第二話 転生と出会い
目覚めればそこには真っ白な空間が広がっていた。
体を起こしてみればそんな空間に不釣り合わせな木製のテーブルと椅子が置いてあるだけのその場所は、正しくアニメやライトノベルでいうところの『転生の間』だ。
「いや、そんなことがあるわけ……っていうか、この状況は……」
今の状況を冷静に整理してみても俺は明らかに死んでいる可能性が高い。
……というか、むしろ、死んでいると確信した。
なぜなら、あの状況で生きていれば普通、病院のベットの上にいるはずだ。
「ってことは……マジでアニメとかと同じなのか……? そうだとしたら、それに導く誰かが――――」
考えを膨らませていると前方に神々しい光が輝き始めた。
「え、マジもんかよ……これ」
このパターンだと美女とかが出てきて『あなたに特別な力を授けて上げましょう』とか言うプロローグ的な展開なのだろうと予想した。
だが、そんな俺の予想は大きく外れた。
その光の中から現れたのは四十代半ばのおじさんが出てきたのだ。
そして、ご丁寧に頭を下げて挨拶を始めた。
「はじめまして。田村 響さん。私、この『転生の間』で案内人を務めております………………サダメと申します」
名前を言う時、なんと言おうかと凄く悩んでいたようだが……結局、その男は「サダメ」と名乗った。
見た目だけで見ればその男はしっかりとしたサラリーマン風で信用できそうな人間だった。
「は、はじめまして」
とはいえ、信用に足る人間かどうかは話してみないと何ともいえない。
「では、立ち話もなんですので……お掛けください」
サダメは手で椅子へお座りくださいとジャスチャーを送り、お互いにテーブルを挟んで椅子に座るといきなりストレートな質問が俺に飛んできた。
「早速ですが、ご自分がお亡くなりになられたことはご理解されていますか?」
「やっぱり、死んだんですね……。それは何となくですが、理解してました。ただ……」
「ん……? どうかされましたか?」
サダメは首をかしげた。
「あ、いや……あの子はどうなったのかな……と……」
そう、あの少女――――。
あの子の安否が気になっていた。
「あの子はあの後、無事に駅員が保護しました。ですから安心してください」
「そうですか……!」
その言葉を聞いたとき、安堵した。
「良かった……無駄じゃなかった」
俺はそのとき、命を人のために使えたんだと思うことができた。
それは俺にとって何よりも良かったと思えたことだった。
「……本当にご自分のことよりも人のため、なんですね?」
「いえ、そんな大層なものじゃありません。自分が守れる命は逃げずに守りたい。あの場ではただそだけだったんです」
「それは……その、美咲さんのことが原因ですか?」
「え、ええ……。でも、どうしてサダメさんは美咲のことを?」
「えっと、それはですね……」
サダメは少し戸惑ったが、俺の視線を真正面から受けて折れた。
「実を言いますと……美咲さんともお会いしてるんです。この転生の間で……」
「えっ……! それは本当ですか!?」
ということは……美咲もこの空間を通じてどこかの世界に転生しているということになる。
「その……!」
「言いたいことは分かっています。妹さん……つまり、美咲さんのいる世界に行きたいんですよね?」
サダメはそう強い口調で言った。
「そ、それは…………」
そりゃあ、俺だって行けるものなら行きたい。だが、異世界で美咲に会える確証もない。
それにもし、美咲に会えたとしても何を、どう話していいか分からない……。
心配な事は山ほどある。それでも俺はその道を選びざる終えない。
すべては俺のせいなのだから実際に会って謝りたい……いや、謝らなければならない。
「本当に、本当に可能なら……俺は妹と同じ世界に行きたい! でも、そんなこと出来るんですか?」
「ええ! もちろん、可能です。 あなたが願うなら……!」
なら、もう迷うことはない。あとは飛び込むだけ飛び込んでしまえばいい。
「では、お願いします! 俺を妹と同じ世界へ!」
「承知しました。どうか、ご武運を!」
サダメがそう言い切ると再び、神々しい光が周囲に広がったのだった。
次に俺が目覚めたのはどこかの庭らしき場所だった。
周りに目をやれば綺麗な花畑が広がっている。
「転生……というより転移したのはいいけど、ここはどこだ?」
ラノベやアニメなら勇者様とか冒険者になるんだろうが……そんな雰囲気もメインヒロインの存在もない。
さて、どうするか……そう思った時だった。
ワオォォォーーーン!
