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オムライス ~みきおさんの話~

-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-

1度目に見かけたのは朝の満員電車。


朝から大事な会議でもあるのだろうか、

時計を見ながらイライラしていた。


東京駅で下車後、電話を掛けながら、

颯爽と丸の内方面へと消えて行った。

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2度目に見かけたのは夏の日の夕暮れ。


お客さんであろう人を見送った後、

フーっと息を吐き、オシッと気合を

入れ直し会社へ戻っていった。


仕事がうまく行ったのであろうか。

その時の表情はとても晴れやかだった。

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みきおさんは仕事の話を一切しない。

丸の内で働く営業マンということ以外は何もわからない。


毎晩、鶴見にあるタイ料理屋にいるので、会おうと思えば毎日会える。なので、これを縁と呼ぶには少し違う気もするが、この広い東京で2度も見かけたのはやはり何かの縁だと言ってもいい気がする。


昼間のみきおさんの姿は新鮮だった。

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みきおさんはよく尾崎豊のI LOVE YOUを歌っていた。


薄っすらと涙を溜めているところを見ると、きっと何か特別な思いでもあるのだろう。歌い終わると「出逢った人のことは絶対大切にしなきゃダメなんだよ!」と言い、そのままグウグウ寝てしまう。ぼくには計り知れないぐらい、いろんなものを背負っているんだろうなぁと戦士の休息を見守った。

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通学路に裏道を発見した時のような。


虎の尾を踏んだ瞬間のような。


そんなパンドラ感がみきおさんにはあった


みきおさんは夜になると女の子に変身する


昼は妙手の営業マン。

夜は素足のニューハーフ。


スカートを履き、紅を引き、香水を纏う。


残念ながらおじさんの域を脱していない為

他の客からは“フジモン”と呼ばれている。


元々飲み屋で知り合った人なので、

昼間2度見かけたことは伝えていない。

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ある日の夜。


みきおさんは泥酔して眠りに墜ちた。

ママが起こしても、全く起きる気配がない


そこに1人の酔っ払いがみきおさんの頭にジョバジョバ水を掛け始めた。制止するママを無視して、笑いながら水を掛けている。


これはさすがにと思い、ぼくも止めに入ろうとした瞬間、みきおさんがムクッと起き上がった。


何も言わず、ただただ酔っ払いの顔をジッと睨みつけている。


不穏な空気が流れた。

この後の惨事は容易に想像できた。


ニューハーフは怪力と聞く。しかもみきおさんは身長が180㎝以上もある。お酒も入っているので、恐らくこの酔っ払いはペッシャンコにされてしまうのだろう。


ぼくはみきおさんを止める術を持ち合わせていない。元はと言えば人の頭に水を掛けている酔っ払いが悪い。思考した結果、何もせずに見守るという選択を選んだ。


ママも自衛隊さながらの休めのポーズで静止していた。


酔っ払いは完全に怖気づいていた。

”起きなかったからさ”

”ママも迷惑みたいだったから”

酔っ払いの言い訳が虚しく響く。


次の瞬間、みきおさんはハンカチを取り出し、自分の頭を拭き始めた。


そしてそのままシクシク泣き出してしまったのだ。


見た目はフジモンでも、心は繊細な女の子なのである。

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みきおさんはぼくのBARにもよく顔を出してくれた。

繊細な心を持ちながら、普段は底抜けに明るいニューハーフ。


そのサービス精神で、周りの男性客に襲い掛かっては、やめろやめろという一連の流れで場を沸かせてくれた。ぼくも幾度となく迫られた。「自分を開花させてみない?」と何度言われたことであろうか。

