」
「老後の不安が解消されたのは、じいさんの存在が大きいのと、あと・・」
「あと?」
「周りと共存しているとさ、だんだん野生化していくんだよ」
「野生化・・」
「サバンナのシマウマと一緒」
「シマウマですか」
「シマウマは老後のことなんて気にして生きてないでしょ」
「確かに」
「明日ライオンに食われて死んじゃうかも知れないし」
「そうですね」
「だから意味ないんだよ、30年後のことを考えたって」
「とりあえずその日を全力で楽しめ!ってなりますね」
「じいさんが毎日楽しんでいるのに、おれが将来不安だとか言ってるのもアホらしいなと」
「本当そうですね」
「難しく考えすぎだよ、みんな。もう少しシマウマを見習った方が良い」
「そうかも知れないですね」
-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-
「これはおれの持論だけどさ」
「はい」
「老後の不安がどこから生まれてくるかと言うとね」
「はい」
「孤立から生まれてくると思うんだよ」
「それはそうだと思います」
「で、孤立はどこから生まれるかと言うと・・」
「はい」
「自立から生まれてくると思うんだよ」
「自立から孤立が生まれると」
「そう。社会は自立を求めるでしょ」
「そうですね」
「もちろん、自立することは大事だよ」
「ですね」
「ちゃんと働いて、礼儀礼節、分別をわきまえて自立していくことは大事」
「仰る通りです」
「でも、自立はイス取りゲームの始まりでもあるじゃんか」
「競争社会ですからね」
「競争がいい刺激を与えて社会全体が成長しているのは間違いない」
「そうだと思います」
「ただ、最近はあまりにも競争がネガティブな方へ進んでいると思うんだよ」
「確かに。負け組とかリストラとかネガティブな言葉も多いですからね」
「脱落者は散々な目に合うでしょ。SNSで拡散されてさらし者にされちゃったりもするし」
「そうですね」
「そんなの見たら誰だって委縮するでしょ。絶対ああはなりたくないって」
「そうならない為には必死で働くしかないってなりますね」
「そう。でも、ネガティブを原動力にすると暗くなっちゃうんだよ、人って」
「本当そう思います」
「何とか自分のイスだけは確保しなきゃってなっちゃってさ」
「保身の気持ちは日々強くなっていきますね」
「30年とか40年とかそのスタイルで働くわけじゃんか」
「そうですね」
「結果、みんな自立するとは思うんだよ、立派に」
「はい」
「でもね、その代償でみんな警戒心が強くなるんだよ」
「確かに」
「警戒心が強くなると、他人と一定の距離を保とうとする」
「踏み込まず、寄せ付けず、ですね」
「やたら疑い深くなっちゃってさ」
「親切なつもりでも何か裏があるんじゃないかって警戒する人も多いですよね」
「それを続けていると、他人への頼り方と、頼られ方がわかんなくなっちゃうんだよ」
「なるほど」
「石垣島式共存は、如何に他人を頼り、他人を頼られってとこにあるのね」
「先ほどのおじいさんなんてまさにそうですね」
「他人を頼り、頼られるから、共存が生まれる。警戒するとこれが無くなるわけさ」
「現代人は自立の代償で、頼り頼られを忘れ、共存する術を失ったということか」
「そう。そして自立の先に共存が無いから、孤立するしかなくなる」
「そうか、社会人の時は自立しているから共存しなくてもいいけど・・」
「定年迎えて自立が難しくなり、共存する術を持ち合わせていないから孤立する」
「経済成長の裏で個人単位で分断されていたんですね」
「というのがおれの持論」
「なるほどな~そうかも知れませんね」
「社会生活の始発駅が自立で、終着駅が孤立だから、老後が不安になるんだよ」
「ちょっと怖い話ですね」
「ポイントの1つは競争がネガティブになっているところかなと思う」
「そうですね、そこから変な方向に行っていますね」
「ポジティブに競争出来ればいい社会になると思うんだけどね」
「でもネガティブは粘着力も拡散力強いですから、今更取り除くのはほぼ不可能でしょうね」
「そうなんだよ。しかも周りがネガティブだと、ポジティブなやつって批判されるしな」
「その経験あります。潰されますよね、ポジティブなやつって」
「石垣島はさ、みんな自立性低いんだよ。時間守らないし。基本はバカばっか」
「あははっ。全員ポジティブってことですよね」
「そう。石垣島にもそりゃ競争はある。でもみんなポジティブだから共存できる」
「なるほどなぁ~」
「ネガティブ発言禁止法が出来れば老後の不安は無くなるよ」
「確かに。表現の自由とか言っている場合じゃないですね」
-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-
「例えばさ、天災の時とか急に絆とか言い出すでしょ?」
「言いますね」
「絆ってアイテムじゃないからさ。必要な時に出して使うものじゃないんだよ」
