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高度に訓練されたコミュニケーション能力は、読心術と区別がつかない

作者: 村崎 藤影

 昨今、『コミュ障』なんて言うスラングが蔓延っている。休み時間、数人の男子生徒が集まり、談笑している。そんな中、聞こえてくる声がある。俺、コミュ障やねん。と。そんなこと言ってるやつは、たいていが、ただの自信が無いやつだ。別の言い方をすれば、簡単に目立とうとするやつ。もっといえば、承認欲求つよつよ〜なやつ。出来ればお近付きにはなりたくないね。面倒くさそうだからさ。似非コミュ障なやつらは、前提として、基本的には日常生活を問題なく送れている。複数人との談笑が成立してるんだから、コミュニケーション能力はある程度は身に付けているはずだ。彼らが自称するモノは略さなければコミュニケーション障害なんて言うくらいなんだから、それにピッタリ当てはまってしまうやつは、基本的に日常生活を問題なく送ることが困難なやつなんだろうな。だから、似非コミュ障は、一般的の範疇にとどまって、ただの人見知りで、少し言葉が出てきずらいくらいで、どこにでもいるし、特別でもなんでもない。コミュ障を自称するやつは、ちょっと反省するべきだな。その肩書きでもって、特異な自分を演出し、目立とうなんて煩悩が少しでも含まれていたなら。ある意味ではコミュニケーションに難アりだ。

 左どなりの、窓際の席に佇み、窓の外を眺める女生徒がある。彼女が他人と会話する姿を見た事は、新学期開始以来およそ目撃した試しが1度たりとも無かった。いや、少し語弊がある。彼女の方から率先してアプローチする場面は決して存在しなかったと、付け加えておこう。最低限、本当の最低限だけのコミュニケーション。彼女は次世代への環境問題を解決すべく超省エネ思考志向至高を体現するかの如く、最低限であり、再生可能である。

 それは新学期開始早々の自己紹介の節だった。「初めまして、私の名前は遠遠 遠(えんどお おん)です。好きな食べ物はお弁当のグラタンです。なぜなら、占いが書いてあるからです。私はおとめ座です」 驚くほど幼い声でたどたどしい語調だった。そもそも彼女は口から言葉を発さなかった。なぜなら予め録音された音声を再生したからだ。それも幼稚園児の時から使い回してるものを。それは、いかにも可愛いらしく、素晴らしい自己紹介だった。いや、そんなことより、エンドオさんは、多分、エンドーさんと発音されてしまうのだろう。それが何故か悲しくて、俺は絶対にエンドオさんと発音してやろうと決意していた。

 珍しい自己紹介の仕方にクラスメイトたちの関心が一挙に集まり、遠遠さんは静かに人集りの中心に座っていた。思えば、この時から俺は彼女を気にかけていた。

 ――なんでレコーダーなの!? 声聞きたい! 喋らないの? グラタン好きなんだね! 自分はドリア派! 聞いてねえし! 関係なくね!? アハハハハ! とか。

 結局何も喋らなかった遠遠さんは置き去りにされ、周りにいたやつだけで会話が回り始めた。そして、誰か女生徒の一人が核心を突くかのような発言の仕方をする。

 ――てか、コイツ……キモくね。 何も喋んないし、気味悪いだけじゃん。 あっち行こうぜ。 しょうもなー。

 そして、今に至る。今日も彼女は独り、窓の外を眺めている。その姿はどこか儚げで、守ってやりたい欲を掻き立てられる。そうだ、俺だけは知っている。俺だけが理解してやれる。俺だけが彼女を守ってやれるのだ。あの時、女生徒の一人は遠遠さんが何も喋らないと言った。確かに遠遠さんは決して口を開いてはいない。だが、確かにコミュニケーションはとっていたのだ。視線や、瞬き。微かに動く頭。首肯したり、目礼したり。時に手の動き、体の向きさえ。彼女は喋らずとも、確かにクラスメイトたちとコミュニケーションをとっていたはずなのだ。俺はその姿を間違いなく目撃したのだ。人間のコミュニケーションは、そのほとんどを言語以外の要素で行うのだ。たとえ、言葉を発していなかったとしても、何かしらのボディランゲージによって、自己を表現し、相手に伝えることが出来るのだ。

 幼い頃、父の仕事の影響で俺は海外で暮らしていた。東南アジアの貧しい国。俺は日本語以外を操ることは出来ないが、そこで現地人と意思疎通をして懸命に生きていた。他に代えがたい親友もできた。言葉は理解出来ずとも確かに理解し合っていたのだ。現に、俺たちは言語以外のコミュニケーションをとり、お互いの気持ちについて伝えあっている。

 アイツらは何も喋らないからといって遠遠さんを侮辱した。俺には許せない。彼女は懸命にコミュニケーションを図ろうとしていたはずなのに。だから、俺はいつもアイツらに向かって敵意の念を放っているし、侮蔑のこもった視線をぶつけている。ねえ、遠遠さんもそう思うでしょう、アイツらはホントに鈍感なんだって。俺は彼女に同意の視線を向ける。彼女は窓の方を向いたまま、微かに頷いてくれた。やっぱり、そうだよね。あんな共感性のないサイコパスたちは、放っておいて、俺たちだけで仲良くコミュニケーションし合おうね。だって、遠遠さんのことをホントに理解できるのは俺だけなんだから。俺はまた同意の視線を向けた。

 彼女は窓の外を眺め続けている。

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