豚足 ~濱田さんの話~
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『発菩提心』
-誰かの為になりたいと願い行動する事-
“他人の為に生きる”と言うと聞こえはいい
しかし、ぼくの生き方は、それとは程遠い
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ぼくは他人からの評価を求め生きて来た。
他人からの評価は精神安定剤のようなもので、それが無いと自分の人生に喜びを感じることが出来ない体質なのだ。
ぼくは承認欲求が強い人間なのである。
結果的に他人が幸せになり、自分も幸せになっていくのであれば、それはむしろ発菩提心の精神に則っている。
人より少し承認欲求が強いだけで、それを得る為に人の為に尽くすのであれば、それはそれで立派な生き方であろう。
ただやはり、それとは違う。
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ぼくは今までいくつもの夢を諦めて来た。
ぼくはそれを他人のせいにしてきた。
逃げるのはいつも自分だったにも関わらず
自分の非力さや熱量不足を認めたくなくて
“他人の為に生きた結果”という言い訳を使い、自分の弱さを隠し続けて来た。
夢を叶えた人より、諦めた人の方が圧倒的に多い。多くの人が自分と向き合い折り合いを付けて来たのだろう。
しかしぼくは自分と向き合わず、他人のせいにして誤魔化してきた。
“他人の為に生きる”という言葉を使って。
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濱田さんは大手通信会社の代理店経営者だ
元々社員として働いていたのだが、数年前数名で株式を買い取り、経営者となった。
社員当時から仕事熱心な濱田さんではあったが、経営者になってからは全身から血の匂いがしていた。
24 時間妥協を許さず自分の為に生きていた
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濱田さんとは元職場の先輩と後輩だった。
たまに飲みに行き、お互いの近況報告や思い出話に花を咲かせる関係性。
ぼくが脱サラをして、BARの経営を始めようと考えていた頃に、濱田さんが飲みに誘ってくれた。
濱田さんは先輩経営者として自分の知識や経験を懸命に伝えようとしてくれた。
濱田さんはぼくの弱点を見抜いており、それを懸命に伝えようとしてくれた。
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横浜駅西口。小さな飲み屋街「狸小路」
豚の珍味を食べながら語った一夜の話。
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「本当に経営者になりたいと思ってる?」
「はい。思っています。」
「君はサラリーマンなら有能だと思う」
「ありがとうございます」
「でも経営者なら無能だろう」
「なぜですか?」
「まず、ムラが多すぎる」
「ムラですか」
「ぼくは好調時の君を知っている」
「好調時・・・」
「言葉に力もあるし、人を引き付ける魅力もある。能力値はぼくより遥かに高い」
「ありがとうございます」
「一方、不調時の君のことも知っている」
「好調時の真逆ですか?」
「そう。不調時の君はクソだ」
「・・仰る通りです」
「サラリーマンなら差引プラスだと思う」
「経営者はそうはいかないと。」
「三振しても次の打席が回って来るのがサラリーマン。経営者が三振したら次は無い」
「理解しているつもりではいます」
「極端な話、サラリーマンは毎回ホームラン狙いでも許される」
「三振しても次打てばということですか」
「そう。チームにそんな奴がいてもいい」
「確かにそうですね」
「ただそんな奴が経営したら100%潰れる」
「想像は出来ます」
「経営者は死球で出塁する泥臭さが必要」
「それがぼくには無いと」
「無い。不調時は言い訳から始まってる」
「否定できません」
「それが治らない限り経営者は100%無理」
「はい」
「二日酔いで立てない時でもヒットを打つのが経営者なんだよ」
「心に刻みました」
「それが1つ。2つ目は三振時の対処法」
「対処法・・」
「とは言え経営者も三振する時はある」
「はい」
「ぼくは三振時の対処に200%の力を出す」
「200%ですか」
「惨めだし、恥ずかしい。早くその場から立ち去りたいけど、納得いくまで分析する」
「ぼくはすぐ立ち去ろうとします。」
「君の場合、笑いに変えるだろう。みんなが笑っている間に逃げる」
「確かに。やりがちです」
「チームのモチベはあがる。それはいい」
「せめて自分に出来る事かなと」
「でも君自身は逃げてるので成長が無い」
「言い訳して煙に巻いて逃げてきました」
「変なテクニックだけ上達している」
「ぐうの音も出ません」
「ムラの多さも、三振時のおちゃらけもサラリーマンなら許される」
「経営者なら即失格ですね」
「そう言うこと。」
「痛いとこ全部突かれました。」
「君が経営者になりたいと言うので敢えて言わせてもらった」
「ありがとうございます」
「伝えるべきことは全て伝えた。」
「今の延長線では無理だとわかりました」
「もう君とは飲み友達ではない」
「わかりました」
「君が経営者になって甘さが消えた時に」
「はい」
「また豚足でも食いに行こう」
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このBARに豚足は常備している。
自分の弱さと向き合い、成長出来た日に、
豚足を食べに来てくれるお客さんの為に。