「なるほど」
「絆って日常生活の中で少しずつ育てていくものだと思うんだよね」
「そうですね」
「あと絆って不変的なものだと思っててさ」
「不変的・・」
「環境が変わっても絆は変わらないと思うんだよ」
「確かに。家族の絆とか変わらないですね、環境が変わっても」
「仕事仲間は転職したり退職すると連絡すら取らなくなる人多いでしょ」
「ほとんどそうだと思います」
「それってやっぱり絆じゃないような気がするんだよね」
「環境が変わっても繋がっているのが絆で、繋がらなくなるとそれは絆じゃないと」
「口ではなんぼでも言えると思うよ。仲間との絆!とか、お客様との絆を大切にします!とか」
「多いですね、そういう会社。政治もか」
「キャッチーだけどさ、絆って言葉は」
「商業的に使ってくれるなって感じですか」
「そう。誰かの私利私欲で絆って言葉を使って欲しくないなって」
「潜在的に求めている人多いだけに、そこに漬け込むようなやり方は嫌ですね」
「絆を求めている人がいたら、ネットに転がる言葉じゃなくて、石垣島の生活を伝えたい」
「そうですね」
-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-
「余裕があれば見ず知らずの人でも助けるでしょ」
「おばあちゃんとか困っていたら助けます」
「でもそれが絆かって言うとやっぱりそうじゃない気がする」
「そこから絆が生まれるかもしれませんが、その時点で絆かと言うとちょっと違いますね」
「人助けって余裕のお裾分けだと思うんだよ」
「確かに。余裕があれば助けるけど、無ければ助けないかもですね」
「そう。めっちゃ腹が痛い時でもおばあちゃん助ける?」
「その時は自分優先にしちゃいますね。とりあえずトイレ行きます」
「信じてもらえないかも知れないけど、おれは助ける」
「自分の腹が痛くてもですか?」
「ウンコ漏らしながらでもおばあちゃんを助ける」
「そこまでやりますか」
「石垣島では余裕って共有財産なんだよ」
「共有財産?」
「そう。普通、余裕って個人財産だと思うんだよね」
「個人の財産だから、いつ、だれに、どのくらい使うかは自分の判断ということですか?」
「そう。自分を軸にどう使うかを考える」
「それはそうですね」
「でも石垣島ではおばあちゃんが困ってたら、助ける以外の選択肢はないんだよ」
「自分がどんな状況であろうとも?」
「そうだよ。自分とは常に一緒でしょ?」
「はい」
「ということは自分のことは後から助けられるけど、おばあちゃんは今しか助けられないじゃん」
「そうですね」
「おばあちゃんが待てるならいいけどさ」
「ウンコして来るからちょっと待っててって?」
「そう。でも後ならいいやってなるなら先におばあちゃんだよ」
「自己犠牲がハンパないですね」
「そんな立派なもんじゃない。それが当たり前なんだよ、石垣島では」
「へぇ~」
「そこでおばあちゃんを見捨てるのって自分のことを見捨ててるのと同じなんだよ」
「なるほど」
「自分を見捨てる人生って何なんだってなるでしょ」
「なりますね」
「会社遅刻した奴がいてさ、どうしたのって聞いたら、おばあの畑仕事手伝ってたって」
「いいんですか?それ」
「おれもいいの?ってなったんだけど、それが当たり前なんだよ」
「遅刻して怒られるとか、そんなのは皆無なんですね」
「そう。むしろ、おばあを見捨てて普通に仕事なんかしてるんじゃねーって怒られるよ」
「面白いですね」
「そう。余裕があれば助けるなんて概念は無い。余裕は共有財産」
「なるほど、それで共存が成り立つわけですね」
「そういうこと。オモロイよね、石垣島って」
「オモロイですね~」
-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-
「石垣島に震災が来てさ、一人生き延びたところで間もなく死ぬんだよ。」
「共存していますからね」
「都会では周りが死んでも何とか生きていけるよ。」
「自立しているとそうですね」
「一人で生き延びたところで全然楽しくないんだよな」
「そうですね」
「最後の一人でも生き延びたい思うのは、人生が暗いのかもなって思う」
「そうかもしれませんね」
「心が疲れたら石垣島おいでよ。案内する」
「ありがとうございます。行きます」
「とりあえず石垣島帰ったら貝殻送る。弱っている人いたらあげて」
「そうします」
「あと今日酒をご馳走になった恩は忘れない。ヤバくなったら連絡してくれ。必ず助ける」
「ありがとうございます。お店潰れそうです!って言ったらどうするんですか?」
「とりあえずコレ売って金に換えろって貝殻送るよ、あと泡盛送る。一旦嫌なこと忘れろって」
「サイコーです。ありがとうございます」
このBARには石垣島の貝殻が常備してある。
都会で生きる辛さを知った男が、石垣島の生活で絆とは何かを知った証として。