雨の中 【月夜譚No.9】
頬を伝う雨は、存外冷たいものだった。このままでは身体を冷やしてしまうと判っていながら、男はその場に立ち竦んだまま動くことができなかった。
先刻彼女の口から放たれた言葉が耳から離れず、無為に頭の中をぐるぐると回り続ける。それが酷く気持ち悪いのに、どうしてか吐き気は催さなかった。
どうしてこんなことになってしまったのか、何時何処で何を間違えたのか、いくら考えても答えは出てこない。きっと何分、何時間、何年考えても答えには辿り着けないのだろう。たとえ答えに行き着いたところで、失ったものはもう戻ってはこない。
雨粒が皮膚から入り込んで、身の内に水が溜まっていくようだ。そのまま雨水と一体になって、地面に広がる水溜りに溶けてしまえば良いのに。
男はようやっと首を擡げ、雨降る雲を虚ろに見上げた。