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昼と夜の両方の顔を持つみきおさん


とりわけニューハーフとして歩んで来た人生観に触れると、いろいろ考えさせられるものがある。


みきおさんがBARに来たある夜の会話

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「あたし結構料理得意なんだよね。」

「働く男のガッツ飯ですか?」

「コロスよ?オムライスとかよ」

「めっちゃ可愛いじゃないですか」

「食べてみたい?」

「是非」

「じゃあウチにおいで。作ってあげる。」

「いや、それは遠慮します。絶対に。」

「大丈夫だよ、何もしないから」

「家はやめましょ。ここで作って下さい」

「そんなに警戒しなくてダイジョブよ」

「何かあってからじゃ遅いんで」

「大丈夫だよ。恋人と同棲してるし。」

「えっ!同棲してるんですか?」

「妬いた?」

「いや全然妬かないですけど」

「性別どっちだと思う?」

「どっちでしょうね~気になりますね」

「当ててみて」

「う~ん。男性ですかね。」

「なんでそう思ったの?」

「ふと『きのう何食べた?』って言うドラマが頭をよぎりました」

「あー、あのドラマ良かったよね~」

「えっ。で、どっちなんですか?」

「来たらわかるよ」

「行くのは勘弁して下さい」

「でも気になるでしょ」

「正直、少し揺らいでます。」

「ものすごい美人だったらどうする?」

「それはもう処理しきれないですね」

「だよね」

「真実はどこにあるんだろうって」

「知りたいならおいでよ」

「正直、気になります。」

「来ればわかるよ。」

「めっちゃイニシアチブ握られてますね」

「家に来てくれたとすんじゃん?」

「はい」

「部屋に入るじゃん?」

「はい」

「実は一人暮らしだったら驚くよね」

「それは絶対やっちゃダメなやつですよ」

「部屋の奥に人影があってさ」

「はい」

「なんだ人いるじゃんって」

「はい」

「同棲してるじゃんって」

「はい」

「等身大の人形なのね」

「それはもうホラー映画ですよ。」

「その人形ボロボロでさ」

「なんか想像できるわ~」

「『彼氏』って貼ってあってるのね」

「サイコパスじゃないですか。ただの」

「よくみたら人形メッタ刺し」

「この後ぼくがこうなるパターン」

「その直後、カギ閉められちゃって」

「完全に死亡フラグですね。そこで。」

「テーブルの上にはオムライス」

「恐怖のオムライス。怪談話ですよ」

「怖くない?」

「いや、怖すぎますよ」

「それに比べたら私抱く方が良くない?」

「確かに・・確かにって何だよ!」

「正解教えてあげよっか。」

「お願いします」

「ドゥルルルルル~ドゥン!」

「どっち?」

「男の子!」

「ですよね~よかった~」

「男でした~意外にノーマルでしょ?」

「いや、ノーマルでは無いと思いますけど」

「男の子って言うかオスだけどね。」

「ペットかよ!」

「犬だよ。超かわいいよ」

「って、一人暮らしじゃないですか。」

「襲わないからおいでよ。犬もいるし」

「その犬助けてくれますかね」

「むしろ腕掴まれてヘコられると思うよ」

「飼い主と飼い犬に襲われる家って」

「モンスターハウスだね」

「だね、じゃないですよ。」

「あと人形の呪いにも掛かる」

「いるんだ!さっきの人形も」

-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-

「うちの子性欲強いんだよね。私に似て」

「去勢はしてないんですか?」

「あたし?」

「いや・・・犬っす。」

「してないよ。可哀そうじゃん。」

「自然の摂理には反してますよね」

「神様が与えてくれたものをさ、誰かの都合で排除するなんて酷くない?」

「確かにそうですね」

「あたしはオカマだけどさ、これは神様が与えたことなんだろうなって」

「そうかも知れないですね」

「だからありのままを受け入れようって」

「神様のこと恨んだりしましたか?」

「全然。オカマだから会えた人もいるし」

「それは素敵な考え方ですね。」

「でも人間のことはずいぶん恨んだよ」

「偏見とかもあったんでしょうね」

「偏見なんてもんじゃないよ、排除だよ」

「排除か・・」

「自分の価値観に落とし込めないと排除」

「そういう面ありますからね、人間って」

「自分の都合が悪ければ排除」

「それもありますね。」

「あたしは何度も排除されて来た」

「イジメとかそういう辛さはわかります」

「何度も死のうと思ったよ」

「・・・」

「何か言ってよ」

「いや、何て言ったらいいか」

「結局死ねなかった」

「それを正解にしていきましょこれから」

「でも、自暴自棄になってたくさん人を傷つけた」

「それはぼくもあります。同じです」

「あたしが傷つけたのはね、あたしを傷つけた奴でも無く自分でも無く、大切な人」

「大切な人・・ですか」

「そう。両親や恋人も。」

「一人じゃ抱えきれなかったと言えばそうなんでしょうけど・・辛いですね」

「両親は二人とも死んじゃったし、恋人とも別れた。あたしってホント馬鹿。」

「悲しい思いのまま時間が止まってしまうのは本当に辛いですよね」

「本当にそうだよ。」

「会うことが出来ればお互いの時間を紡ぎ合って新しい過去を創れますけど、会えなければ悲しい過去は悲しいままですからね」

「あたしの中では後悔しか残ってない」

「気持ちはわかります」

「でも、それも含めて背負って生きて行こうって決めたから」

「そう思えたらきっとご両親も安心してますよ」

「お酒が好きでさ。いろんな人と仲良くなれるから」

「いつも賑やかですもんね」

「あたしと飲んだ日は楽しい気持ちで帰って欲しいと思ってる」

「大事なことです」

「そして、あたしは自分の都合や、価値観が違うものを排除したりしない。」

「ぼくも見習います」

「だから犬のキンタマも排除しない。」

「そこに話戻るんですね」

「ちゃんと明るくするでしょ」

「素敵な人だと思いました。」

「抱く?」

「遠慮します。」

「あんたは免疫が無いから諦めてあげる」

「ありがとうございます。助かります」

「人と人としてよろしく。これからも。」

「こちらこそ」

「お腹空いたな。オムライス。大盛。」

「いや、メニューにないっす」

「じゃあ伝授する。あたしんちおいで」

「だから遠慮しますって」


このBARにはオムライスを常備している。

(この夜以降、追加しました。)


今笑っていられるのが奇跡なくらい辛い過去を過ごしてきた女性。


その女性は今尚、偏見によって辛い日を過ごすことがある。


それでも自分を受け入れてくれた愛すべき人たちの為に。


その人たちをたくさん笑わせる為に。今日も生きている。


その女性が力一杯笑えるように。


男性並みの食欲を満たせるように。


このBARのオムライスは大盛である。

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