ストロー~タクの話~
社会で生きることの難しさと、その中で幸せを見つけ出そうとする全ての人へ。
BARに来店するいろいろな人の人生観に触れ、少しでも生きる光をお届け出来ればと思い書いています。
「実際、花とかより現金の方が嬉しいっすよね。」そう言ってタクは開店祝いを5万円も包んでくれた。
小さな町なので飲んでいると偶然出くわすこともあって、その時のタクは梅雨明けの太陽みたいに豪快にお酒を飲んでいた。
タクが会社を辞めてから5年以上も経っていた。それでも半年に一度は飲みに行く仲なので、ぼくの中では友だちだったのだけれど、タクは先輩と後輩の関係を頑なに崩さなかった。
タクと飲みに行くときは、お店も時間もスマートに決めてくれて、店に入るなりぼくの好きな料理を2.3品手際よく頼んでくれた。会話をしながらも常にぼくのグラスの残りを気にしていたし、少し酔っ払ってトイレに行って帰って来るとお冷がおいてあった。
ぼくと飲む時も豪快に飲んでくれて構わないんだけどなぁと贅沢な時間に酔いしれた。
-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-
同じ職場で働いていた頃のタクはとても献身的で、仕事も丁寧だったのでお客さんからも仲間からも愛されていた。一方、タクの断れない性格に漬け込み、雑用を超えてパシリのように扱うお客さんや、社会の泥水を飲ませようとする上司も少なくなかった。
-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-
「ウソでしょ、ウケる。仕事中は超真面目なの?タッくんが?信じられない。」
スナックのママに、職場でのタクの様子を話すと手を叩いて笑っていた。
職場じゃ大真面目なタクも、ママに言わせれば、お構い無しに鳴き続ける真夏の夜のセミだそうだ。
-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-
ツケなんて昭和の文化かと思っていたのだけど、給料日になると、いろいろなお店のツケを支払いに周っているタクの姿を見ると、その日その日を全力に生きてるんだなぁと、過去や未来のことばかり考えている自分の生き方を羨むことさえあった。
サラリーマン時代、期末の1番忙しい時に、「ツケが払えないのでアルバイトすることになりました。今日が初日です。定時で帰ります。」と言った時に、タクの人生の中で最も重要なことは酒なんだと知り、山のように積まれた伝票を見ながら1人でニヤニヤしていた。
-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-
「すみません。ストローありますか?」
「えっ?」
「ストローなんてないですよね・・・」
「ストローは無いな。何に使うの?」
「昨日、友達と飲んでたんですよ。」
「平日なのに元気だね。」
「ベロベロに酔っ払っちゃいまして。」
「はは。また記憶飛んだ?」
「はい。友だちと喧嘩になっちゃって」
「血の気多いな。タクいくつだっけ?」
「31です。友だちの胸ぐら掴んで表出て」
「おぉ。威勢いいな。それで?」
「表出た瞬間、ぶん殴られたんですよ。」
「やられたんかい!」
「戦意喪失して喧嘩は終わりました。」
「まぁ1発で終わってよかったね。」
「はい。でも前歯無くなってたんですよ」
「あっ本当だ、前歯ないじゃん。」
「明日歯医者行ってきます。」
「酒飲まない方がいいんじゃない?」
「治療するので最終的に大丈夫です。ただ」
「ただ?」
「前歯が染みて痛いんですよ。」
「だからストローが欲しいのか。」
「喉元まで流し込まないと染みちゃって」
「そこまでして飲みたいかね。」
「はい。酒好きなんす。」
「知ってるよ。コンビニで買ってくる」
「無ければいいです。わざわざ。」
「いいよ。それまでスプーンで飲んでて」
「申し訳ないです。」
「ETみたいだな、タクは。」
BARにはストローを常備している。
喧嘩して、前歯を折られて、それでも酒が飲みたくて。
前歯が染みないように、喉元まで一気に酒を流しこむ必要があるお客さんの為に。