どこからともなく狼のような雄たけびが聞こえ始めた。
しかも、その声はますます、近づいて来る。
「まさか……なぁ?」
だが、その嫌な予感は当たってしまった――――。
闇の中から赤い目がこちらを見ている。
「ゲッ、マジかよ……! 転生早々、洒落にならないだろ!」
俺の心が『逃げろ』と警鐘を鳴らす。
そうしているうちに一気にドーベルマン並みに大きい犬が襲ってきた。
俺は横っ飛びで何とか回避し、慌てて立ち上がる。
「あぶねぇ!! ったく、俺なんか食ってもおいしくねぇーぞ!」
俺は踵を返して走りだした。
とにかく逃げる。逃げなければ殺される。
妹を探して会うどころじゃない。
だが、その強犬は素早く俺の逃げ道をどんどん塞いでいく。
明らかにどこかに誘導されている。
「ハァ、ハァハァ…………。ちくしょう!! なんでこっちに来てすぐこうなるんだ!」
全力で走って疲れ果て、犬に食らいつかれそうなった時、開けた通路に出た。
その瞬間――――。
パンッ――――。
一発の銃声が鳴り響いた。
「動くな……! 次に動けば頭をぶち抜きます! 投降するなら手を上げなさい! これは脅しではありませんよ!」
どこからともなく女性の声が響く。
どうするか――――。
状況が掴めていないが、ここで殺されるわけには行かない。
それに逃げ出そうにも相手がどこからこっちを狙っているのか分からない以上、逃げ出すにはリスクがデカすぎる。
それに『頭をぶち抜きます』と言うからには当てる自信があるということだ。
故に俺は投降する道を選んだ。
ゆっくりと両手が見えるように手を頭の上まで上げた。
「と、投稿する。だから撃つな!」
「よし、次は跪いて手を頭の後ろで組め!」
おいおい、言う事が完全にアメリカのポリスマンじゃないか……。
その指示に従うと背後から固い何かが後頭部に突きつけられたのを感じた。
「一様、助言しておきますが、この状態から逃げようとしたり自爆系の魔術を起動しようものなら……分かりますよね?」
ゴツンと殴られる。大よそ、銃の銃口だろう。
「ああ、分かった。抵抗なんてするつもりはない」
「そ、そうですか……懸命な判断です。じっとしていてください?」
女はそう言うと俺の体をロープで縛った。
そして、俺はされるがまま縛られて屋敷の中に銃口を突きつけられたまま連れて行かれ、玄関ホールで座らせられた。
しばらくすると二階からこちらに声をかける女性の声が聞こえた。
「アリス、賊は捕まえた?」
「はい。こいつです」
2階に居た女性はゆっくりと降りてくる。
その容姿はアクアブルーの瞳と水色のショートヘアーが清楚さを匂わせ、白く整った肌と抜群のスタイルが女性の魅力をかもし出していた。
「その男が賊……? 丸腰でしかも、私の『ブラック・イン・サイト』を破って侵入したっていうの?」
「……はい。エミリー様のブラック・イン・サイトを破ったとは到底、思えませんが……」
「そうね……。それだけの実力があるとしたら……あなた、レボネスの密偵?」
その問いに対して俺は首を横に振った。
「俺は密偵じゃなくて、転生者だ」
「テンセイシャ……? えっーと……それは何……?」
拍子抜けするほど清々しい顔で問い返された。
今の反応で察するに『転生者』という概念が存在していない可能性が高そうだ。
とりあえず、俺の存在が無害である事、敵意がないことを伝えなければどうなるか分からない。
「転生者っていうのはこの世界ではない別の世界で死んだ人間が、違う世界で生まれ変わった人間のことだよ」
「うーんと……つまり、君は一回、別の世界で死んでこの世界に生まれ変わった……と?」
「そう! 目覚めたら、この屋敷の庭に居て訳が分からないまま犬に襲われて今に至るというわけだ」
「そうなのね……」
「納得してもらえたか……?」
「まさか……よくできた話ではあるけれどそんな事があるわけないわ。それに今までだってそんな言い訳をした賊が居たのよ」
クソ……。このままじゃ、容疑は晴れない……。
「じゃあ、どうすれば信じてもらえる?」
「そうねぇ~……。なら、その前世の話をしてもらえるかしら? 本当に一度、死んでるなら話せるでしょ?」
「ああ……なるほど。お安い御用だ」
俺はそれから日本について、その文化や生活について話をした。
その提案を出した女、エミリーは相槌を打ちながらしばらく話を聞いていたが……。
「ああ! もう! わかったわよ! そこまで言えればひとまず、信じてあげる。でもね、あなたへの疑いが晴れたわけじゃないわ。だからしばらく牢獄にぶちこんでおいてあげるわ」
鋭い眼光が俺に向けられる。その目は完全に敵視している目だった。
このままでは俺は賊として捕らえられてどうなるか分からない。
ならば、俺の最大で最強のカードを切るしかない。
「エミリーさん。最後に、最後に一つだけ聞いてくれ!」
「……いいわ、聞いてあげる」
「俺はこの世界のどこかにいる妹を探しに来たんだ! 妹は俺と同じように一度死んだ後、この世界に来ているんだ! だから頼む! 俺を解放してくれ!」
だが、エミリーの目が鋭さを増した。
「この屋敷内に許可なく足を踏み入れておきながらよくもまぁ、ぬけぬけとそんな事がいえたものね。あなた……全然、理解していないわ。仮にあなたの話が本当だとしてもこの屋敷の中に居たこと自体が問題なのよ。申し訳ないけど釈放はできないわ」
エミリーは蔑むような目を向けつつ、どこか悲しそうにそう言った。
「そんな……! 頼む! 頼むから!」
ひたすらエミリーに訴えるが、それには何も答えず奥へと姿を消した。
エミリーの姿が見えなくなるとカチャッという撃鉄を下げる音が鳴ると共に後ろから銃口をグッと押し付けられた。
「さぁ、歩いてください!」
その冷たい銃口の感触は、もう弁明することも逃げることも叶わないということを告げていた――――。